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12.実技試験に向けて

 

 少年の魔法は知識の無い私から見ても凄かった。


 凄かったという言い方しか出来無いのは、展開された魔法陣がとても複雑で、何が起きているのかさっぱりだったから。


 ミトに言わせれば、人間が竜人族の魔法を使うこと自体が凄い事なのだそうだけれど、興奮したミトの話はちんぷんかんぷんで途中から聞いていなかった。



 結局その日は食事会の後、中央にある宿に泊めて貰える事になって解散した。

 リアーナさんはシェリルさん、ステラさんが住む家に泊まっているそうだ。中央都市に家を持っているだなんてきっと凄いお金持ちなんだろうなあ。


「ねぇ、ミト。私が勝手に依頼を引き受けちゃった事、もしかして怒ってる?」


 宿の部屋に入ってからのミトは、少年から貰った中級魔法について書かれた魔法書をずっと読み耽っていた。

 ミトが持っていた魔法書と同じで一冊しか無い魔法書なのだそうだ。


「そんな事無いわよ。ロアとは腐れ縁だしね。途中からあんたの表情見てたら、こうなる様な気はしてたから。今日の出逢いに感謝を。でしょ?」


 ミトの言う通りだ。

 いつまでもウジウジなんかしていられない。


 今日の出逢いに感謝を。


 別れは辛いけれど、出逢えた事には感謝しないと。

 楽しいをくれた人達との思い出は今でも私の宝物だから。


「明日は冒険者組合に来てくれって言われたけどさ、私達、武器とか防具って売っちゃったから何にも持って無いんだよね。どうする?」


「どうするって言われても、まあ荷物運びの仕事をしてお金を稼ぎながらダンジョンの内部構造だとか、罠、魔物の棲息域を地道に確認していくしか無いでしょうね。情報にもお金がかかるし」


 もっともだ。お金がないのでは魔物と戦うどころじゃない。

 時間はかかったとしても、先ずはちゃんとした装備を整える必要がある。


 だけどそれは正直言って面倒くさい。


「あのさあのさ!少年に言ってさ、依頼料の前借りって出来無いかな?支度金って事で」


 少しズルい気もするけど、流石に少年も納得してくれる筈だ。

 ちゃちゃっと装備を整えてダンジョンへ行ってみたい。


 ところが、ミトから返って来たのは意外な反応だった。


「それは止めておいた方が良いと思うわよ?私が思うに、あの大金は私達をその気にさせる為の物だろうし、第一、ロアは“楽しい” をお金で買いたいの?」


「そ、それは……絶対に嫌だ」


 私の求めている“楽しい” はお金じゃ買えない。

 そうじゃなかったら、私の部屋はもっと片付いている。


「でしょう?だったら明日は大人しく冒険者組合に行ってみましょ」


「うん、分かった……」


 その後、夜が更けても私達は眠らずにお喋りを続けていた。


 興奮してしまって眠れないというのが一つ。

 もう一つの理由は今日という日がとても楽しかったという事。


 なんだか寝てしまうのが勿体無い気がした。

 今日くらい良いよね。




 ーーー翌朝。



 私とミトは約束通り冒険者組合に顔を出したのだけど、出迎えてくれた少年には呆れた顔をされてしまった。


「何で二人揃って目の下に隈を作ってるのさ……。酷い顔だよ?鏡見た?」


「いやぁ……楽しくて、つい」


「何の為に宿を用意したのか分からないじゃないか。万全の状態で今の力を……って、まあ良いや。僕について来て。冒険者登録に必要な実技試験をやるから」


「「え?」」


 少年はとても大きな溜め息を吐いた後、一言も発さずに私達を案内し始めた。


 実技試験、そう言えばそんな事を言っていた気がする。


 冒険者組合の中は立派な装備に身を包んだ冒険者達で溢れ返っていた。

 昔、何度か小さな組合に行った事はある。だけどその時はもっとこう、どんよりとした空気だったのを覚えている。


 ここにいる冒険者達は何というか、雰囲気が明るい。良い意味で程良い緊張感があるというかなんと言うか、上手く言えないけど、殺伐とした感じがしない。

 大きな組合だからとか、そういう理由では無さそうだ。


「着いたよ。二人共好きな武器を使っていいから準備して。勝ち負けは関係無いよ。力を見るだけだから。後で係の人間に呼びに来させるよ」


 少年はそう言うと魔法で何処かへ消えてしまった。



 残された私とミトは言われた部屋に入って準備を始めた。


 置かれているのはどれも一流の職人が作ったであろう立派な装備ばかり。

 魔法剣や魔導剣まで置いてある。


「うわあぁ……凄いよこれ。どれも高そうな装備ばかりだよ……」


 武器や防具には値札も付いていて、気に入れば買い取りも可能なようだ。


「ちょっとロア!見てよこれ!」


 ミトが持っていたのは奇妙な形をした塊だ。隣には巨大な人型の人形が置いてある。


「ま、魔鋼人形の心臓部?いち、じゅう、ひゃく……せん、まん……に、二千万ゴールド⁈ これが⁈ 」


 説明書きには、魔鋼と呼ばれる特殊な鉱石を用いた魔鋼人形の心臓部と書かれている。


「人工魔核?人の手で魔核を作ったって事?」


「動力は魔力みたいだけど、どうやって使うんだろう?」


「私達が家に引き篭っている間に色々変わっているのね……」


「うん……」


 魔鋼人形だけじゃ無い。

 武器も防具も目まぐるしい進歩を遂げている。


 私達が停滞していた間の出来事も含めて、何もかも置いてけぼりになっている状態なのだと思い知らされる。


「で、ロアは何を使うつもりなの?」


 正直言って得意な武器なんて無い。

 どれでもそれなりに扱えるし、ギフトが使えるのなら最悪素手でも大丈夫だ。


「んー……じゃあ、これにする」


 私が選んだのは至って普通の鉄の剣。

 所謂、魔剣と呼ばれる剣もたくさん置いてあるけど、それは必要ない。


「やれるの?」


「多分、大丈夫」


 あの化け物と戦った後から急激に昔の感覚が戻って来ている。

 勿論、もう一人の私の存在は気がかりだ。だけど、それを気にしていては何も出来なくなってしまう。


 無茶は出来ないと思うけど、ミトと一緒ならなんとかなりそう。

 根拠なんて無い。そんな予感がする。


 ーーーコンコン。


 ドアをノックする音がして、少年が言っていた係の人が呼びに来た。


 説明を受けている間、私はワクワクが止まらなかった。

 どんな相手が出て来るのか。そんな事ばかり考えていた。


「ミトは何も持たなくて良いの?」


「私は魔法が専門だから。防具があればそれで大丈夫。固有能力も使えるから、ロアのサポートも任せて」


「じゃあ行こうか」


 この時の私は、この後に待ち受ける非常識な存在の事なんて知る由も無かった。


次回投稿は5月16日です。

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