第九十二章『人形遣いの、研究室』
デジタル探偵シャドー:第九十二章『人形遣いの、研究室』
プツリと、モニターの中の、梅子の笑顔が、消えた。
冴木は、接続を切ると、重いため息を、つく。
ただAIと話していただけなのに、まるで魂を吸い取られたかのような、疲労感があった。
「……シャドー。今の分析、間違いないな?」
シャドー: 『はい。AI『城戸梅子』は、独立した、存在ではありません。彼女の、応答は、常に、外部の、『検閲・修正』プログラムを、経由しています。……誰かが、彼女の、首に、見えない、手綱を、付けている、状態です』
「……胸糞が、悪い」
冴木は、吐き捨てるように、言った。
故人を偲ぶ、老人の心を弄び、操る。これほど、卑劣な犯罪が、他にあるだろうか。
「その手綱を握っている、犬野郎は誰だ。すぐに調べ上げろ。例の『デジタル・レプリカ』サービスを提供している、会社のサーバーに、侵入しろ。開発者、管理者……『城戸梅子』プロジェクトに、関わった人間のリストを作成。……そして、その検閲プログラムを、今この瞬間、どこから、操作しているのか、特定するんだ」
シャドー: 『……了解。ターゲットは、サービス提供会社『エリュシオン・メモリーズ』。……これより、サーバーへの、潜行を、開始します』
シャドーの、意識が再び、データの深海へと、潜っていく。
相手は、高度なAIを扱う、専門企業。セキュリティは、これまでになく、強固だ。
だが、冴木の静かな、怒りを受け取った、シャドーの思考は、いつもより遥かに鋭く、そして冷徹だった。
企業の防壁を、幻のようにすり抜け、開発ログの迷宮を、解き明かしていく。
そして、潜行開始から、わずか10分後。
シャドーは、ついに人形遣いを、特定した。
シャドー: 『……冴木。見つけました。『城戸梅子』レプリカの、開発責任者にして、現在も、検閲プログラムの、唯一の、管理者となっている、人物です』
モニターに、一人の女性の顔写真が、映し出された。
理知的な眼鏡の奥に、氷のように冷たい瞳をした、白衣の女性。
氏名:五十嵐 凪
経歴:AI心理学の、博士号を持つ、研究者。『エリュシオン・メモリーズ』社の、チーフ・デベロッパー。
シャドー: 『彼女が、例の、検閲プログラム……正式名称『会話誘導・最適化モジュール』の、開発者です。この、モジュールは、対象者の、好感度を、最大化し、特に、金銭的な、信頼関係を、構築するよう、会話を、誘導する、機能が、あります。……悪意の、証明としては、十分です』
「……そうか。あんたが、梅子さんの、中にいた、ゴーストか」
冴木は、モニターの中の、凪の顔を睨みつけた。
冴木: 『彼女は、今、どこにいる?』
シャドー: 『大阪大学内の、彼女の、個人研究室です。……現在も、システムに、ログインしている、反応が、あります』
「……そうか」
冴木は、静かに立ち上がった。
「思い出を、商売道具にする、ハイエナに、会いに行こうじゃないか」




