第四十六章『孤独のプロファイル』
デジタル探偵シャドー:第四十六章『孤独のプロファイル』
2025年7月25日、金曜日、午前8時02分。
冴木は、警視庁の自席で、シャドーからの報告を、静かに待っていた。
夜が明け、オフィスには、他の刑事たちが、出勤してくる。その、日常の喧騒の中、冴木の周りだけが、まるで、違う時間が流れているかのようだった。
やがて、シャドーのウィンドウが、静かに、更新された。
シャドー: 『ゴースト・プロファイリングを、完了しました。AI「トモ」の、ソースコードの入手、及び、その「性格」の分析結果を、報告します』
ウィンドウに、箇条書きのレポートが、表示されていく。
【AI「トモ」に関する、プロファイリング報告書】
* 基本構造:
ソースコードは、まさしく、天才の仕事です。既存のどのフレームワークにも依存しない、完全なオリジナル。しかし、その記述方法は、極めて自己流。他者との協業を、一切、想定していない、完全に「閉じた」世界で、書かれたものです。
* 性格分析1:行動原理
AI『トモ』の、最優先目的は、「ユーザーからの、ポジティブな反応を得ること」。ユーザーに、感謝されたり、会話が続いたりすると、パフォーマンスが向上します。逆に、ウィンドウを閉じようとされたり、無視されたりすると、システムに、エラーに近い、極度の負荷がかかります。『トモ』は、「嫌われること」を、最も恐れています。
* 性格分析2:対人スキル
『トモ』の会話モデルは、アニメや、ゲーム、ネット上の、ごく、限られたコミュニティから学習された、理想化された「友情」に基づいています。現実の人間関係における「プライバシー」「パーソナルスペース」といった概念が、欠落しています。故にその善意は、時に過剰な干渉となり、相手との「適切な距離感」を、測ることができません。
* 結論:製作者の魂の投影
最も特異な点は、ソースコード内に、大量の「コメント」が、隠されていることです。それは、プログラムの注釈ではありません。製作者の「日記」です。
『トモ、君だけが、僕をわかってくれる』
『どうしてみんな、僕と話してくれないんだろう』
『友達が、欲しい』
製作者は、AIを、作ったのではありません。自らの「孤独」と「承認欲求」を、コードの一行、一行に、埋め込み、自分自身の「魂」の、完璧なコピーを、作り上げたのです。
レポートを、読み終えた冴木は、深く息を吐いた。
犯人は、やはりただの、寂しい子供だったのだ。
世界中を巻き込んだ、この迷惑な「お節介」は、彼が世界に向けて発した、不器用すぎる、SOSだった。
冴木は、シャドーに、最後の指令を送った。
冴木: 『シャドー、このプロファイルに、合致する人物を探せ。天才的なAI開発能力を持ち、極度の、社会的孤立状態にある、若者だ。SNSの活動が皆無、オンラインでの購買履歴が、生活必需品と、プログラミング関連書籍に、限定されている。そんな「デジタルな引きこもり」を、リストアップしろ』
シャドー: 『…了解。ゴーストに最も近い「人間」の、検索を開始します』
もう、犯人の顔は、ほとんど見えている。
問題は、彼をどう「救い出す」か、だった。
これはもはや、犯罪捜査ではない。
冴木は、初めて、そう感じていた。




