14.謎の少女からの美少女?
少女の剣が首筋に触れたのと同時、私はギフトを使って硬質化させた腕で刃を払い除けた。
さしてすかさずお返しとばかりに少女の首筋へ剣を突き出した。
私にはとてもじゃないけど寸止めなんて出来ない。だから、真似だけだ。
少女は特に慌てた素振りも見せずに私の剣を見ている。
可愛い顔をしてとんでもない度胸だ。
「ふうん……。レイヴンが面白い奴だって話してたから気になってたけど、これがお姉さんの本気?」
負け惜しみ……という訳では無いようだ。
少女の纏っている不思議な圧力は全く衰えていない。
レイヴンというのが誰の事かはっきりしないけど、二人の少女が私達の試験官をする為に来た訳じゃ無い事は分かった。
「本気だって言ったら?」
「冒険者になるのは止めた方が良いと思う。そんなんじゃあ、楽しいを見つける前にお姉さん死んじゃうよ?」
こちらの事情を知っているだろうとは思っていたけれど、少女の物言いは少しムカつく。
「だったらこれからーーー」
本気でやってやる。
どうなっても知らないから。
そう言ってやるつもりだったのに、私の剣は半ばから折れて地面に落ちた。
「え?な、何?どういう事?」
私が選んだのは何の変哲もない鉄の剣。
だからと言って、新品同然に手入れされた剣が折れるなんてあり得るだろうか?
「やっぱり見えて無かった。お姉さん、冒険者を舐めてるの?」
「……」
ぐうの音も出ない。
冒険者になる為に、いつ切ったのかも分からない少女の動きを見切る必要があるのなら、私にはそんな実力も才能も無い。
だけど、決して舐めてなんかいないし、私にだって譲れないモノがある。
私は化け物と戦っていたもう一人の自分を強くイメージしながら、精霊魔法の詠唱を始めた。
「我が呼び声に応えて召喚に応じよ。我が名はロア!万物の創造者也。召喚、イフリート!!!」
「何がしたいの?詠唱を真似したって意味無いのに」
ダメで元々。
だけど、ミトならきっと出来る。
ギフトの力は私を強化するだけじゃ無い。
「ナイス、ロア!」
水の壁を突き破ってイフリートが乱入して来た。
大量の水をも蒸発させる炎の勢いに、少女も距離をとって離れた。
「私の能力はギフト。私が使うとは限らないもんね!」
私はミトと並んでどんなもんよと威張ってみせた。
一度覚えた技や魔法は自分以外にも一時的にギフトする事が出来る。制限はあるけど、覚えた力を使えば、折れた剣だって元通り。
これで仕切り直しが出来る。
そう思っていたんだけどーーー
「面白いね。他人の技や能力を使えるのか。どういう理屈なんだろう?」
「んー、私のとはちょっと違うと思う。だけど、やっぱりこの程度じゃあ冒険者は無理だよ」
私はイフリートの炎を剣に纏って簡易式の魔法剣に変化させた。
一度能力を発動させてしまえば、このくらいの事は朝飯前なのだ。
「本当に好き勝手に言ってくれちゃって。ミト、準備は良い?」
「流石にちょっと私も頭に来たわ。あんまりお姉さんを舐めない方が良いって教えてあげなくちゃ」
ミトのやる気も十分だ。
ミトを怒らせると怖い。それに今は魔力の制限も無い。
目の前の少女が如何に強かろうと、私とミトにかかればーーー
(気配が変わった?何か仕掛けてくるつもり?)
少女は剣を鞘に納めて姿勢を低く構えた。
「あ、動くと死んじゃうと思うので気をつけて下さい。では、行きます」
眩い光と共に抜き放たれた剣閃は、防御しようとしたイフリートを真っ二つにして、遙か後方にある壁を抉った。
「「……は?」」
私は頭の中が混乱しながらも、再びイフリートを召喚しようと試みた。
けれど、ミトは顔を痙攣らせて私の方を見て首を横に振った。
「駄目……魔力が、私の能力が使えなくなってる」
「ええ⁈ 何で?さっきは出来たのに!」
「分からないわよ!何だか急に使えなくなっちゃったの!正確には魔力に変換出来ないんだけど、とにかく使えなくなっちゃってるの!」
あの化け物みたいに一撃でイフリートを倒してしまう様な相手に、ミトの魔法無しだなんて無理だ。
「この空間内にある魔力の元は僕が遮断したから意味無いよ」
「もう終わらせようか。早くレイヴンの所に行きたいし」
「そうしよっか」
最悪だ。
此方の攻撃手段が何も通用しない上に試験を切り上げるだなんて、それじゃ冒険者になるどころの話じゃあ無い。
「姿が見えないと思ったら、何を遊んでいる」
いつ闘技場に入って来たのか、白髪の無愛想な青年が少女の頭をポカリと叩いた。
「「レイヴン!」」
少女達は私とミトの事なんてお構いなしにレイヴンと呼ばれた青年に飛びついた。
(ね、猫?)
「二人が迷惑をかけた。冒険者登録試験は日を改めて行う。悪かったな」
「え……?日を改めて?じゃあ、その二人は?」
「もしかして試験官じゃないの?」
さっぱり意味が分からない。
こんなに小さな少女が物凄く強いから、今の冒険者達の実力がそういう基準なのかと思い始めていたのに、レイヴンはそれは違うと言う。
「ルナ、魔法を解け。リアーナが待ちくたびれている」
「はーい!」
魔法使いの少女が指を振ると、何も無かった空間に眠っている二人の女性が現れた。
しかも、十を数えたばかりの外見をしていた筈の二人の少女は十八くらいの美しい美少女の姿になっていた。
「ええーーーっ⁈ 私より大っきい!背も!胸まで!!!」
「いや、驚く所はそこじゃ無いから……」
「あ、……ごめん。ていうか、リアーナさんってどういう事?あなた達はリアーナさんの知り合いなの?」
レイヴンは少し怠そうに振り返ると“家族だ” と一言だけ言って二人の美少女と共に出口に向かって歩き出した。
「家族?リアーナさんに?」
「子供達を家族の様に思っているのは知っているけれど……」
私の記憶が確かなら、リアーナさんは孤児院の管理人で独り身の筈だ。
結婚しているなんて話も聞いていないし、身寄りも居なかったと思う。
(ていうか、レイヴン?それにあの声……)
確か化け物と戦った後、ベッドの上でぼんやりと聞こえた会話に出て来た名前だ。
それにあの声には覚えがある。
「そうだ!あの時の化け物⁈ 」
私という人間の至らなさはこういう所にあると思う。
化け物と口にした瞬間に、二人の美少女の空気が一変した。
「今、なんて言った?」
「レイヴンは化け物なんかじゃ無い」
レイヴンに抱きついた時の天真爛漫な笑顔は無い。
氷の様に冷たい殺気が容赦無く私に降り注いだ。
『固有能力ギフトの上位発動を確認しました。これより、自己防衛の為の最適行動を開始します』
無機質な声がまた、私の体を支配した。
次回投稿は5月20日です。




