セラフナハシュ
ディザスティアの拳がぼく達に向かって振るわれる。
朱色の光が禍々しく一本の線を描き、反応する事すら出来ずにその身に受けそうになった時だった。
長杖の能力である【自動迎撃】が発動し雪の壁が幾重にも重なると、その後ろに長杖と大剣を咥えた狼が姿勢を低くして構える。
同時に背中から無数に生える人の腕がそれぞれに手に持った武器が、歪な笑みを浮かべるセラフナハシュへと向けて振るわれるが。
『力の残滓如きが、妾に人の子の武器を振るうなぞ無礼にもほどがあるであろう!そう思わぬか?魔王ソフィア・メセリー』
「ですが、人の子である私には脅威なる相手です……、どうかお助けください」
『分かっている、だから妾を呼んだのであろう?』
ソフィアがその場に両膝をついて跪く。
そして彼女が自身の指につけている指輪を差し出すと、宙に浮き鏡の中にディザスティアの無数の腕と共に飲み込まれ鏡が黒く染まる。
同時に、複数の雪の壁を破壊しながら進んで行く拳を二匹の狼が咥えている武器で受け止めようとするが、心器を核にしている筈なのに身体がはじけ飛び、心器だけが残され床に落ちてしまった。
『……必要な時があったら、今まで妾を満足させてくれた礼に三度まで力を貸してあげると約束したけれど、こんな小物相手で良いの?あの大戦で唯一勝ち残ったいけ好かない勝ち組、栄花の【豊穣神】プリムラスグロリアや、私達が封じられた後に新たな世界の管理者となった【天魔】シャルネ・ヘイルーンが、乱心してこの世界を滅ぼそうとしだしたら呼ばれると思ってたんだけど?』
黒い鏡の中から、セラフナハシュの身体がゆっくりと出て来る。
そして蛇の輪の上に腰かけると、無数に連なる腕の上に立ち上がり踊るような仕草で歩き出す。
ディザスティアが振り落とそうとするが、突如として鏡から飛び出して来た翼を持つ巨大な蛇が、全身を締め付けるように絡みつき動きを封じてしまう。
「栄花のプリムラスグロリア様は、今は俗世に紛れ人の生を楽しんでおります、天魔シャルネは……」
『まぁ、あの女の事だ、どうせ乱心したのだろう?外界から呼び出された転生者や転移者などそんなものだ、我々神が可能性と希望を持たせ、こちらの言う事を聞けば褒美に元の世界に戻し、迷惑を掛けた詫びとして願いを叶えてやると口約束さえすれば、本当にその通りに動く愚か者、あれもそれと同類だったという事であったのだろう』
「……真意は私には分かりませんが、もし再び力を借りる時がありましたらよろしくお願い申し上げます」
『ふん、つまらぬ奴め……、我が魂がおぬしの中に封じられてさえいなければ、このような世界今すぐにでも滅ぼしてやるというのに、感謝するのだな妾を満足させ続けた歴代の魔王達と【叡智】を持つ女にな』
セラフナハシュの存在感に思わず呼吸さえ忘れて動けなくなってしまう。
それはダリアも同じようで、身体からたまのような汗を出しながら震えている。
ミオラームは無事だろうか、母さんのいる方を見て状況を確認したいけど……ドサッという音が聞こえた辺り、意識を失い倒れてしまったのかもしれない。
『後そこのディザスティアの器の資格を持つ者とその娘よ、呼吸をし妾と会話する事を許す、名はなんという?』
腕の上を歩いているセラフナハシュの歩みが止まり、ぼくの方を見ると言葉が頭の中に響く。
すると今まで強張っていた体から力が抜けて楽になり、呼吸が出来るようになった。
ダリアも同じようで荒い呼吸を繰り返しながら両手を床について全身で呼吸を繰り返す。
「……え?」
『早く答えよ、妾は残り数分しかこの場におる事は出来ぬ故』
「ぼくはレースで、この子はダリアだけどそれがどうしたの?」
『覚えておこうディザスティアの器よ、悪いがこの残りカスを今から滅ぼす、悪いがおぬしには犠牲になって貰うぞ?暫く身体能力が飛躍的に向上するが故に、上手く身体を動かせなくなると思うが、上手く使いこなすがいい……幸いな事におぬしは器としては最高水準のようだからな、もし今の状態で伸び悩んでいるのなら更に強くはなれるであろう』
セラフナハシュが無数の腕から飛び上がり、ディザスティアの肩の上に着地するとそっと首を撫でたかと思うと口を開けて噛みついた。
すると……黒い身体が跳ね上がり、身体を徐々に縮ませながら彼女の中に取り込まれて行く。
『……残りカスだから不味いのぅ、なまじ力の残滓を増幅させたせいで味が薄い、だかまぁディザスティアを喰らい滅ぼす事が出来るのは現状妾くらいだから、最後まで喰らってやろう』
「セラフナハシュ様、感謝致します」
『よいよい、久方ぶりに外に出れて良い暇つぶしになったわ……、ふむ、そろそろ時間じゃな、レースよ!おまけをしてやるから感謝して受け取るが良い』
……ディザスティアの身体が全て体内に取り込まれると、セラフナハシュの身体が薄くなり徐々に消えていく。
そしてぼくを指差すと、黒い魔力の光が身体を貫くのだった。




