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治癒術師の非日常―辺境の治癒術師と異世界から来た魔術師による成長物語―  作者: 物部 妖狐
第八章 戦いの先にある未来

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謁見の間と口論

 いきなり喧嘩しようと言われても正直どんな反応をすればいいのか分からない。

ただ、胸倉を掴まれた後に通路でやり合うのは良くないという事で昨日アキラさんと戦った謁見の間に皆で移動する事になったけど……


「ハス……、お前何をしているんだ?」

「レースと、誰だ?」


 そこには本を持って薬王ショウソクと話し合いをしているライがいて驚いた顔をしてぼく達を見ている。


「何って喧嘩だよ喧嘩っ!レースの実力をこの目で見たいからさ、だから薬王様よぉ悪いけどここ貸してくれない?」

「何だお前は、まさかとは思うがここで喧嘩とやらを始めるつもりか?」

「おぅっ!当然だっ!この首都の中で喧嘩出来そうなくらいに広いのはここくらいだろ?だから頼むよ」

「ハス……、お前謁見の間で戦いたいって何を言ってるのか分かってるのか?」

「そりゃあ分かってるけどよぉ、昨日アキラとレースがここでやり合ったんだろ?それにだ、まだ壁に穴が空いたままなんだし今以上に壊れても治せばいいだけだから大丈夫だって!」


 大丈夫ってこの人は何を言ってるんだ……?。

これがあのアキと双子の兄だなんて到底信じられそうにない、知的な彼女とは全く持って真逆だ。


「申し訳ありません、薬王様、私の部下が失礼な真似を……」

「いやいい、個性が強い集団をまとめるのは厳しいだろうからな」

「お気遣い感謝致します」

「だがそうだな、そこの赤い髪の名前は確か……いやどうでもいい、ここで戦いたいというが見ての通り今はこの最高幹部のトップを名乗る人物と会談中だ、下の階層にこの国の騎士達が訓練を行う為の施設があった筈だ……そこを使え」

「おぅ、んじゃ!そこを使わせて貰うわ……邪魔して悪かったな王様っ!」


 ライさんが困った顔をしてお腹を押さえているけど……、多分これはストレスだろうなぁ。

立場的に最高幹部のまとめ役みたいだから大変なんだと思う。

皆がそうだとは言わないけど、ぼくよりも性格が濃い人達が多いから心労が絶えなさそうだ。


「レース君、ハスが失礼な事をして申し訳ない……、普段はあぁ見えて冷静で知的な所があるんだが、いざ戦いの話になると馬鹿になるんだこいつは」

「いえ、気にしないでいいよ……、実力の分からない相手と一緒に戦いたくないって言う気持ちは分かるから、でも……」

「……でも?」

「いきなり胸倉を掴まれたのは正直不快だったから、次からは止めて欲しい」

「大変申し訳ない、本来ならハスに注意をしたい所だけど……今は例の本の事について薬王ショウソク様と話しをしている最中でね」


 申し訳なさそうに言うと、何処からか液体の入った瓶を取り出して片手で器用に蓋を開けると中身を飲み干すと、凄い不味い物を口に入れたような顔をしてせき込む。


「……おまえその歳で胃薬はどうかと思うぞ?人族はエルフ族と違い短命とは言え自分の身を大事にした方がいい」

「お気遣い感謝致します、ですがこれも上に立つ者として必要な事なので……」

「なら気にしないようにするが、この会話が終わったらメイメイに症状を説明しお前にあった薬を貰うが良い」

「ありがとうございます……悪いねレース君、話の途中で薬を飲み始めてしまって、申し訳ないのだけれど君が受け入れてくれるのならハスと一度戦ってあげて欲しい、この会談が済んだら君達と合流するから、君さえ良ければ後で戦闘時の連携の練習に付き合って貰えないかな?当日即席で合わせるよりは作戦を立てた方がお互いに安心出来るからね」


 戦ってあげて欲しい……、ライさんに頼まれたら断れない。

書庫の時に色々と教えてくれたり良くしてくれたから、出来る限りは協力したいと思えてしまう。

……それにただでさえストレスで内臓に負担をかけてしまってるみたいだから、無理をして欲しくないっていうのもある。


「分かったけど……、ぼくがハスを倒してしまってもいいの?」

「お?いきなり俺を呼び捨てとか嬉しいじゃねぇか」

「悪いけど黙っててくれる?」

「お、おぅ、お前の父ちゃんやっぱ怖くねぇか?」

「俺もここまで怖い父さんを見るの初めてだからわかんねぇよ……、何か気に障る事でもしたんじゃねぇか?」


 気に障る事と言うか、単純にぼくはこの人が嫌いだ。

相手の事を良く考えずに失礼な発言をしたり、自分本位の行動をするのを見ると昔の自分を見ているみたいで嫌な気持ちになる。

勿論それがぼくの私情によるものでハスに何の関係が無い事も分かってる、それ以外にもいきなり胸倉を掴まれて喧嘩をしようと迫られて、誰が仲良く出来ると言うのだろうか?。

子供の頃師匠、いや師匠に連れられて見に行ったお芝居の中では、味方同士が喧嘩する事でお互いの事を知り仲が深まるという物があったけど、物語と現実は違う……、その当然がこの人は分からないのかもしれない。


「レース君、悪いけど君では彼に何をやっても勝つことは出来ないと思う」

「……え?」

「単純に属性の相性が悪すぎる……、でももし勝つ事が出来たらそうだね、その時は最近機嫌がすこぶる良くない団長に君がカエデ姫に相応しい立派な人間だと一言伝えさせて貰うよ」

「お、いいなぁっ!そうすればあのグラサンも少しは機嫌が良くなんじゃねぇか?、日頃やってる事が陰湿なのに最近は更にひでぇからな……、良しレースっ!お前俺を全力で倒せっ!いいな?」

「相性とか関係無く、ぼくはあなたを倒すよ」


……ぼくはそう言うとライさんと薬王ショウソクに頭を下げて謁見の間を出ると、ハスの近くにいるダリアの手を握り『じゃあ、今からその訓練場に行こうか』と彼に声を掛け早足で向かう。

その姿を見て面白い物を見たと言いたげな王様と、小さく溜息を盛らすライさんの姿が閉じて行く扉の隙間から一瞬見えた気がするけど、今のぼくには新たな切り札があるから間違いなく勝てる筈だ。

そう思いながら一人で歩けるから離せと手を振り解こうとするダリアと、慌ててぼくの事を追いかけて来るハスを無視して教えて貰った場所へと向かうのだった。

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