16.最高位冒険者
訳の分からないうちに戦いが終わり、私の意識は私の意思とは関係無く、また元通りになっていた。
はっきり言ってこの状況は好ましくない。
何が好ましくないって、私はこの数日の間に出会った人達と関わる内に自分でも理解出来ない現象や状況に流されっぱなしだからだ。
「あー、止め止め。私ってばあまり難しい事考えると頭おかしくなっちゃう」
「知ってる」
体の力が抜けてしまった私とミトは闘技場の真ん中にへたり込んでいた。
あれから、もう一人の私の気配無い。
どんなに頭の中で呼びかけてみてもあの声が返ってくる事は無かった。
「ミト……この場合ってどうなるのかな?」
「私に聞かないでよ。知らない事が多すぎて混乱してるんだから」
「ですよねー……」
私だって状況に流されるだけじゃ駄目なことくらい分かってるのに。だけど、私は私の事すらよく分かっていない。
一つはっきりとしたのは、あの三人には逆立ちしても勝てないだろうという事だ。
最初はあんな小さな子でも冒険者になれるのなら試験なんて簡単だと思った。
次に思い知ったのは上には上がいくらでもいるって事。昨夜の食事会にいた人達も今日の三人も桁外れの力を持っている。
私の固有能力ギフトを使えば楽勝だなんて考えは甘過ぎたと言わざるを得ないと思う。
「結局、あの三人は何者なんだろうね。リアーナさんの知り合いなのは分かったけど、何が何やらさっぱりだよ……頭の中ぐちゃぐちゃ」
「あの三人に勝てないのは当然だよ」
「げっ……また出た」
少年の声のする方に顔を向けると、また知らない人を連れて来ていた。
今度は屈強そうな男の人。
何やら獰猛な笑みを浮かべて、如何にも冒険者ですって感じだ。
嫌いって程じゃ無いけど苦手なタイプかも。
そう思っていると、ミトが少年に駆け寄って事情を聞き始めた。
なんだかんだでミトは、この状況を楽しんでいる様な気がする。疲れたふりをしている訳では無いみたいだけど、少年と話す時のミトは別人みたい。
本人は真剣に聞いているつもりなんだろうけど、私には分かる。
「あの、マクスヴェルト様。あの三人は何者なんでしょうか?」
「あれ?あ、そうか話してなかったね。あの三人は、この世界で五人しかいない最高位冒険者だよ」
「「はい?」」
私とミトは揃って素っ頓狂な声を出した。
おおぅ……待ってよ少年。
あの三人が最高位冒険者?
一人はとんでもない化け物で、美少女二人はまだ十八かそこらの年齢だ。
嘘をつく理由なんていくらでもあるかもしれない。だけど、あの力を見せられた後では少年の話も満更でも無い真実である可能性もある。
だけど、それはほんの序の口で。
少年の口から続けて出た言葉に、私達は絶句する事になった。
「レイヴンはその最高位冒険者筆頭で、クレアが第二席、ルナが第三席だ。因みにこの三人に関しては、竜王リヴェリアですら直接的な命令権を持っていない。冒険者組合のある三カ国に、西のアルドラス帝国皇帝ロズヴィック、南の妖精の森を統べる妖精王アルフレッドを加えた五カ国の代表者による審議が無ければ、あの三人に依頼を出すことは出来無いんだよ。この世界でレイヴン達に直接頼み事が出来るのは、今じゃあリアーナくらいのものだね。レイヴンもリアーナには弱いから」
私の頭に新しく刻まれた記憶によれば、最高位冒険者とは文字通り冒険者の頂点だ。
パーティーを組まなければ侵入する事すら許されないダンジョンであっても単独で行動を許された冒険者。
その第一席は、他の最高位冒険者よりも更に上の超常の力を持つと言われているそうだ。
一説には世界の理にすら干渉し得る力を持っているとか……。
あのクレアとルナはレイヴンは化け物じゃ無いと言ったけれど、私に言わせて貰えばやっぱり化け物だ。
格が違うとかそういう次元の強さじゃ無い。
もっと根本的なところが違うというか……。
「リアーナさん凄すぎ……」
「何か弱味でも握ってるとか?」
「ま、まさか……ねえ?」
少年は苦笑いを返すだけで、リアーナさんについては詳しく語らなかった。
リアーナさんはお母さん的な柔らかい雰囲気の優しい女性だ。それがどうして、あんなに危ない匂いをさせた最高位冒険者と親しいのかさっぱりだ。
今度リアーナさんに直接聞いてみようと思う。
「詳しい事は追々分かるさ。君が自分で知ろうとさえすればね」
(あ……)
少年は完全に見抜かれてしまっている様だ。
こちらの事を調べていた以上の事も。
「特にレイヴンにはちょっかい出すなよ?滅多な事じゃ怒ったりはしない奴だが、あいつが暴れたら誰も止められる奴はいないからな」
「また総力戦をするのは勘弁して欲しいね。どう考えてもあの時より強くなってるし」
(そ、総力戦?もしかしてあの化け物を相手に?)
私は記憶を辿って過去の記憶にある出来事を探ってみた。
その記憶によると、世界を巻き込んだ戦いが起きたらしい事は分かったのだけど、何故が記憶がぼやけてしまっていて詳しい事が分からなかった。
ミトも私と同じ事を考えていたのだろう。
頭に手をあてたまま難しい顔をしていた。
少年の記憶を植え付ける魔法が二人共失敗した。というよりは、“意図的に記憶をボヤけさせた” そう考えるのが妥当かもしれない。
「そこだ!なんであの野郎はまだ強くなってやがるんだ⁈ おかしいだろ!これじゃ、いつまで経っても全然追い付けねえじゃねえか!」
「それは仕方がないよ。だってレイヴンだもん。……ていうか、まだそんな事考えてたんだね」
「当たり前だ!途中で諦めるくらいなら、目標になんかしてねえよ」
「ふふ。相変わらずだなあ。レイヴンが強くなり続けてるのは、新しく出現したダンジョンの構造調査の影響もあるかもね」
新しく出現した?
少年が言っているのはダンジョンが自然発生的に出現する事の様だ。
確か、以前よりも魔物が強力になって、構造自体も階層式と呼ばれる物になっているとか。
現在判明している一番深いダンジョンで数十階層。冒険者が侵入可能と判断された階層までが順次開放されている。
(だったかな?後付けの記憶を探るのも一苦労だよ……)
「ロア、ロアったら、ちょっと」
「え?ああ、何?」
どうやら私は一人で深く考え込んでいた様だ。
いつの間にかあの男の人もいなくなっていた。
「今回の試験は散々だったけれど、ギリギリ及第点かな。あの三人の事は気にしなくて良いよ。“新米冒険者” の君達じゃあ、逆立ちしたって勝てない相手さ」
(あれ?今確かに……聞き間違い?)
「それじゃあ、次は座学だね。最低限の知識は覚えてもらうから覚悟して」
少年はそう言って冒険者登録証と一緒に大量の本を手渡して来た。
それを受け取った私達が深い深い溜め息を吐いた事は言うまでも無いだろう。
「ミト……」
「言わないで。多分私も同じ事思ってるから」
試験って何だったんだろう?
次回投稿は5月25日を予定しています。




