第二章「敵は己自身?」の拾玖(第二章完結)
「何?」
「やこ」は絶句した。やはり、そう思い込んでいたのじゃろう。
「そうなんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう。それじゃあ死んだ先も同じ世界が作られるだけだ。私は死んで佐吉と同じ世界に来たわけじゃないぞ」
「え? じゃあ、おとかはどうやって佐吉の後を追いかけたんだっ?」
「やこ」はおもむろに立ち上がり、おとかに駆け寄った。
「宇迦之御魂大神様にお願いしたんだよ。佐吉の後を追って転生させてほしいって」
「宇迦之御魂大神様? 宇迦之御魂大神様が『ミツナリ』と同じところに転生させてくるのか?」
「私はそうだった」
「やこ」は天に向かい、叫んだ。
「宇迦之御魂大神様っ! 宇迦之御魂大神様っ! 私を『ミツナリ』と同じところに転生させてくださいっ!」
◇◇◇
その姿はわしには見えなかった。
じゃが、「やこ」と「おとか」は同じ方向の空を見つめていた。狐族には見えるのだろうか。
それでも、その声だけは聞こえた。女性の声だが重い低音だ。
「『やこ』。おまえは普段挨拶の祈りもしないくせに願い事だけはするのか?」
「宇迦之御魂大神様っ! 私を『ミツナリ』と同じところに転生させてくださいっ!」
「相変わらず話を聞かん奴だ。いかな私といえど、信仰心を寄せられねば、力を使うことは出来ぬぞ」
「宇迦之御魂大神様っ!」
見かねた「おとか」が駆け寄る。
「『やこ』。おまえ、これからはちゃんと毎日挨拶の祈りを捧げろっ! 宇迦之御魂大神様。此度は私の信仰心を使ってくださいっ! お願いしますっ!」
天上の声は一瞬沈黙してから言った。
「『やこ』。おまえ、これからはちゃんと毎日挨拶の祈りを捧げるか?」
「さっ、捧げます。捧げます。私を『ミツナリ』と同じところに転生させてくださいっ!」
天上の声は小さく溜息を吐き、そして、言った。
「まあよい。『ミツナリ』も『トウキ』に心を捉われている他は良き領主であったし、狐族も大事にして、『やこ』の命も救った。今回は特別じゃ」
その言葉を言い終えると共に「やこ」は白い光に包まれ、その光と共に静かに消えていった。
わしもおとかも周囲の者も言葉を失い、ただ呆然として見ていることしかできなかった。
◇◇◇
やがて、わしとおとかは自然と顔を見合わせ、やがて、どちらからともなく笑った。
「つむじ風みたいな奴だったな。『やこ』」
「どこかしら憎めない奴でもあった。次は上手くやってほしいが」
「『やこ』ならきっと上手くやるさ」
そして、シンはまだ立ちすくんでいた。わしは声をかけた。
「シン。すまなかった。『ミツナリ』を救うことができなかった」
「いえ……」
シンは一呼吸置いてから話した。
「こうなるのは…… わしにも分かってはおりました。『ミツナリ』様は『トウキ』様以外の方には従えぬと…… そして、此度見逃しても、『ミツナリ』様はご領主様の命を狙うことをおやめにならないでしょう」
「……」
「今のご領主様はもはや『トウキ』様の脅威なのですから……」
シンの最後の言葉はわしの背筋を寒からしめた。先にこの地にいた郡司を他に追いやり、「トウキ」の肝いりで送り込まれた「ミツナリ」の軍を打ち破った。もう後戻りはできまい。
◇◇◇
砦に戻る道中も隙を見て、わしらに襲い掛からんとする敗残兵に数多く遭遇した。その全てを打ち破りはした。
しかし、奥の郡は乱れている。多くの村が食糧を求める敗残兵に襲われた。
村人たちはわしのいた砦とヒナイの砦に助けを求め、ヨク殿、ヒョーゴ殿、そして、ヘイザとヨミの兄妹はそれらの者を受け入れ、多くの者の命が救われた。
また、サコと「突撃隊」、おとかと「遊撃隊」は多くの道を外れた敗残兵を討ち果たした。そのことで命を救われた者も多い。
だが…… 命を救えなかった者も多かった。数多の者が命を落とした。
もう、後戻りはできまい。わしは奥の郡の主なのだ。そして、太閤殿下でも秀頼公でもなく、民の安寧を第一に。
此度の戦で「ミツナリ」は討ち果たした。しかし、「トウキ」は健在だ。早晩、討伐軍を送り込んでくるじゃろう。
それからも民を守らねばなるまい。そして、いつかは戦のない、民が安心して暮らせる世を。そのためにはどうしたいい?
どこからか声が聞こえた。以前も聞こえた声だ。
「簡単なことだ。おまえが天下を取ってしまえばいい」
わしは振り向いた。誰もいない。
「かまうことはないぞ。天下を取ってしまえ。佐吉」
もう一度振り向いた。やはり、誰もいなかった。
第二章「敵は己自身?」 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
第二章はこれで完結です。
次章第三章の投稿時期は未定です。




