叡智の継承者
ダート視点
レース達が出て行って直ぐの事……
「サリッサちゃん、ちょっと悪いんだけど席を外して貰ってもいいかしら?」
「え?カルディア様、急にどうしたのですか?」
「ダーちゃ……いえ、レースちゃんの奥さんと二人で大事な話をしたいからお願い」
「……分かりました、それでしたら下の診療所の方で備品の補充等して来ますので、お話が終わり次第及びください」
サリッサさんが下の階に降りて行くと、お義母様がゆっくりとした仕草で紅茶を口にする。
そしてお互いに言葉を話さない静寂が部屋を包んだかと思うと……
「さて、ダーちゃんからしたら、どうして私の姿が変わっているのか気になるんじゃない?」
「うん……、元居た世界の本当のお母様にそっくりでびっくりしちゃった」
「そうよね?だってこの姿は……、以前あなたから貰った髪の毛を分析して見つけて作った身体だもの」
「そう……なんだ」
その姿を見ると凄い懐かしい気持ちになる。
もう二度と戻る事は無いと思っていた場所に戻れたような、会えないと思っていた大切な家族に出会えたような。
この世界に転移して来た時の事を思い出して切ない気持ちになってしまう。
急に訳も分からない世界に連れてこられて、言葉も文字も全然分からない環境……お義母様とマスカレイドのおかげで生きる方法を学んでここまで来て、レースと出会い幸せになった事。
けど……お義母様の姿を見ると、転移しなかったらどんな生活を送っていたのか気になってしまう。
「以前私があなたに【叡智】を継ぎなさいみたいな事を言ったでしょ?それで思ったのよ……王族達が持つ【継承】という特性を利用できないかって」
「継承って確か、王様が無くなった際に次世代の王に能力と心器、封印されてる神様を移す物だよね?」
「それを独自に研究して……魔術として形にしたのよ」
「えっと……それと、これに何の繋がりが?」
「そうね、能力や心器を継承させるだけなら血縁になれば良いから簡単だったわ……ただ最後の神様を移すという事だけど、それを疑似的に行う為に……これね」
お義母様が指輪を取り出すと、テーブルの上にゆっくりと置く。
今まで見た事が無い程に強い魔力を感じるそれは、まるで生きてるようで……
「あの、お義母様?」
「これは私の前の身体と今の身体の一部を作る際に出来たスペアの肉体を加工して作った指輪よ、メセリーでは誰かが亡くなった時、遺体を宝石に加工して遺族に残すのを知ってるわよね?」
「う、うん……」
「この指輪を魔導具へと加工したのよ、私が亡くなった際……この指輪を着けている人に込められた魔力を移す事で疑似的に【継承】を成立させる感じね、そうして特性を模倣し魔術の域に落とした事で、私の特性と能力、そして心器をあなたに渡すのよ」
「……ちょっと何を言ってるのか分からないかも」
言ってることが難しすぎて私では何を言ってるのか全然分からない。
けど取り合えず、血縁……つまり遺伝子的な繋がりを作る事で私にお義母様が持つSランク冒険者としての能力を移すという事だけは辛うじて分かった気がする。
「分からないならいいわ、取り合えずあなたは指輪を肌身離さず着けてれば大丈夫よ」
「そういう事なら……?でも、後遺症とかって何かあったりしない?お腹の中の子に何かあったら嫌だよ?」
「そこは大丈夫だと思うわ、だって……私の魂はそこには無いもの、仮にあったとしても私の能力や魔力がその子にも継承されて【叡智】の特性を持つ存在が二人になるというイレギュラーが発生するくらいじゃないかしら」
「それって凄い危ない事なんじゃ……?」
「……大丈夫よ、私の時と違って最初から周囲に理解者がいるもの、仮にそうなったとしてもあなた達なら大丈夫、私が保障するわ」
お義母様はそう言うと私の手を取って左手の小指に嵌める。
そして何かを決意したかのように椅子から立ち上がると……
「じゃあ私は行くわね?」
「行くって……お義母様、何処に行くの?」
「その時になったら分かるわ、ただそうね……過去の忘れ物を拾いに行くと言っておくわ」
「それって……」
「ふふ、幾ら見た目は若くても、身体を変え続けて何百年も生きてるおばあちゃんよ?生きてるうちに大事な忘れ物の一つや二つ、それにやり残してる事があるのよ、例えばそう……【黎明】マスカレイドとの事や、私と彼の間で作られたフィリアの事、この国の王【魔王】ソフィアに別れを告げたり、後任であるあなたに関する話をしたりね」
……そのまま私の方を振り返る事無く小さく呟くと、玄関の方へと歩いて行き。
『あなたは旦那であるレースちゃんや、第二婦人になるカエデちゃんと仲良く手を取り合って行かなきゃダメよ?、大事な物って一度無くしたり忘れたりしてしまったら、もう戻って来ないんだから……あ、そうだ、この事はレースちゃんには内緒にしてね?』と言葉にして出て行ってしまう。
そして一人家に取り残された私はどうするべきか悩みながら、一階へ降りてサリッサを呼ぶのだった。




