第六十八章『美しすぎるコード』
デジタル探偵シャドー:第六十八章『美しすぎるコード』
2025年8月2日、土曜日、午後9時51分。
シャドーによる、大規模ハッキングの、解析は、困難を、極めていた。
敵は、あまりにも、巨大で、そして、巧妙すぎた。
シャドー: 『…冴木。やはり、これは異常です。トヨタ、日産、ホンダ…それぞれの、メーカーでハッキングの手法が、全く異なります。まるで、各社のセキュリティを、知り尽くした、別の専門家が、同時に攻撃を仕掛けたかのようです』
冴木: 『…国際的な、ハッカー集団か?』
シャドー: 『その、可能性が最も高い。しかし、不可解な点が、一つ。これほど、大規模な犯行にもかかわらず、彼らは金銭の要求も、情報の窃盗も一切、行っていません。ただ、無償で地図を、アップデートしただけ。その目的が、全く不明です』
「…いや、目的は、ある」
冴木は、静かに呟いた。
「犯人の、目的はハッキング、そのものだ。自らの技術を誇示し、巨大企業をあざ笑うという、愉快犯に近い」
だが、何かが引っかかっていた。
ただの、愉快犯にしては、その手口があまりにも、「優しい」のだ。
システムを破壊せず、むしろ、ユーザーを喜ばせる。
その、矛盾した犯行に、冴木は犯人の、複雑な美学を感じ取っていた。
冴木: 『シャドー。各社のシステムに残された、犯人のプログラム(マルウェア)を、もう一度徹底的に分析しろ。何か共通のサイン…「署名」のようなものはないか?』
シャドー: 『…再スキャンを、開始。…! 冴木、見つけました』
冴木: 『なんだ!?』
シャドー: 『全てのプログラムの、ソースコードの、最終行。そこに極小のデータとして、一つの短い文章が詩のように、埋め込まれています』
画面に、その、一文が、表示された。
『道に、境界なし。知識に、錠なし。自由の、旅路に祝福を』
「…やはり、思想犯か」
シャドー: 『それだけでは、ありません。この詩を構成している、コードそのものが、一種の芸術品です。無駄が一切なく、信じられないほど、美しく洗練されている。これは…悪意のコードではない。むしろその逆。システムへの深い敬意と、愛情すら感じます』
美しすぎる、コード。
システムを、愛するハッカー。
そして、情報の解放を、謳う詩。
その三つの要素が、冴木の頭の中で、一つの線として、繋がる。
彼は、シャドーに、新たな指令を出す。
冴木: 『シャドー、捜査方針を転換する。ハッカー集団を追うな。この「詩」と、この「美しいコード」を書いた、ただ一人の天才を探せ』
冴木: 『過去20年間の、全てのオープンソースのプロジェクト、大学の研究論文、ハッカーフォーラムの過去ログ…。その全てをスキャンしろ。この「詩」と、同じ思想を持ち。そして、この「コード」と、同じ美しさを持つプログラムを、書いた人物を探し出すんだ!』
それは、もはや犯罪捜査ではない。
広大なデジタルの歴史の中から、たった一人の孤高の詩人を探し出すという、壮大な探索だ。
シャドーは静かに、その果てしない、旅を始めた。




