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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十六の事件:『緑の、マザーボード』篇

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第九十八章『神の、一手』


デジタル探偵シャドー:第九十八章『神の、一手』


2025年10月10日、金曜日、午後10時33分。


冴木の、指令を受けたシャドーは、再びアグリネクスト社の、サーバーの奥深くへと、潜行していた。


一度調査した場所。だが、目的が違う。

今、探しているのは、侵入の「痕跡」ではない。犯人が残した、かすかな「自己顕示欲」の、匂いだ。


シャドーは、あの書き換えられた、安全装置のプログラムコードを、もう一度徹底的に、解析し始めた。


それは、確かに無駄がなく、効率的で完璧な悪意の、プログラムだった。


だがシャドーは、その完璧さの中に、ある奇妙な「美しさ」が、隠されていることに、気づいた。

もっと、単純な方法でも、同じ結果は、得られたはず。


なのに、犯人はわざわざ、数学的に最も、エレガントで美しいロジックを選んで、この破壊コードを、組んでいた。


それは、料理人が最高の食材で、最高の一皿を作るような、一種の職人としての、プライド。


(……これか)


シャドーは、その美しいコードの中に、たった一行だけ、プログラムとは、全く無関係な「コメントアウト」された、文字列を発見した。


それは、意味不明な数字の、羅列に見えた。


# 17-4 TENGEN


暗号か?パスワードか?

シャドーは、あらゆる可能性を、検索した。

そして、ついにその数字が、何を意味するのかを、突き止めた。


シャドー: 『……冴木。見つけました。犯人が、残した、サインです』

冴木: 『……何だった?』

シャドー: 『……囲碁です』

冴木: 「……囲碁?」

シャドー: 『はい。その、数字は、「碁盤の、17の4、天元」を、示す、棋譜の、記号でした。そして、この「天元に、初手を、打つ」という、奇策は、江戸時代前期の、伝説的な、棋士、本因坊道策ほんいんぼうどうさくが、打ったとされる、歴史的な、一手……後に『神の、一手』と、呼ばれた、伝説の、一手に、酷似しています』


ただの、ハッカーではない。

この『バジリスク』は、自らの犯行を、歴史上の天才棋士の一手に、なぞらえるほどの、歪んだプライドと、美学を持っている。


その事実が、この正体不明の、ゴーストを捕まえる唯一の、そして最大の、突破口になった。


冴木: 『……面白いじゃないか』


冴木の口元に、獰猛な笑みが、浮かんだ。


冴木: 『シャドー。世界の全ての、データベースを、検索しろ。「本因坊道策」を、研究テーマにした、論文を発表した経歴を持つ、ハッカーを探せ。囲碁の国際的な、フォーラムに、出入りしている、凄腕の、プログラマーを、リストアップしろ。……もう、IPアドレスを、追うのは終わりだ。これからは、世界でただ一人の、碁打ちを探す』


ゴーストの顔が、初めてほんの、少しだけ見えた、瞬間だった。


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