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10.記憶と魔法

王城の一室で開かれた食事会は、私が想像していたよりもずっと賑やかな雰囲気……というか、騒がしかった。


好物を取り合う竜王様とシェリルさんの取っ組み合いを見た時なんて、私もミトも目が点になってしまったけれど、それを見て笑っているリアーナさんやステラさんの楽しい笑い声が緊張を解してくれた。


(こういうのって良いなぁ……)


しかも意外というか、少年が作った料理は絶品だった。

リアーナさんの作る料理よりも晩餐会向けの料理が多かったのは仕方がないと思うけど、私の大好きなミートボールパスタもちゃんとあったのは凄く良い。

少年には大っきな花まるをあげたいと思う。


「そう言えば、リアーナさんって料理すっごく上手なのに、どうして料理の勉強をしようと思ったんですか?」


「あ、それ私も気になってた」


リアーナさんなら今更料理の勉強なんかしなくてもいい気がする。


リアーナさんの料理はどれも素朴で、家庭的な味は子供達だけじゃなく、私とミトの大のお気に入りだ。なるべく寿命の短い種族の人と深く関わるのを避けていたけれど、もうリアーナさんの料理無しの生活は考えられない。


「私はね、今でこそ家庭料理くらいなら作れる様になったけど、元々料理は大の苦手だったの。だから、もっと料理の勉強しないとって。お城で出て来る様な料理も勉強してみたいし、お菓子作りにも興味があって……子供達にはもっと沢山の種類の料理を食べてもらいたくて、それで……」


(おや?何でそんなにモジモジしてるんだろう?)


今日のリアーナさんはやっぱりいつもと様子が違う。


「ロア。リアーナの作るミートボールパスタは、”五カ国会談” の正式な料理として採用されてるの知ってた?」


「へ?」


リアーナさんのミートボールパスタは絶品だ。豪華な料理も美味しいけど、なんとも言えない味わいのある素朴な味には敵わない。

だからと言って、五カ国会談で採用されるのは流石に無いと思った。


「西の大国、アルドラス帝国の皇帝ロズヴィック陛下が、リアーナのミートボールパスタをいたく気に入ってな。それ以来、会談の折には必ずリアーナの作るミートボールパスタが出る事になっているのだ」


「リアーナさんって何者⁈ ミートボールパスタを皇帝陛下が気に入った⁈ 訳が分からないんですけど⁈ あ、ご、ごめんなさい。私ったらまた……」


竜王様が言うのなら少年の話は間違い無い。

私はリアーナさんが急に遠くの人の様な錯覚を覚えていた。


何処の村や街、家庭でも、一番安くて手軽な料理一つで、各国の代表達を虜にしてしまうなんて、リアーナさん凄すぎる。


「ふむ。その様子だと二人共、記憶の方は問題無さそうだな」


「「……記憶?」」


私とミトは揃って首を傾げた。

いきなり記憶と言われても、そもそも記憶喪失になんかなっていない。

怠惰な生活を送っていたせいで世情には疎いけれど、どちらかと言えば記憶力は良い方だと思う。ミトは、だけど。

私はそういう記憶とかには自信が無い。楽しかった記憶はバッチリ覚えているけど、そうで無い記憶は大抵寝たら忘れている。


「ほら、僕が五カ国会談って言ったり、リヴェリアが皇帝の名前を出しても疑問に思わなかったでしょう?」


「あ……確かに。何でだろう?」


言われてみればその通りだ。

私もミトも中央大陸以外の事は何も知らない筈なのに、少年や竜王様の言葉がすんなりと頭の中に入って来た。


「詳しい説明は避けるけど、要は二人の記憶に現在の状況を記憶情報として魔法で付け足したんだよ。いやぁ、上手くいったみたいで良かった良かった」


「はあああああ⁈ 」


何が、『良かった良かった』だ!

記憶の付け足しだなんてそんな、人の頭の中を勝手に弄る様な真似をしてヘラヘラしてるなんて信じられない!


私は少年にあげた大っきな花まるを取り消した。


ミトは食事もそっちのけで魔法書を調べている。

ページをめくる手は前のページと後ろのページを行ったり来たり。ちょっと目が血走っていて怖い。


「記憶の操作?しかも、既存の記憶に影響を与えずに⁈ そんな魔法聞いた事が……」


「それはそうだよ。僕がさっき思い付いて作った魔法だもん。どんな魔法書を調べたって載ってないよ。載せる気も無いけど。悪用されたら危ないしね」


「魔法を、作った?思い付きで?」


「ミトが持っている魔法書も僕が昔書いた物だよ」


「マ、マクスヴェルト様が⁈ でも、これは本屋で埃をかぶっていたのを私が見つけて……。しかも、この本は魔法の種類と基礎しか……」


ミトが驚いていたのは賢者とまで呼ばれる魔法使いが、わざわざ魔法の基礎について書物にまとめていたからだ。

そうでなくても、賢者マクスヴェルトの書いた魔法書は市場に出回る事が無い。お守り代わりに持っていた本がマクスヴェルトの一言でとんでもない価値のある本へと変わった。


「じゃあ、その本を売ったらまた暫く働かなくても……」


「う、売らないからね⁈ 絶対、絶〜対っ!売らないからね⁈ 」


「冗談だってば」


少年が言うには、本に書いてあるのは魔法の基礎。だけど、他のどんな魔法書よりも価値がある一冊だそうだ。


本屋に置いてあったのも、マクスヴェルトの趣味の一つ。

高度な魔法の術式について書かれた本よりも、基礎に重点を置いて学ぶ事の出来る魔法書は極端に少ない。それは、魔法という才能が売り物になる現状では、高い値の付く魔法書を書いた方が良いし、何より自身の魔法研究を自慢出来る。

そういう環境が当たり前になってしまった中で、これといった特徴の無い基礎魔法の書かれただけの本に目を向ける人物がいるのかいないのかを知りたかったらしい。


(変わってるなあ)


「ーーーだから僕は、魔法学園を設立したんだよ。その魔法書は世界に一冊しか無いから是非大切にして欲しいね。そうだ。良い機会だし、その魔法書を完全に理解しているかテストをしてあげるよ」


ーーーパチン!


少年が指を鳴らすと、ミトの魔法書の最後のページに不思議な模様の魔法陣が描かれた。




次回投稿は5月12日です。

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