13.謎の少女
案内された先は闘技場。
周囲を取り囲む高い壁には激しい戦闘の形跡が所狭しと刻まれていた。
試験官を務めるのは先輩冒険者という話だったけれど、まだ来ていないらしい。
幼い子供が二人見学に来ているだけだ。
「それではこれよりお二人の冒険者登録試験を始めます。殺傷行為は厳禁。試験の結果は勝敗に関わらず、試験内容を検討した上で伝えられるものとします。ロアさん、ミトさん。宜しいですね?」
「え、あ、あの、試験官の人がまだ……」
「いいえ、もう来ていますよ」
私とミトは顔を見合わせて、まさかという表情をした。
「嘘でしょ?」
見学に来ていたのだとばかり思っていた幼い子供が私達に向かって歩いて来る。
二人共白い髪がとても綺麗で、一人は体の大きさに似合わない剣を腰に下げていた。
「まだ子供だよ?あんな小さな子が試験官なの?ていうか戦えるの?」
「背丈はロアとあまり変わらないと思うのだけど?」
「そ、そんな事無いよ!私の方がずっとお姉さんだし!た、確かに視線の位置が同じだけど、そ、それだけじゃん!」
「それだけ、ねえ……。ま、とにかく戦ってみるしか無いんじゃない?冒険者にならなきゃ何も始まらないし」
私とミトは戦闘態勢の構えをとって二人の少女と対峙した。
見れば見るほどに可愛らしい。
まだ十を数えて間もない様にも見える。
「可哀想だけど、お姉さん手加減は苦手だから気をつけてね」
二人の少女はキョトンとした顔をした後、剣を持っている少女が一歩前へ進み出た。
どうやら私とミトの相手を一人でするつもりの様だ。
流石に舐められている気がして少しムカつく。
まともに戦ったのは、もう百年近く前の事だけれど、子供相手に遅れをとったりはしない。
「ミト」
「分かってるわよ」
相手が誰であろうとも全力で戦う。
私はミトの支援魔法で身体能力向上の効果を得た。
剣の構え方は昔知り合った冒険者の人に教えてもらった。
足を前後に開いて重心を落とす。
剣を両手でしっかりと握った腕は肩の高さ。剣の切っ先と相手が重なり様にするのがポイントだ。
乱戦と一対一のどちらにも対応出来るこの構えは、二人で仕事をする事の多い私にピッタリだ。
「えっと、それでは始めます。よろしくお願いします」
小鳥のように可愛らしい声が聞こえた次の瞬間。
「へ……?」
私の視界は逆さまになっていた。
「ロア⁈ 」
「ーーーッ!!!」
後頭部を強打した私は頭を抱えて悶絶していた。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い!痛ーい!くうううう……)
何が起きたのか全く分からない。
少女が踏み込んだ所までは見えたのに……。
ミトが魔法で回復してくれたから立ち上がれたけど、まだ頭がグラグラする。
「あ、あれ?聞いてたのと全然違う……大丈夫ですか?」
「もしかして凄く弱い?」
私は少女が差し出した手には触れずに大きく後ろへ飛び退いて距離をとった。
聞いていたのと違うと言っていた様に聞こえたのは、多分私と化け物との戦いを知っているからだ。
それから、凄く弱いというのは余計だ。
「ロア、どうする?あの子かなりの腕よ」
そんな事言われなくたって分かってる。
よく見れば少女の足元には強く踏み込んだ後がある。
あれだけの距離を一瞬で詰めて来る相手が只者である筈が無い。
「い、今のはちょーと油断しただけ。私はまだ全然本気じゃないもん!」
「それは向こうも同じでしょ……。私が攻撃魔法で援護する。ロアはその隙に近付いて。相手の方が速いけど、距離を詰めなきゃ話にならないわ」
「わ、分かってるよ!」
私は固有能力ギフトを発動させて剣を構えた。
ギフトの特性は出会った相手の能力を自分のものとして使うことが出来る。
私には出来ない事も、この力があれば簡単だ。
「炎の精霊よ、敵を穿つ炎の刃と化せ!フレイムジャベリン!いくわよ!ロア!」
(おおっ!)
ミトの周囲を取り囲むように炎の槍が無数に現れた。
魔力の残量を心配する必要の無くなったミトはとっても心強い。
私は何の躊躇いも無く少女へと向かって行った。
(何で⁈ )
一方の少女は、ミトの攻撃魔法を避けようともしない。
「そんな魔法じゃ届かないよ」
後ろにいたもう一人の少女が指を軽く振ると、ミトの放ったフレイムジャベリンと全く同じ軌道で氷の刃が放たれた。
炎の魔法に対して氷の魔法。
ぶつかり合った二つの魔法は空中で爆散して、砕けた氷が降り注ぐ。
「わわわわわわわわわ!!!あ、危ないでしょ!」
「僕を見てて良いの?戦いの最中だよ?」
いつの間にか飛び込んで来ていた少女が下から剣を振り上げた。
「私一人で戦うだなんて言った覚えは無いですよ」
「……クッ!」
何とか防御が間に合ったけど、少女の放った剣は異常に重たかった。
とても小さな体からは想像もつかないくらい激しい一撃だ。
「フレアサークル!」
姿勢を崩した私の前に炎の壁が出現した。
如何に少女の動きが速くても、これなら動きを封じ込められる。
昔もよくこの魔法に助けられた。
「ナイス!ミト!」
「前を見なさい!前を!」
ーーーエターナル!!!
炎の壁越しに魔力が異常に高まったと思ったら、赤い目を光らせた少女が炎の壁を突き破って突進して来た。
大型の魔物すら閉じ込める魔法を無効化も防御もせずに突破して来るなんて無茶苦茶だ。
なのに少女の体には燃えた様な跡すら無い。
(何よこの子達⁉︎ ここはもう一度距離をとってーーー)
「逃がさないよ」
私と少女を囲む水の壁が出現した。
さっきから詠唱も無しに魔法を発動させているだなんて、もう一人の少女も只者じゃない。
「ロア!大丈夫⁈ 」
「大丈夫!」
ミトが外から魔法の解除を試みているみたいだ。
まだ何にもしていないのに、こうもあっさり追い詰められてしまうなんて思ってもみなかった。
(どうにか挽回しないと……)
勝敗は関係無いという話だが、見せ場の一つも無いのでは合格はまずあり得ないと思う。
けれども、私の目の前にいる少女はそれまで待ってくれそうにも無い。
(こうなったらヤケクソよ!)
閉ざされた空間の中でなら少女のスピードは活かせない。
足を止めた戦いなら、戦闘経験の豊富なこちらが有利だ。
だがーーー
ほんの一瞬の瞬きの間に少女の剣が私の首筋に触れた。
「うっそぉ……」
次回投稿は5月18日です。




