第二章「敵は己自身?」の拾肆
ヨク殿の意見もあり、砦も油を浴びせるより、弓矢の応射を主戦法に切り替えた。どうしても攻撃力は落ちるが仕方あるまい。遮蔽物たる塀を十分活用し、応射する。
戦果は上がるが、どうしても油を浴びせるより落ちる。「長梯子」を伝い切り、砦の塀に手を掛ける敵兵も出てきた。それを必死で空堀に射落とす。
だが、塀に取り付く敵兵の数はどんどん増えてくる。白兵戦になると数の少ない砦が絶対に不利だ。白兵戦になる前に三の丸を放棄しなければならない。それも可能な限り、敵に出血を強いて。
かねてからの指示どおり、相手の隙を見て、塀に油を染み込ませる。ぎりぎりまで三の丸は維持したいが、それはこちらが損害を出さない限りである。
無理は出来ない。わしは断を下した。三の丸の塀を敵側に倒し、火を放つ。
油を十分に染み込ませた塀は瞬く間に燃え上がり、敵兵を巻き込んで、空堀に落ちていく。
その悲鳴を聞きながら、味方の兵は砦の三の丸から二の丸に速やかに撤収する。使い残しの油に火を放つのも忘れない。
火は燃え盛ってる。燃やせるものがなくなるまで燃えるだろう。さすがに敵もその間は攻撃を中断せざるを得ない。休息をとらせるのは今だ。ただ、おこたりなく見張りは立てる。
「遊撃隊」の者が戻ってきたので状況を聞く。
「敵の損害は三百というところです」
「ご苦労」
敵の数は五千だから「ミツナリ」もそう危機感は持ってはいまい。
「ところで……」
わしは「遊撃隊」の者に再度問う。
「『おとか』から連絡はないか?」
「はっ、今のところはありませぬ」
「そうか……」
わしは頷く。「おとか」は今回は別の場所で活動している。無事でいてくれればいいが……
◇◇◇
三の丸が燃え盛っているうちは、味方もそうだが敵も休める。敵のタガが緩んでいるようなら、「突撃隊」を使って攪乱してやろうかとも考えたが、「遊撃隊」の者曰く「隙がない」そうだ。
また、兵糧の置き場も五百もの兵を割き、守っていて、やはり「隙がない」そうである。「ミツナリ」は前回の将のような訳にはいかぬ。
燃やせるものを燃やし尽くし、三の丸の火が消えた時、敵兵は三の丸への侵入を開始した。
そうはいっても、三の丸もきれいに片付いたわけではない。敵の「弓隊」に守られながら、敵が三の丸の焼け残りを空堀に投げ捨てていく。
敵が本格的に攻撃できない今のうちに、味方の「弓隊」が有利な形で攻撃していく。だが、それは長くは続かない。敵の方が圧倒的に数が多いのだ。
◇◇◇
「敵の総勢が五千。そのうち兵糧の守りに五百。三の丸撤収までに与えた損害が三百……」
ヨク殿が溜息混じりに言う。
「厳しいですな。状況は……」
その通りだ。このままでは砦は失陥する。
「ははは。佐吉殿のことだ。手は打ってあるのじゃろ?」
相変わらずの砕けた調子は、もちろんヒョーゴ殿だ。
「何故、そう思われる? ヒョーゴ殿」
わしは敢えて聞いてみた。
「何故って、戦が始まってからずっとおとかとサコが砦にいないのじゃぞ。気付くわな」
本当に良くも悪くも切れるお人だ。そう、手は打ってある。ただ、それがどう転ぶか分からぬのが戦じゃ。もともと戦は数が多い方が勝つ。少ない方が勝つには綱渡りの手を打たねばならぬ。
三の丸は空堀を挟んで外の広い土地と直接繋がっている。だから、敵も攻めやすかった。
それに比べると二の丸は敵が足場にできるのは手狭な三の丸しかない。三の丸失陥の際よりは多くの損害を与えられるであろう。それでも三の丸失陥より多少多いくらいだろう。
そう、砦は失陥する。
このままでは……
◇◇◇
二の丸からも撤収することにした。残すは本丸のみ。「遊撃隊」の者の報告では敵に与えた損害は五百というところらしい。敵五千のうち、八百に損害を与えた。残りは四千二百か。
この程度の損害では「ミツナリ」は攻撃の手を緩めまい。手は打ってある。だが、朗報は届かない。焦りも出てくる。だが、それを周囲に悟られてはならない。
まだか。まだか。朗報は。まさか、失敗した? ありえなくはないが、まさかまさか。
…… …… …… ……
いつのまにか眠ってしまったらしい。おや、誰かがわしに布をかけてくれたようじゃ。不安な時はこういうさりげない優しさが身に沁み…… おっ
◇◇◇
「おとかっ!」
わしの目の前には微笑むおとかがいた。
「帰ってきてくれたのかっ! 良かったっ!」
おとかは微笑みを絶やさなかった。
「よく寝てたねえ。あんまり根を詰めすぎちゃ駄目だよ」
「面目ない」
わしは頭をかいた。不思議と気持ちは落ち着いてきた。でも、これは問わねばならない。
「首尾は?」
「まあ、こっち来て見てみなよ」
そんなおとかに促され、わしは建物の外に出た。
「あっ」
すぐに分かった。今は夜だというのに、西の方角が真っ赤になっている。燃えているのだ。郡府が。
「やったな。おとか」
「ああ、ちょっと待たせちゃったけど、作戦通りだよ。兵糧もうまく持ち出せた」
わしは大きく頷いた。おとかは農業の神の眷属だ。敵のものでも兵糧を燃やすことを嫌う。そこでサコと「突撃隊」の一部たちに手薄な郡府に奇襲をかけさせ、兵糧を奪ってから、郡府に放火させたのだ。
次回第15話は7/11(日)21時に更新予定です。




