第二章「敵は己自身?」の拾漆
「……なあ、おとか」
「ん?」
「此度の戦、もはやこちらの負けはあるまい。早晩、『ミツナリ』は逃走を図るじゃろう。ただ、わしも黙って逃がすつもりもない。だがな……」
「?」
「『ミツナリ』はわし自らの手で捕らえ、話をしたい。おとかにとっての『やこ』もそうじゃないのか?」
おとかは大きく頷いた。
「そうだね」
「なら、共に行こう。それがわしらの決着の付け方だろう」
◇◇◇
「ご領主様」
背後から不意に声がした。
「!」
振り向くとシンだった。さすがに緊張感が走る。
「ご領主様、此度の勝利、誠に御祝着にございます」
「いや、まだ完全に勝ったと決まったわけではないぞ」
「相手方の残っていた兵糧も全て脱走者が持ち去ったそう。兵糧がなくては戦は負けでござろう」
「そうか……」
だが、ここで問題なのはそこではない。シンが何を考えているのか、それをはっきりさせなければ
「シン。それで……何用じゃ?」
「『ミツナリ』様を捕らえに行かれるのでありましょう。わしもそれに同行させてくだされ」
「!」
◇◇◇
どういうつもりかは分からない。問うてみるしかあるまい。
「何故、同行を望む?」
「『ミツナリ』様に生きていてほしいのでござる」
「?」
「わしはご領主様もお慕い申し上げておりますが、『ミツナリ』様を慕う心もなくなったわけではござらぬ。そんなわしにお二人が争う此度の戦は誠に辛いものでございました」
「……」
「どちらかに味方することが決められないまま、戦は始まってしまった。そして、わしは悩んだ末、あることを決めたのです」
「……」
「ご領主様と『ミツナリ』様、どちらが勝たれても、負けた方の命乞いを必死ですると……」
「な……」
これは驚いた。そんなことを考えておったとは……
「わしは所詮武には非力な文官。できることと言えばそれくらいでござるよ」
「しかしだな」
それでも疑問は残る。
「シン。そなたは内心はどうあれ、最後までわしの砦に残った。そのことを『ミツナリ』への逆心と捉えられたらどうするつもりだったのじゃ?」
シンは至極サッパリした顔で答えた。
「その時はその時でござる。自身とご領主様の命乞いを続けるまで」
「……」
「わが命尽きる時まで」
わしは頷いた。シンなりに悩んだ末の結論だとよく分かったからだ。
「それで、シン。そなたは何と言って『ミツナリ』の命乞いをする?」
シンは大きく頷き、続けた。
「『ミツナリ』様は文武とも非常に優れた将。配下にしてご損はござらぬ。民を思う気持ちもお持ちになっている」
「だが、此度の戦では最後に民に裏切られたぞ」
「ご主君の『トウキ』様の期待に応えようとしすぎたのでござるな。逆に言えばそこさえ何とかすれば……」
わしも頷いた。わしもそう思っていたのだ。しかし、「ミツナリ」は……
「ご覧くだされ」
シンがおもむろに地図を開く。
「わしが思うに『ミツナリ』様はこの経路で他の郡に行かんとされるでしょう。そこでここで追撃をかけて、ここで待ち伏せすれば、必ずや捕らえられるでしょう」
また、驚かされた。わしの見込みと全くに同じだ。最早、悩んでいる間はあるまい。精鋭をもって出撃いたそう。
「よしっ、行くぞ。ぐずぐずしていて、『ミツナリ』に逃げられたり、ましてや落ち武者狩りの盗賊に殺されでもしたら、悔やんでも悔やみきれんっ!」
◇◇◇
わしとシンの見込みは的中した。
精鋭四十名のわしらの前には「ミツナリ」が、疲れ切った僅か十名の供回りと共にいた。
「なるほど…… 最後にはやはり貴様が出て来たか。佐吉」
そんな「ミツナリ」の言葉にわしも返した。
「優れた御大将にはわし自ら出向かないと失礼に当たるじゃろう」
「ミツナリ」は自嘲したように笑うと、そして、言った。
「ここは褒め言葉と取っておくわ」
わしは改めて周囲を見回した。最後まで残った忠義の臣は疲れ切りながらも、「ミツナリ」を守らんと、その周りを取り囲んでいる。中には「やこ」もいる。
わしは大きく息を吐いてから言った。
「『ミツナリ』。忠義の臣に最後の労いをせぬか」
わしの呼びかけに「ミツナリ」は大きく頷いた。そして、叫んだ。
「皆の者、我が軍はこの時を持って解散とする。各自自由に落ち延びよ」
「ミツナリ」の叫びにもかかわらず、忠義の臣は顔をお互いに見合わせたまま、その場を離れようとはしなかった。
「ミツナリ」はもう一度叫んだ。
「直ちにこの場から落ち延びよ。これは命令だ」
やがて、一人の忠義の臣がゆっくりとその場を離れて行った。
そして、一人、また一人と離れて行く。
「ミツナリ」の周りには誰もいなくなった。一人を除いて。
◇◇◇
「『やこ』。そなたも落ち延びよ」
「……嫌だ」
「そなたはまだ若い。ここで命を落とすことはない。落ち延びよ」
「嫌だ」
「これは命令だ。落ち延びよ」
「嫌だ」
「このわしが落ち延びてくれと頼んでもか」
「嫌だ」
「分かった。好きにしろ」
「そうさせてもらう」
次回第18話は7/14(水)21時に更新予定です。




