第五十八章『笑うブラウン管』
一言: その夜、インターネットは古き良き「テレビ」に、ジャックされた。それは、時代に取り残された、一人の天才が仕掛けた、最後のお茶の間劇場だった。
デジタル探偵シャドー:第五十八章『笑うブラウン管』
2025年7月29日、火曜日、午後11時24分。
それは、日本の夜が一番深くなる時間。
若者たちが、自室でそれぞれの好きな動画配信を、楽しんでいた、まさにその瞬間だった。
日本最大の、動画共有サイト『StreamVerse』の画面が、突如としてノイズと共に、真っ白になった。
「え、鯖落ち?」
「俺だけ?」
SNS上が、ざわつき始めた、直後。
全ての画面が、一斉に切り替わった。
そこに、映し出されたのは、古めかしいカウントダウン。そして、チープなシンセサイザーの、ファンファーレと共に、目に痛いほどの原色がギラつくタイトルロゴが現れた。
『今夜復活!ドキッ!まるごと昭和バラエティ ザ・テレビマンショー!』
次の瞬間。
信じられない光景が、全ての若者の目に、飛び込んできた。
巨大な書き割りのセット。ステージ上では一世を風靡したアイドルが、マイクを握っている(ように見える、完璧なディープフェイクだ)。
客席からは、時代錯誤な録音された、笑い声が響き渡り、画面には意味もなく、派手なテロップが、踊っていた。
コメント欄は消え、早送りも、スキップもできない。
ただ、一方的に流れてくる、80年代の狂気の熱量を、現代の若者たちは呆然と見つめるしかなかった。
「なんだ、これ…」
深夜の、冴木の自室のPCもまた、この奇妙な「番組」にジャックされていた。
彼は、コーヒーを片手に、その馬鹿馬鹿しくも、異様なほどの情熱が込められた画面を、静かに見つめていた。
(…プロの、仕事だ)
彼の直感が、告げていた。
これは、ただのハッキングではない。セットの作り込み、カメラワーク、タレントの動かし方…。その全てに、テレビの黄金時代を知り尽くした人間の、狂信的なまでの「愛」と「プライド」が宿っている。
シャドーとの、チャットルームを、開く。
冴木: 『シャドー。『StreamVerse』が、ジャックされた。犯人は、自らを『演出家』と、名乗っているようだ』
シャドー: 『…確認。現在、日本中のトラフィックの30%以上が、この異常な放送に集中しています。一種のデジタルなパンデミックです』
冴木: 『ハッキングの痕跡を追うと同時に、この「番組」そのものを分析しろ。演出の癖、カメラワークのパターン、使われているSEの種類…。その全てを過去のテレビ番組のデータベースと照合。この狂った、オーケストラの「指揮者」の、正体をあぶり出すんだ』
シャドー: 『…了解。映像分析と、プロファイリングを開始します』
冴木は、PCの画面に、目を戻した。
画面の中では、芸人たちが熱湯風呂に落ちて、スタジオが、大きな笑いに包まれている。
それは滑稽で、時代遅れで、そしてどこか、哀しい光景だった。
失われた時代への、あまりにも不器用なラブレター。
冴木とシャドーの、新たな捜査が、今、始まった。




