支え合う事の大事さ
誰かが扉をノックする音がして、起きてはいたが沈んでいた意識が戻って来る。
どれくらい椅子の上で脱力していただろうか、いや……そんな事よりもマリステラが再び戻って来たのかもしれないと思い、警戒しながら扉へと意識を向けると……
「レースさん、ダートお姉様?ご夕飯の用意が出来まし……、レースさん!?」
扉がゆっくりと開かれカエデが部屋の中に入って来ると、ぼくの姿を見て焦ったような顔をして駆け寄って来る。
「ど、どうしたんですか!?凄い汗を搔いてますよ?」
「ちょっとね……、疲れが溜まってたみたいで体調が悪くてさ」
「ちょっとって、普通は少し体調が悪い位じゃこんな状態になりませんよ?」
「ほらここ最近色々とやってたし、そのせいじゃないかな」
「……どうしても言いたくないみたいですね、顔に出てますよ?まぁそう言う事なら詳しくは聞きませんけど、言いたくなったら言ってくださいね?待ってますから」
そう言いながら取り出したハンカチで顔を拭いてくれるカエデを見ると申し訳ない気持ちになる。
とはいえマリステラとの間にあったことを話すと何があるのか分からないから警戒した方がいい筈だ。
あの化け物の事だから、姿を消して近くにいてもおかしくない以上軽はずみに口に出してダートやカエデに被害が出るのは良くない。
特にダートの場合はお腹の中に子供がいるから、必要以上にストレスを与えるような環境には置きたくないっていうのもある。
でも今はそれよりも……
「カエデ、いつもありがとう」
「きゅ、急に何ですか?」
「ダートにもいつも支えて貰ってるけど、カエデにもこうやって側で支えて貰ってるからさ、ちゃんとお礼を言った方がいいかなって」
「何を言ってるんですか、夫婦というのはお互いに支え合うものですよ?これくらいは当然です、それよりもその汗で濡れた服を着替えるか治癒術を使って清潔な状態にしちゃってください、ダートお姉様が起きた時にその姿を見られたら驚かれますよ?」
確かにカエデの言う通りだ。
椅子から立ち上がると治癒術を発動して服に染み込んだ汗や服の汚れを取り除く。
本来は患者を治療する際に清潔な状態にして、細菌感染等を起こさない為の術だけど少ない魔力で簡単に汚れが落とせるのは便利だと思う。
「うん、綺麗になったみたいですね……、レースさんは見た目は本当に整ってるんですからいつもちゃんとした方がいいですよ?お姉様が居ないと髭だけ処理して後は放置なんですから……」
「……そういうのはめんどくさいからさ、自分の髪は前が見えづらくなったら切れば良いし」
「もう、そういう所本当に良くないと思います、お姉様と暮らすようになってから何時も切って貰ってるらしいじゃないですか、お腹が大きくなったらそういうのも暫く出来なくなるんですよ?そうなったらどうするんですか?」
「あぁ、まぁ……うん、その時はカエデに切ってもらうよ」
「え?わ、私ですか?もう……仕方のない人ですね、その時はちゃんと面倒を見てあげます……って、ついつい話し込んでしまって忘れてましたがお姉様を起こしてお夕飯食べに行きますよ?」
そう言ってカエデが起こしに行こうとすると、ゆっくりとダートが体を起こして……
「カエデちゃん、起きてるから大丈夫だよ?」
「……ダート、いつから起きてたの?」
「レースが誰かと話してた時からかな……、動いたら危ない気がして寝たふりしてたけど、そうしたらメイメイちゃんから貰った薬を飲み忘れちゃって……」
「……薬って確か妊娠時に起きる体の影響を抑えるのだよね、大丈夫?」
「うん、ちょっと吐き気がして動きたくないだけで、それ以外は全然大丈夫だよ?夕飯時になったらちゃんと飲むから安心して?」
メイメイがダートに渡した薬は即効性がある代わりに、しっかりと服用しないと直ぐに薬の効果が切れてしまう。
現に今のダートは大丈夫だとは言ってはいるけど、顔色が悪いから大分無理をしているのが分かる。
「ダート、無理をさせてごめん」
「何を言ってるの?本来なら安定するまでこういう事が続くんだよ?」
「……もう、そういうのは分かりましたから早く行きますよ?せっかく用意して貰ったのに冷めてしまったら、作ってくれた人に失礼ですからね」
「うん……、カエデちゃん体を支えてくれる?」
「もちろんです!、行きますよ?お姉様」
ベッドから立ち上がったダートをカエデが支えるとゆっくりと歩き出す。
こういう時、ぼくが支えて上げられたらいいのだけれど女性にしか分からない変化や悩みがあると思うから、彼女に任せた方がいいだろう。
治癒術師として、妊娠している女性に対する接し方とかは知識としては知っているけど、専門として学んだ訳では無いのがこういう時もどかしい。
メセリーに戻ったら母さんに色々と教わってみよう……、そうすれば将来的に家族が更に増えたら今よりも出来る事が増える筈だ。
「レース?そんな難しい顔して立ってないでご飯食べに行こう?」
「ん?あぁ、ごめん行こうか」
……ダートが通りやすいように急いで扉を開けると、ゆっくりとした足取りで部屋を出る。
そしてすれ違う時に『……あの人の事、色々と落ち着いたら話を聞かせてね?絶対だよ?』とダートが心配げにぼくの方を見て言葉にするのだった。




