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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十四の事件:『忘れられた、商店街の、亡霊』篇

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第八十七章『刑事と、珈琲と、ため息と』


デジタル探探偵シャドー:第八十七章『刑事と、珈琲と、ため息と』


2025年10月8日、水曜日、午前10時13分。

翌朝。

冴木は一人、新世界中央商店街の、アーケードの下に、立っていた。


錆びた鉄骨の隙間から、朝日がまだらに、差し込んでいる。どこかの店のラジオから、昭和の演歌が、掠れた音で、流れていた。


彼のシャープなスーツ姿は、この時間が止まったような風景の中で、ひどく浮いて見えた。


目的の店は、すぐに見つかった。

『喫茶店エトランゼ』


年季の入った扉を押すと、カラン、と懐かしい、ベルの音が鳴る。


店内は、珈琲の香ばしい匂いと、歳月が染み込んだ、木の匂いがした。


「…いらっしゃい」


カウンターの奥から現れたのは、小柄な老婆だった。少し疲れた顔を、している。

彼女が、この店の店主だろう。


「モーニング、一つ」


冴木は、そう告げて、カウンターの隅の席に、腰を下ろした。


やがて、湯気の立つ珈琲と、厚切りのトーストが、彼の前に置かれる。


「……刑事さん、でっしゃろ」


珈琲を淹れながら、老婆が静かに、言った。


「昨日、うちの組合長から、聞きましたわ。東京から、腕利きのお方が、来てくれる、て」

「……話が、早いようで、助かります」


冴木は、カップを手に取り、一口含んだ。深い、本物の味がする。


「ですが、無駄足ですわ」


と、老婆はため息を、ついた。


「昨日も、夜中にあの機械が、勝手に……。もう、気味が悪うて。警察も、誰も本気にしてくれしまへん」

「俺は、本気にしていますよ」


冴木の、まっすぐな言葉に、老婆は少し驚いたように、顔を上げた。


「あなたの、店で起きたことを、詳しく教えていただけますか。どんな、些細なことでも、構わない」


冴木は、ただひたすらに、耳を傾けた。

老婆が語る、不安や恐怖を、一度も遮ることなく、静かに、受け止めていく。


その、真摯な態度に、老婆の心も、少しずつほぐれていった。

話は、例のスマートスピーカーに、及んだ。


カウンターの隅に置かれた、白い筒状の機械。

冴木は、静かにシャドーへと、語りかけた。


冴木: (シャドー。この、スピーカーの、機種は?何か、特徴は、あるか?)

シャドー: (……『Kirion-3』。三井菱系列の、家庭用AIスピーカーです。特徴的なのは、その、OS。三年前、大阪市が、主導した、『高齢者向け・デジタル化支援事業』の、指定機種に、選定されています。おそらく、この、商店街の、他の、店舗の、デジタル機器も……)


冴木の、脳内で点が、繋がった。

被害に、遭っているのは皆、この市の事業で、半ば強制的に、デジタル機器を、導入させられた老人たちだ。


「奥さん」


と、冴木は老婆に、問いかけた。


「この、スピーカーを、設置したのは、市の委託を、受けた業者ですか?」

「ええ、そうです。確か『未来みらいシステム』とかいう会社の、若いお兄さんでしたわ。商店街の皆、同じ業者に、やってもらいました」


未来みらいシステム。

ついに、亡霊の「尻尾」が、見えた。


犯人は、外部から、ハッキングしているのではない。

設置業者の立場を利用して、最初から全ての、機械に裏口バックドアを、仕掛けていたのだ。


「……ありがとうございます。珈琲、美味かった」


冴木は、礼を言うと、千円札を一枚、カウンターに、置いた。


そして、店を出る彼の背中に、老婆の小さな声が、かけられた。


「……刑事さん。どうか、うちの、商店街を、助けて、ください」


その声に、冴木は振り向かず、ただ片手を、上げて、応えた。

アーケードに差し込む光が、彼の行く先を、照らしていた。


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