第二章「敵は己自身?」の拾伍
「『菜種油』ってはよく燃えるわ」
おとかはしきりと感心する。こちらの新兵器の威力は遺憾なく発揮されたということじゃろう。
真っ赤に燃える西の空に敵も味方もざわめきが止まらない。「ミツナリ」からすればもう一歩で砦が攻め落とせるというところでの異変。どうやって鎮めるか頭を抱えておるじゃろう。だがな、「ミツナリ」。まだ、この後があるのじゃ。
◇◇◇
「ミツナリ」は総攻撃の続行を選んだ。それはそうじゃろう。下がっている士気を取り戻すには成果を出すのが一番。ましてや残すは本丸のみ。
だが、明らかに敵の士気は落ちている。それに比べ、味方の士気は上がっている。夜に見えた真っ赤に燃える西の空の正体は燃える郡府だと伝えてあるからだ。
郡府の焼亡は敵の間にも噂として広まっている。「ミツナリ」はわしの流した偽情報だと言って、鎮めにかかっているじゃが、まだ、この後がある。
三日後、疲れ果てた百人ほどの集団が「ミツナリ」の本陣にたどりついた。その正体は郡府の留守居の者たち。郡府を焼かれ、「ミツナリ」を頼ってきたのだ。
もはや、郡府が失われたことは誰の目にも明らかになった。
◇◇◇
「全く佐吉殿は人が悪い」
ヒョーゴ殿はニヤニヤ笑いながら言う。
「郡府を奇襲する。留守居の者しかいない郡府を攻めとるのはサコの『突撃隊』にかかれば赤子の手をひねるようなもの」
「……」
「兵糧と武具をもらった上で、『菜種油』を存分に撒いて、郡府を丸焼きにする」
「……」
「留守居の者から武具を取り上げた上で、郡府から追い出す。殺すことはしない」
「……」
「当然、そうなれば留守居の者は兵糧を持つ『ミツナリ』を頼るしかない」
「……」
「『ミツナリ』は自分を頼って来た者を受け入れないわけにはいかない。そうなれば郡府の焼亡は隠しようがない」
「……」
「敵は大きく動揺するわな」
ヒョーゴ殿は大笑いだ。
「それにしても……」
今度はヨク殿だ。
「サコと『突撃隊』の一部がいないのは気付いておったが、どこに伏せておいたのです?」
「ああ、それは」
おとかが代わりに答えてくれる。
「ヒナイの村の隠し砦にね」
「隠し砦! そのようなものを作っておったのですか」
ヨク殿は驚きを隠さない。
わしも頷く。
「村長の子のヘイザとヨミの兄妹にこっそり作らせておったのじゃ。ヒナイの村の若者はここの砦に入りたがっていたが、肝心の村長のゴンザ殿が許さなかったからな。それと……」
「それと?」
「ここの砦の大きさは三の丸までが限界じゃ。それ以上人を入れると水が確保できん。早晩、二つ目の砦が入用だったのじゃ」
「ふむ。では、サコたちが奪い取った兵糧と武具は?」
「あちらの砦に入れてある。郡府攻略にはサコと『突撃隊』の他にあちらの砦の者も多数参加しておる。それにあちらの砦にはヒナイの村以外の心ある者も加わっている」
「ほう」
「あちらの砦はまだ二の丸までしかないが、人材ではこちらの砦に引けを取るまい」
「うーむ。さすがは佐吉殿」
しきりと感心するヨク殿に、何故かおとかが得意顔だ。
さて、どうする「ミツナリ」。貴様はどんな手を打ってくる?
◇◇◇
「ミツナリ」の打って来た手は、残る軍勢を半分に分け、一方をヒナイの隠し砦の攻略に向かわせ、もう一方でこちらの砦を攻略するというものだった。
至極真っ当な手ではある。ヒナイの隠し砦を放置したのでは背後を突かれるし、村々を制圧される懸念もある。
しかし、砦としては、包囲する敵が半減するのである。それだけで士気が上がるのに、敵の本拠である郡府の焼亡も知っている。士気は上がりに上がる。
敵は正反対のようだ。ヒョーゴ殿がニヤニヤ笑って山のような書状を持って来た。
「佐吉殿。これがみんな敵方の者からの書状だわ」
わしはヒョーゴ殿から受け取った書状を一枚ずつ確認する。
村人からの書状は「今回は年貢の未納を理由に無理矢理動員されたが、戦いたくはない。折を見て脱走する。遭遇したらすぐ武具を捨てるので、攻撃しないでほしい。そして、出来たら村に帰してほしい」というものが多い。
文官からのも同じような内容のものが多い。「無理矢理動員されている。戦いたくない。戦場で遭ったら、武具を捨て、そちらに降りたい。お役に立ちたいので、砦で受け入れてほしい」
本来の兵から来ないかと思えばそんなこともない。曰く「『ミツナリ』はもともと都から送り込まれて来た者で従うのは本意ではない。そちらに降りたい」「他の郡から連れられて来た。脱走して隊ごと故郷に帰りたい。追撃しないでほしい」
わしは小さく溜息を吐くとおとかの方を振り向いた。
「どう思う? 信用出来ると思うか?」
おとかも小さく溜息を吐いてから言った。
「全部が全部信用は出来ないけどね。『ミツナリ』への不満が大きくなっていて、敵の戦意がだだ下がりなのは一目瞭然だよ」
「そうか……」
わしは素直に喜べなかった。前世であの「関ヶ原」の大戦の際も、内府(家康)の下にはこのような書状が数多く届いていたのであろう。
「ミツナリ」はあの日のわし……なんじゃろう。
「で、どうするんですかい? 敵が投降したいってんで来たら?」
次回第16話は7/12(月)21時に更新予定です。




