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8話 ……ねえ、もっとお腹見せてよ

 うう……結衣。ちゃんといてくれよ……!


 なんとか着替え終わった俺は、一抹の不安を抱えながら結衣の待っているであろう場所に向かう。


 急いで着替えはしたが、あの結衣のことだ。どこかへふらっと行っているかもしれない。しかも、あの『待ってて』も少し一方的になってしまった感がある。


 外は来た時よりも暑くなっているように感じる。あまり時間も経っていないはずなのに。走っているからか?いや、それでも……。


 まあいいや。てか、このへんか?待っててって言って別れた場所は。どこだ〜……。


「おーーい。」


 ……


「お〜〜い。結衣〜〜?」


 ……


 ……


 ……反応がない。そんな、やっぱり……。


「……ゆ〜〜ま君っ!」


「わぁっ!」


 後ろからはいつもの元気で明るいハツラツとした声。

 なんだ、居たんじゃないか……。なんだよ、驚くじゃないか。


「お、おい結衣。居たんなら反応してくれよ。俺、てっきり……」


「ごめんごめん。ちょっと驚かせてみたくって……てへ」 


「なんだよそれ」


 結衣が舌を出して言う。……俺、結構心配したんだかんな。今でもちょっと心臓がバクバクしている。


「えへへ……。てか、その様子じゃもう大丈夫そうだね」


「……ん?何がだ?」


「へ?」


 ……俺、なんか変なこと言ったか?結衣が固まってしまった。いや、反応が鈍くなっているというか……。あれ、なんかデジャヴ……?


「お、おーい結衣さーん?」


 顔の前で手を振ってみる。ちょっとの間反応はなかったがすぐにハッとしたような感じで俺の方に目線を向ける。そしてたちまち『?』みたいな表情になってしまった。いや、そんな顔を俺に向けられても……。


「……あー、うん。私の勘違いだったみたい。ごめん。今のは忘れて!」


「なんだよ、余計気に……」


「あー!本当に良いから。忘れて忘れて!」


 ……おい、逆に気になるじゃねえか。うーん、俺何かあったっけ?いや、何かがあったのは分かるんだ。でも、更衣室の混雑とか、結衣がちゃんと待っててくれているかが気になって……忘れちゃった。


 まあ、忘れてることは悪いことじゃないって昨日結衣が気づかせてくれたし。まあ……いっか。


「それより早く私の着替える場所、探しに行こうよ!」


 そう言うと同時に結衣は左の方向へ走り出していってしまった。


「あ、おい!」


 ……追いかけるか。変わらないな、あいつは。


 ……


 ……


 ん?何で 『変わらないな』なんて思ったんだろう……?


 ──────


「お、おい。ま、待てって……」


「もう、ゆーま君たら!こんなところで疲れてたら海、楽しめなくなっちゃうぞー!」


「……お前が元気すぎるんだよ。何か足も速いし」


「んー?こんなもんでしょ」


「こ、こんなもんでしょって……」


 息切れしている俺を尻目に、涼しい顔でこれまた『?』みたいな顔をしている結衣。こんなん、体がいくつあっても足りないぞ……。てか、こいつ自覚ないのか。それとも俺がめちゃくちゃな絶望的な体力なしなのか。


「うーん。まあ、でもみんなからはよく『足速いねー!』なんて言われてたような気がするけど……あんまり足が速いって思ったことはないなあ。これくらいが普通かなって」


 ……みんなから言われてるじゃねえか。自分が普通だと思っていても他の人と合わせて少しは抑えてくれよ。


「……おい、結衣。もうちょっとゆっくり行こうぜ」


「えー、だっ……」


「いや、結衣の言いたいことは分かるよ?『こんなに海が近くあるから早く遊びたい』とかだろ?」


「……」


「でもな、このままじゃ俺の体が持たない。それに今は昼を過ぎたくらいだ。何度も言うが海は逃げたりしない。だから、もうちょっとゆっくり行こうぜ……」


「……分かった」


 一応は分かってくれたみたいだ。顔はシュン……としているが。


「結衣、ごめんな」


「こちらこそ、ゆーま君の気も知らないでごめんなさい……」


「まあ、話でもしながらいこうぜ」


 俺は元気づけようと笑顔で言ってみる。結衣もそれにこたえて少し笑顔になった。


「うん……。ありがとう、ゆーま君!」


 すっかり調子を取り戻したようで俺もホッとする。


「ところで、結衣って足速いよな?自覚ないかもだけど。生きてる時は陸上部にでも入っていたのか?」


「ううん、まあ、オファーはあったけどね〜。水泳部だったよ!」


 オファー、あったんだな。入っていればすごい選手になってたかもな。ちょっともったいないような気もするが、俺が言うことではないだろう。


「ちなみに、ウデマエ的なものはどうだったんだ?」 


「うーん。まあ、それなりに?」


 それなりって何だよ。俺は水泳のことはあまりよく分からないんだが。まあ、"それなり"の実力ではあったんだろう。もし、結衣が嘘をついているなら必ず表情とか口調に出るからな。


「まあ、運動できるっていうのはいいな。俺はからっきしだし」


「えっ!ゆーま君運動出来ないの!?」


 結衣が結構な驚き方をする。……そんなに意外だったか?結衣がこんな驚き方をするのはあまり見ないな。2回、いや、3回目くらいか。


「ああ、自分では出来ないほうだと思っているが」


「でも、足が速いっていう私の走りについて来てなかった?見失ったことないよね?」


「それにゆーま君、運動出来ないって割にはお腹、割れてるよね?」


「ん?ああ、これか?これは別に……」


 確かに俺は腹筋が割れている。だけどそれは帰宅部とかバイトをやっていないとかで暇な時間が多いから暇潰し感覚でやっていたもので……。そんなにたいそうなものではない。


 別にこれは運動神経関係なくやれるものだし。別に運動ができない俺が割れていてもおかしくはないと思う。


「いや、それでもすごくない?」


「……ねえ、もっとお腹見せてよ」


「!!」


 思わずドキッとする。結衣ってたまにこういう意外なことを突然言うよな。今日もあった気がする。……どんなことを言われたかもう忘れたけど。


「い、い、いいけど……そんな珍しいものじゃ……」


「というか、ここで立ち止まっちゃ着替えるのが遅くなるぜ……?」


「まあ、ちょっとくらいなら……ね?」


 そう言ってまじまじと見る結衣。探すことよりも大切なのか?これ。何かめっちゃ照れるんだけど。ちょっと恥ずかしい……。


 ……


 ……


「お、おい。もうそろそろいいか?」


「えー、まだそんなに時間経ってないじゃん」


「まだそんなに経っていなくても!もう行くよ!!」 


 もう結構時間が経っているように感じるのだが……。結衣が本当なのか俺がおかしいのか。


「あ、もうゆーま君たら〜」


「まあいいや、また後で見せてね!」


「……!」


 結衣の着替える場所……目的地の海水浴場の端まではあと半分くらいある。さっき『ん?』と思ったことも話したいし……結衣のことももっと知れるかもな。

最後まで読んでいただきありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです!

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