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9.食事会

 

 少年が私とミトを呼びに来たのは、あれから二時間くらい経った頃だ。


 エプロン姿で現れた少年を見た私は思わず笑ってしまったけれど、少年はそんな私を見て『良かった』と言って笑い返してくれた。

 それで全部ちゃらになった訳じゃ無いけれど、私は少年が悪気があってやった事では無いのだと信じてみても良いかと思った。


 屋敷の中はどこも魔法書でいっぱい。

 ご飯を食べる場所くらいあるのだとしても、食事の香りが全くしないのはどうしてだろう?


「ちょっと移動するね」


 少年が指を鳴らすと目の前の景色が一変した。


「「うわあー……」」


 私とミトの前には絢爛豪華な食事が並び、舞踏会でも開そうな広い部屋は美しい装飾品で飾られていた。

 テーブルには椅子が七つ用意されている。どうやら私達の他にも客人がいるらしい。


「こっちに座って待っててよ。今、他の皆んなを呼んでくるからさ」


 少年に言われた席に座って待つ間、私とミトは辺りをキョロキョロと見渡して落ち着かなかった。

 こんな豪華な部屋で食事をするなんて生まれて初めての事だ。


「あ、あんまりキョロキョロしないでよ。恥ずかしいでしょう?」


「ミ、ミトだって。そ、そう言えば、さっきの魔法って何だったの?」


「わ、私だって急な事で分からないわよ。あの屋敷とは違うみたいだけれど、まさか転移魔法?」


 転移魔法というのは、数ある魔法の中でも多くの魔法使い達が研究を続けている上級魔法だそうだ。

 理論は解明されているけど、ミトが知る限り、実際に使えるのはあの少年、賢者マクスヴェルトだけらしい。



 暫く待っていると、片翼の翼を持った美しい女性が二人、少年と一緒に入って来た。


 白い髪、白い肌は、部屋の柔らかな明かりも相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。赤い目は魔物混じりと呼ばれる人達と同じだけれど、二人からは魔物の気配を全く感じない。


「ふふふ」


(うわー……私なんでこんなにドキドキしてるんだろ)


 同性同士だというのに、微笑みかけられてドキドキしてしまった。


 それから続いて姿を現したのは、中央に出かけている筈のリアーナさんだった。

 いつもとは違う綺麗なドレスを来て恥ずかしそうにしている。

 前々から可愛い人だと思っていたけれど、清楚な感じの衣装もよく似合っていると思う。


「どうしてリアーナさんが⁈ 中央にいる筈なんじゃあ……」


「えっと……」


 リアーナさんがどぎまぎしていると少年が助け船を出した。


「此処は中央にある王城の一室だよ。普段は全く使っていないけど、せっかくだから皆んなで食事にしようと思ってね。ほら、食事は人数が多い方が楽しいでしょう?」


「「お、王城⁈ 」」


 中央で、しかも王城となれば、その城の主はただ一人。


「待たせて悪かった」


 最後に入って来たのは赤毛の美しい金色の目を持つ女性。


「あーーーっ!!!いつもあの喫茶店で特大パフェ食べてるお姉さん⁈ 」


「ちょ、ちょっと!ロア⁈⁈ 」


 私は思わず赤毛のお姉さんを指差して大声を出してしまった。

 失礼な事をしてしまった事に気付いた私は、慌てて手を引っ込めて席に座った。

 顔が焼けているのではないかと錯覚してしまうくらいに熱い。


「パフェ?ああ、あの巨大な甘味の事か。むう、見られていたとは……恥ずかしいな」


「だから、子供の姿で行った方が良いって言ったのに……」


「い、いや、子供の姿では食べ辛くて……」


「まあまあ、今度僕が姿変えの魔具を作ってあげるから。とにかく、これで全員揃ったね。先ずは自己紹介といこうか。リアーナの事はよく知ってると思うから、先ずは僕から」


 少年はやはり賢者マクスヴェルトで間違い無いらしい。今は各地を旅して周る合間に、新たに創設されたばかり魔法学園を運営し、オーガスタの統治も兼任しているらしい。

 魔法学園には魔法に関心のある者であれば誰でも入学可能との事で、ミトが凄い勢いで食い付いていたのを宥めるのは大変だった。


 次に紹介されたのは片翼の翼を持った双子の姉妹。シェリルさんとステラさん。

 姉妹だけど、どちらが姉で妹というのは決めていないそうだ。二人で一人なのだと言って笑う姿はとっても仲の良い感じがして好き。私はすっかり虜になってしまった。


 そして最後にーーー


「リヴェリアだ。二人共、宜しく頼む」


『我が主……』


「さすがにここまで来て、それは無いんじゃないかしら?」


 私はミトの腕に抱き着いて首を横に振っていた。


 聞きたく無い。

 今まで沢山の人に出逢って来て、初めて人の名前を聞くのが怖いと思った。


「分かった分かった。別に良いのに……。レーヴァテイン」


『封印術式を完全解除実行。ーーー完了しました』


 眩い光が部屋を満たした後には金髪をした絶世の美女が金色に輝く目で私とミトを見ていた。

 形容し難いとは正にこの事で、私はこの日の事を生涯忘れないと思う。


「“竜王” リヴェリアだ。剣聖リヴェリアと呼ぶ者も居るが、まあそれは昔の話だ。この目で分かる様に、二人とは同じ竜人で、今では竜人族の長でもある。改めて宜しく頼む」


「ふああ……」


「ええ⁈ ちょっとロア⁈ 」


(やっぱり本物の竜王様だ……)


 賢者、化け物、竜王様が竜人族の長?

 ……なんて一日だろう。


 いや、待てよ?

 赤い髪のお姉さんが竜王様なら、竜王様っていつも何をして?もしかして暇なの?


 私は失礼な事を考えていると分かっていながらも、ミトの背中に隠れる様にして竜王様を観察していた。


「あははは。ロア、君の考えている事は何となく察しがつくけれど、リヴェリアは王様としての仕事は殆ど“済ませている” から大丈夫。後は大臣達が上手くやってくれているから、今後十年くらいならリヴェリアが王城にはいなくても何も問題無いよ」


「おい、ちょっと待て。その言い方だと、私が大臣達に仕事を丸投げしているみたいではないか?王である事に拘りなど毛頭無いが、それでもいらない子みたいに言うのはやめてくれ。さすがに私でもへこむのだ」


「え?丸投げしてるでしょ?」


「うっ……。そ、そんな話は良いのだ!早くしないとせっかくの料理が冷めてしまう!今回は私も手伝ったからな。ロアとミトも遠慮なく食べて感想でも聞かせて欲しい」


「「は?」」


 私とミトは揃って間抜けな声を出していた。


 賢者と呼ばれる超一流の魔法使いが可愛らしいエプロンを着け、あまつさえ竜王陛下も調理を手伝ったと言う。これは一体何の冗談だろうか。


 夢なら醒めて欲しい。



次回投稿は5月10日を予定しています。

前作の修正作業が終わるまで二日おきの投稿になります。

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