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治癒術師の非日常―辺境の治癒術師と異世界から来た魔術師による成長物語―  作者: 物部 妖狐
第一章 非日常へ

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名前を呼んで欲しい

 彼女と話をして治した方が良い所があるのが分かったけれど、それはそれとして納得が行かない事がある。


「ダートさ……いえ、ダートちょっといいですか?」

「ん?おぅどうした?」


 どうしてぼくの事を、おめぇとかって言ってばかりで名前をあんまり呼ばないのか。

そもそも今更な話だけど初対面の人に失礼な態度を取っているのは彼女の方が多いと思うのはぼくの思い違いだろうか?……そう思うと心の中にもやもやとした暗い感情が生まれてくる。

こればっかりはしっかりとぶつかった方が良いのかもしれない。


「ぼくに君の事を呼び捨てにしろというのは構わないけれど、それならダートもぼくの事を名前で呼ぶべきじゃないかな?」

「名前でって……、お、俺はいいんだよ!」

「一緒に暮らす上で名前を呼び合うのは大事な事だと思うけど……もしかして逃げるんですか?」

「逃げるっておめぇ……」


 またぼくの事をおめぇと呼ぶ彼女に対してどうしてもぼくの名前を呼ばせたくなってくる。


「おめぇじゃなくて、レースです」

「あ、おめぇ…そのだな」


 そんなにぼくの名前を呼びたくないのだろうか……、顔を真っ赤にした彼女を見て困惑してしまう。


「っち……わぁったよ!レースって呼べばいいんだろっ!」


 名前を呼んではくれたけれど俯いて震えてしまっている。

もしかしたらやりすぎてしまったのかもしれない……


「えぇ、良くできましたね」

「うっせぇ!触んなっ!」


 こういう時は頭を撫でて機嫌を取れと師匠が言っていたのを思い出して、彼女の頭に手を伸ばしたけれど勢いよく手を払いのけられてしまう。

……何とも言えない空気が流れるけれどどうしたらいいんだろうか。


「……そういやレース、聞きてぇ事があるんだがいいか?」

「聞きたい事ですか?」

「これから一緒に暮らす以上大事な事があるんだが……」


 とりあえず話題が変わってくれて良かったけれど、急に深刻な顔をして訪ねてくる彼女を見て何を聴きたいのか心配になる。


「俺って何処で寝ればいいんだ?……まさか一緒の部屋とか言わねぇよな?」


 そういえば彼女に言うのを忘れていた気がする。

家に帰ってから空き部屋の事を伝えようとは思っていたけれど、急患然りその後の事然り色んな事があってすっかり伝えるのを忘れていた。


「おいっ!黙ってないで何か言えよ!」

「あ、すいません……、狭いですが空き部屋があるのでそこでもいいですか?」

「あんなら早く言えよ。色々と心配になっちまったじゃねぇか……」


いったい何を心配していたのだろうか……、今一良く分からないけれど彼女が言うなら何かがあるのだろう。

それにベッドしか買ってないけれど女性の部屋ってそれで良いのだろうか?師匠と一緒に居た時は結構色んな物に溢れていた記憶があるし当時は女性には色々と入り用なんだと話をされた記憶がある。

そういう意味ではもしかしたら、ダートが特別自分の荷物が少ないだけなのかもしれない。

空間収納が使える以上必要な物は全てその中に入れている可能性があるからきっとその中にあるんだろうか……


「それにこの家の事はリビングと診療所しか知らねぇからよぉ……さっさと連れて行ってくれよ」

「えぇ…それなら軽くこの家の中も案内しますね」

「おぅ、それならそっちも頼むわ」


 という事で家の中を案内する事にした。

まずはリビングを出て少し歩いた先に薬草等を干して乾燥させる為の部屋に移動して説明していく。

ここでは部屋の中央に仕切りを付けて二つの環境を作っている部屋で、入って左手側では天井の一部をくりぬく事で太陽の光を入れて薬草を天日干しするスペースとなり、右手側では日の光が直接当たらないようにしつつ外からの風が入りやすい用に格子状の壁から風が入るようになっている。

それ以外にも採取した薬草類を洗う水場とそれぞれの用途に合わせて刻んだりする専用の包丁やハサミや、乾燥させるのに使うザルや網等様々な物があるがここに彼女を入れる予定は今の所無い。


「という事で、ダートはこの部屋には許可なく入らないでください。」

「こんなとこ言われても入んねぇよ……、素人が入っていい場所じゃねぇだろうしな」

「そう言って頂けると助かります」


 分かってくれるのは本当にありがたい、それに大概は説明しても暫くしたら勝手に入るだろうし彼女もそうだろうと勝手なイメージをしていた分その言葉に安心を覚える。

後はぼくの寝室と薬を保管している保管庫とお風呂にトイレの場所を説明して行く。

特にお風呂やトイレは綺麗に使って欲しいと口を酸っぱくして説明するが分かってくれただろうか。トイレに関しては深い穴を掘りその中にスライムと呼ばれるモンスターを数匹入れて置く事で人間の排泄物を吸収してくれるから問題無いとは思うけれどお風呂は手入れが雑になるとピンク色の菌や黒カビが繁殖するなど大変不衛生な環境になってしまうし、何よりそのような環境にぼくは居たくない。

取り合えず家の中の案内はこんな感じだろうか……


「という事で家の中はこんな感じで、ダートの部屋はここになります」

「なんつーか、おめ……レースって変な所でこまけぇって事だけは分かったわ」


 彼女の部屋に案内したら細かいと言われたがそんなに細かいのだろうか。


「でさっそくベッド置きてぇんだけど、部屋の中は俺が自由に使っていいんだよな?」

「えぇ、勿論自由に使ってくれて構いません」

「にししっ!ありがとなっ!……ただ俺に用がある時はちゃんとノックしてから入れよ?」


 彼女の性格的にぼくの部屋をノックもせずに勢い良く入って来そうな気がしてとても不安になる。

本当に大丈夫なのだろうか……。


「そこは……あなたもお願いしますね?」

「おぅっ!任せとけ!じゃあベッドとか中に置くからおめぇは夕飯作って待ってろよな!」


……そういうと勢いよく部屋のドアを閉めて中でドタバタと色んな物を出す音がする。

夕飯を作って待ってろと言われてもダートは何を食べたいのだろうか?やはり昨日のように肉っ!と言い出すじゃないだろうか。

そんな事を思いながら美味しそうにご飯を食べる彼女の姿を想像して思わず笑みがこぼれてしまうのだった。




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