第四十二章『偽りの太陽』
美しい森を、殺してまで手に入れた「クリーンな未来」に、価値はあるのか。犯人が、空に描いたのは、失われた自然への、鎮魂歌だった。
デジタル探偵シャドー:第四十二章『偽りの太陽』
2025年7月24日、木曜日、午後10時47分。
警視庁の、特別合同捜査本部。
その会議室は、事件発生から一ヶ月以上が経過した今も、重苦しい沈黙に、支配されていた。
政府関係者、電力会社の役員、そして、警察庁のキャリア官僚たち。日本のエリートたちが、頭を突き合わせているが、犯人『幻影画家』に繋がる、ただの一つの手がかりすら、掴めていなかった。
「…依然として、犯人の侵入経路は、特定できていません。相手は、我々のセキュリティシステムの、さらにその先を行っているとしか…」
技術専門家の、か細い報告が、虚しく響く。
冴木は、その会議の末席に座りながら、ただ黙って、テーブルに広げられた、一枚の衛星写真を、見つめていた。
それは、夏至の日に、日本中を震撼させた、あの「事件」の記録。
山梨県にある、巨大なメガソーラー。その、黒いパネルの群れの上に、機能不全を起こしたパネルによって、巨大な「絵」が、描かれている。
そこにかつてあった、緑豊かな、山の風景の絵が。
「犯人像のプロファイリングは、どうなっている?」
警察庁の幹部が、苛立たしげに、言った。
「反政府組織か?それとも、外国の工作員か?」
その問いに、それまで沈黙を保っていた冴木が、初めて静かに、口を開いた。
「…どちらも、違います」
会議室中の、視線が一斉に、冴木へと集まる。
「この犯人は、日本を、憎んでいるわけじゃない。むしろその逆です」
冴木は、衛星写真を、指差した。
「これは、憎悪の絵じゃない。…これは、失われた恋人を想い、描いた、『肖像画』です。我々が追うべきは、テロリストじゃない。…ただ、一人、深く、静かに、『喪に服している』男です」
その、あまりにも詩的な、しかし、的を射たプロファイリングに、エリートたちは言葉を失った。
会議が終わると、冴木は自席に戻り、シャドーへと、アクセスした。
これまでの、技術的な捜査では、ラチがあかない。発想を、変える必要があった。
冴木: 『シャドー、発想を変える。ハッカーを追うな。写真家を探せ』
シャドー: 『…検索対象を、再設定します』
冴木: 『犯人が描いた、この「風景画」には、必ず、元になった「写真」があるはずだ。過去30年間に、日本で発表された、あらゆる風景写真を、スキャンしろ。プロ、アマ問わず。雑誌、写真集、個人のブログ、全てだ。この、哀しい絵と、同じ構図、同じ魂を持つ、『オリジナル』を見つけ出すんだ』
それは、天文学的な量の、画像データを、比較照合するという、無謀な命令。
だが、シャドーは、ただ静かに、その命令の、実行を開始した。
インターネットという、無限の画廊の中から、たった一枚の「魂の写真」を、探し出すために。
デジタルな幽霊が、もう一人の、アナログな幻影を、追い始める。
冴木とシャドーの、最も美しく、そして、最も哀しい捜査が、今、始まった。




