失われた左腕
ダート視点
身体が麻痺して動けなくなってしまっている私達を、動けるようになったカエデちゃんが治癒術で治してくれている時だった。
レースの左腕が根元からはじけ飛んで、あまりの光景に悲鳴をあげてしまう。
「カ、カエデちゃん、レースの腕がっ!腕がっ!」
「ダートお姉様落ち着いてください、動けるようになって直ぐに走ると負担が大きいので危険ですっ!」
「そんなの関係ないっ!」
「お、まっ!かあさ……まっ」
「お姉様っ!」
後ろでカエデちゃんとダリアの止める声が聞こえるけど、今はそれよりもレースの方が大事だ。
私が動けなくなっていなければ、あの巨大なゾンビの攻撃を空間魔術を使ってルードの後ろに転移させ一方的に倒す事が出来たと思う。
レースが気を失って姿を保つ事が出来なくなりつつある狼が走っている私に向かってくると、服を加えて持ち上げると器用に上に投げて背中に乗せてくれる。
「……もしかして運んでくれるの?」
冷静な状態で居られたなら走って近づく事はせずに、空間跳躍を使い一瞬でレースの元へ行っていたのだろうけど、そんな余裕も無かった私を気遣ってくれたのかもしれない。
先程まで獰猛な顔をしていた狼は、何処かで見た事のある優しい瞳をして背中にいる私を見ると、何かを言うかのように口を動かし……
『……ダートくん、君は治癒術が使えたりはするのか?』
「そ、その声はまさか……」
『驚くのも無理はないと思うがとりあえず落ち着いて聞いて欲しい、もう一度言うが君は治癒術が使えるのか?』
「……お義母様に貰った指輪のおかげで簡単な治癒術なら魔力を通す事で使えます」
『そうか、なら息子の出血だけでも止めてやってくれ……、あぁ後俺達が喋れる事は出来ればレースには内緒にして欲しい』
間違いない、この人はストラフィリアの前覇王ヴォルフガング様だ。
亡くなった筈の人がどうして狼になっているのか聞こうとしたけど、顔が崩れて口が無くなってしまった為答えられそうにない。
それに俺達がって事はヴォルフガング様の他にもいるという事で……、この場合消去法で考えると長杖をレースへ継承させたスノーホワイト様の事だと思うけど、脚が崩れてバランスを崩したヴォルフガング様から投げ出されてしまう。
何とか受け身を取って急いで彼の元へ向かうと……
「レースっ!」
「ダート殿、これ以上近づくでないっ!」
「……え?」
私の前にメイメイちゃんが現れたかと思うと目の前に魔術で作られた木の根で出来た壁を出現させる。
その瞬間凄い衝撃から襲って来たかと思うと筋肉質の腕が壁を突き破って来た。
「……ガキにしちゃあ良い判断じゃねぇか」
「余がダート殿を守るのを分かって殴りかかって来たのじゃろ?、マンティコアのケイスニルよ」
「……お見通しってわけかい、まぁこの国の姫様じゃあ当然だわなぁっ!」
壁越しに聞こえる乱暴な声、そしてケイスニルと言う名前を聞いて嫌な予感がする。
彼等がここにいるという事はアキラさん達はどうしたのかな……、もしかしてだけどこの二人に負けてしまったのでは?と思うとこの協力要請に応じてしまったのは間違えだったのではないか、そうすればレースが腕を失う何て事にはならなかったと思う。
でもそんな事を考えても現実は変わらない訳で今は何としてでも彼の側に行って出血を早く止めたい。
「おぬしが仲間を助けに来るとは思わなかったぞ?」
「……なんだおめえ、まるで昔から俺の事を知ってるみたいな口ぶりじゃねぇか」
「くふふ、色々とあるものでな、じゃがその焦った口調本当に助けに来たようじゃな」
「だぁもうっ!うるせぇなぁっ!こっちにも色々とあんだよっ!」
「どうせその小僧に頼られている内に情が移ったんじゃろ?おぬしは戦闘狂じゃが、自分を頼ってくれる奴には甘いからのぅ、くふふ、そういう情に熱い所は変わらぬようでなによりじゃ」
メイメイちゃんが何だか私よりも遥かに年上の人に見えるけど……、アイコンタクトで先に行くように促してくれる。
急いで側面から出てレースの元へ向かうと気を失ったルードを小脇に抱えたケイスニルの姿が見えた。
「あぁ、確かあの時俺に痛い思いをさせてくれた小娘か……、確かお前を連れてくるように言われてたな……、わりぃが連れて行かせて貰うぞ?」
「くふふ、余を無視する余裕等与える訳が無かろう、悪いがここでおぬしは捕らえられるのじゃよ」
「おめぇ、さっきと言い本当に何者だよ……、悪いけど今の俺達には余裕がねぇんだわ、こちとら栄花の奴等とやり合って倒したは良いが浅くはねぇ傷を負っちまったしよぉっ!」
「ほぅ、あやつらを倒すとはな、どうやら時を得ても実力は落ちてないようじゃ……」
「てめぇ本当に何なんだよっ!」
……レースの元に辿り付いて指輪に魔力を流し治癒術を発動させると、背後で壁を破壊したような音がしたかと思うと、獣のような雄たけびを上げたケイスニルと楽しそうに笑うメイメイちゃんの声がする。
その間に出血を止めようとするけど思った以上に傷が深いみたいで中々溢れるように出る血が止まらない。
焦って集中が切れて、魔導具の指輪に流す魔力が途切れそうになるのを必死に堪えるのだった。




