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11.魔法

 少年……いや、賢者マクスヴェルト?少年賢者?少年でいいや。


 少年の話はいつの間にやら竜王様達も巻き込んで魔法講義が始まった。

 私は難しい話が苦手なので、料理に集中する事にした。


「これは……」


「風を起こしたり、火を焚いたりする基礎魔法も、世界の理にすら触れる超高度な魔法も、全てはそこに書かれた基礎から生まれている。その魔法陣を読み解く事が出来たなら、中級魔法の書かれた魔法の書をミトにプレゼントしてあげるよ。頑張ってね」


 少年の書いた魔法陣は基礎中の基礎。

 特に何か発動する訳でも無い、魔力が流れるだけの物だった。


「そういう事なら私も興味があるわ。どれどれ……ああ、なるほどね」


 ステラさんは魔法が得意らしく、マクスヴェルトの書いた魔法書をパラパラとめくって見るなり興味深そうに頷いていた。


「ヒントを教えちゃ駄目だからね」


「分かってるわよ。だけど、一つだけ良いでしょう?これが魔法の基礎だなんて可哀想よ」


「え、基礎じゃないんですか?」


 ステラは首を振ってミトの問いを否定した。


 魔法陣は文字通り魔法の発動に必要な術式を反映した物だ。

 魔法にどんな効果を持たせるのかを考える時、必ず必要になるのが魔力の流れを知ること。


「つまり、流れを意識してみなさいって事よ。この魔法陣に一文字だけ付け加えて魔法が発動出来れば合格ってところかしらね」


「た、たった一文字……」


 そこまで喋ったところで少年がステラから魔法書を取り上げた。


「ちょっと、ヒントは駄目だって言ったじゃないか」


 ミトにしてみれば、今の話の何処が一番重要なのか今一つピンと来ていない。

 強いて言えば、重要なのは『魔力の流れ』という事だが、単純な基礎魔法陣に一文字だけ付け加えて魔法を発動させるだなんて不可能だ。


 お腹いっぱいになった私は、少年から魔法書を借りて眺めてみた。


「私にはやっぱりよく分かんないなあ……。風よ吹けーー!って感じで発動出来たら良いのに……」


 基礎魔法陣とやらを指でなぞりながら言葉にした途端に、部屋の中で風が吹いた。


(あれ?)


 食事会をしている部屋にもテラスはある。しかし、窓は閉じられ、他に風の吹き込む様な隙間は無い。


「ロ、ロア……今、何したの?」


 ミトだけでなく、竜王様達も驚いた顔で私の方を見ている。


「へ?わ、私?私は何もしてないよ?」


 私はただ、風が吹いたらいいなと思っただけ。難しい術式は何一つとして頭に無かった。


 少年は溜め息を吐いて私から魔法書を取り上げた。


「せっかくミトに解いてもらおうと思ったのに。仕方ない。ミト、指を出してごらん。こんな風にするんだ」


 少年は人差し指を立てる様にして、もう片方の手を魔法陣に乗せるように言った。


「は、はい」


「魔法とはイメージの具現化だ。ミト、その指を蝋燭に見立ててごらん。それから、ゆっくりと魔力の流れを作るんだ。魔法陣から指先へ、指先から魔法陣へ」


「不思議……指先が暖かい」


「次にイメージするのは火だ。ミトの指は今、蝋燭になってる。魔力の流れを維持したまま、指先に火が灯るのをイメージしてみて。そう、いい感じだよ」


 ミトの指先が小さく光ると、本当の蝋燭みたいに火が灯った。

 柔らかな明かりが驚いたミトの顔を照らしている。


「凄い……火を起こす術式なんて組んでいないのに……」


 少年が言うには、基礎魔法陣は魔力の流れを理解する為の物で、術式によって引き起こされる事象は、生じた魔力の流れに要素を組み込む事によって魔法となるのだそうだ。

 この場合は魔力の流れの途中に蝋燭をイメージして、そこに火というイメージを付け足した。

 魔法陣に付け足す一文字は事象を簡潔に表すものであれば何でも良かったのだ。


「ロアがやったのはこれと同じ仕組みだよ。本当はミトにじっくり考えて欲しかったんだけどね……」


「わ、私⁈ 私が悪いの⁈ 」


「ロアは天然だものね……」


 私がやったのは魔法陣に付け足す要素を言葉にして代用する簡易詠唱と呼ばれる物だそうだ。

 今は魔法陣があったから発動出来たけれど、魔法陣の補助無しには魔法の発動は無理みたいだ。


 あの化け物と戦った時の私は魔法を難なく使っていた。だけどあれは私であって私じゃない。もう一人の私がやった事だ。



「慣れたらこんな事も出来るよ」


 ーーーパチン。


 少年が指を鳴らすと、掌の上に火、水、土、風、光、闇、の小さな玉が現れた。

 それらは丸い宝石の様に輝きながら、規則正しく渦を巻いていた。


「凄い……」


 全ての属性を同時に発動させるというのは、相性の問題もあって、理論上不可能とされているらしい。


「僕の見立てだと、ミトの能力を使えばこのくらいは直ぐに出来るようになると思うんだけど、差し支えなければ、どうして固有能力を使わないのか聞いても良いかな?」


「そ、それは……」


 ミトは気不味そうな視線を私に向けて来た。


 少年の言いようは、ミトの能力も知っていると言っている様なものだ。


 私はこの時点で少年が私達の事を知っている事に驚かなくなっていた。


(竜王様が竜人族の新しい長だって分かったからには当然だよね)



 竜人であるミトも固有能力を持っている。しかも二つもある。

 固有能力の名前は『魔力生成』と『弱点解析』


『魔力生成』は、自分の魔力が尽きても、大気中にある魔力を取り込んで自分の物にしてしまえる。

『弱点解析』は、その名の通り、見た対象の弱点を瞬時に探知することが出来る。


 どちらも冒険者にはうってつけの凄い能力だ。だけど、その力を上手く操れなかったミトは、魔法を暴発させてしまう事故を起こしてしまった。

 今では封印の魔法をかけられて、私のお爺ちゃんの許可が無いと自由に使う事が出来ない。


 ミトが気にしているのはきっとその事だ。


「あ、あのさ、少年。ミトにかけられた竜人の封印を解く事って出来たりする?」


「ロ、ロア、いいって!私は今のままでも不自由してないから。それに竜人の魔法は特殊で、いくらマクスヴェルト様でも……」


 それじゃあ面白くない。

 私はもう決めている。


「ミト、私と一緒に冒険者になろうよ。私、決めたの。私のギフトとミトの力があればいい線行くと思うし。それに……」


 私は自分の知らない力をこのまま放っておくつもりは毛頭無い。

 きっちり使いこなして、まだ見た事のない“楽しい” を見つけて見せる。


「まだ誰かと深く関わるのは怖いけど、ミトと一緒ならもう一度頑張れる気がするの。だから、ミトにかけられた竜人の封印を解いて下さい。少年が本物の賢者なら、そのくらい簡単でしょう?」


「言ってくれるねぇ……。まさか、ロアの方から依頼を引き受けてくれるとは思わなかったよ」


 今日の出逢いに感謝を。


 化け物は怖かったけど、私は竜王様達に逢えて、とても楽しいと思えた。

 冒険者になればもっと楽しい事があるっていうのなら、なってやろうじゃない。


「で?解けるの?解けないの?」


 私はミトの手を握って少年の前に立った。


次回投稿は5月14日です。

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