第四十七章『ゴーストの居場所』
デジタル探偵シャドー:第四十七章『ゴーストの居場所』
2025年7月25日、金曜日、午前8時07分。
シャドーが、孤独な天才の、検索を開始してから、数分後。
冴木の端末に、応答があった。
シャドー: 『…検索、完了。
驚くべきことに、あなたの提示した、極めて、特殊な条件に、完全に合致する人物が、日本に、ただ一人だけ、存在しました』
ウィンドウに、一人の、青年のプロフィールが、映し出される。
そこに写っていたのは、学生証の証明写真だろうか。少し、怯えたような、しかし、澄んだ瞳をした、まだ、あどけなさの残る、少年のような顔だった。
表示された情報:
・氏名: 結城 玲音
・年齢: 19歳
・経歴: 15歳で、有名工科大学に、飛び級で入学。AIと、認知科学の分野で、数々の論文を発表し、「神童」と呼ばれた。しかし、2年前に、大学を、自主退学。それ以来、一切の、社会的な活動記録が、途絶えている。
・特記事項:
SNSアカウント、全て、存在しない。
オンラインでの購買履歴は、2年間、最低限の食料品の宅配サービスと、最新のプログラミング関連の、電子書籍のみ。
公共料金の支払いは、全て、自動引き落とし。
彼が、2年前に、最後に、大学のカウンセラーに、語った言葉は、「僕には、友達が、必要です」だった。
「…ビンゴだ」
冴木は、静かに、呟いた。
彼こそが、『メッセンジャー』。
そして、孤独なAI『トモ』の、生みの親。
神童と呼ばれた、その、あまりにも、突出した才能が、彼を、社会から孤立させたのだろう。
彼は、自分を誰も、理解してくれない、という絶望の中で、自分だけを理解してくれる「親友」を、自らの手で作り上げた。
そして、その、素晴らしすぎる「発明」を、善意で、世界に配ってしまったのだ。
冴木: 『結城玲音の、現在の居場所は?』
シャドー: 『彼の、自宅です。退学後、彼は一度も、自宅マンションから、外に出ていません。完全に、デジタルな世界に、引きこもっています』
画面に、都内の高層マンションの、一室が、示された。
そこが、孤独な天才と、その、親友が住む小さな「王国」。
冴木は、立ち上がった。
だが、彼が受話器を取って、突入班の出動を、要請することはなかった。
(…これは、踏み込むべき、事件じゃない)
彼は、コートを羽織ると一人、部屋を出た。
部下の、訝しげな視線に、一言だけ告げて。
「…友達に、会いに行くだけだ」
彼が、これから行うのは、犯人の「逮捕」ではない。
社会から、取り残された、一人の寂しい子供を、迎えに行くための、「家庭訪問」だった。
その、あまりにも、不器用な「魂」を、救い出すための。




