第二章「敵は己自身?」の拾
気まずいような心地よいような沈黙が続き、先に耐え切れなくなって沈黙を破ったのはわしの方だった。
「ともかくだな。『ミツナリ』が『武具納め』を始めたことはヨク殿たちにも伝えねばなるまい。呼んで来てもらえるか?」
「あ、ああ」
◇◇◇
「とうとう地を見せて来たな。秋の年貢に向けての用意だろう」
ヒョーゴ殿は不敵に笑う。良くも悪くも頭が切れる。簡単に事の本質を見抜く。恐らくそれで痛い目を見たこともあったろうに。
「うーん」
ヨク殿は複雑そうだ。やはり、長い間、生きていく上での大事にしてきた「お上に逆らわず」が抜けきれないのだろう。「武具納め」をすることで守ってもらえればという気持ちも残っている。
好対照な二人だが、わしから見るといろいろな考え方が聞けてありがたい。
「とんでもないよ。そんなことしたら、無理な年貢を申し渡された時、立ち向えないじゃないかっ!」
サコは大声を出した。
ヨク殿も頷いた。
「サコの言う通りじゃな。わしはまだ古い考えに捉われていたらしい。『武具納め』に従わぬ方が良い」
他に異議を申し出る者もなく、砦にお達しは来ていないが、「武具納め」には従わない。他の村から武具の預かりの依頼を受けたら、全て受けるというわしの考えはそのまま通った。
だが、わしには一つ気がかりがあった。シンだ。シンはここのところ、評定でも何の発言もしていない。今回の「武具納め」に従わないという方針も、もともと郡府の官人であるシンには思うことがあるのではないか。
しかし、シンは何も言わない。「ミツナリ」の新郡司着任後、多くの元官人が郡府に帰った。シンは帰っていないが、ずっと砦にいたいとも言っていない。
評定の散会後にヒョーゴ殿はわしにそっと耳打ちした。
「佐吉殿。分かっちゃいると思うが、シン殿から目を離すな」
さすがだ。わしも分かっている。だが気持ちは複雑だった。
◇◇◇
この秋の砦の収穫は元よりこの地にいる者からすると、信じがたいほどの豊作だったそうだ。
農業の神の眷属であるおとかと元郡府の官人で農を担ってきた者たちの指導が実を結んだのであろう。
「佐吉は心配していたかも知れないけど、今回、大豆を植えたところには麦を植えるからね。来年、大豆を植えるのは今年植えなかったところ。堆肥もきっちりやる。ウタにもよく言ってあるからね。これで毎年豊作だよ」
おとかに先手を打たれて、わしは苦笑した。本当に頼りになる相棒だ。
他の村は昨年よりは良かったらしいが、砦よりはかなり落ちるらしい。堆肥を使うことで地力は上がったが、大豆の連作は変わっていない。連作を避ける砦よりはどうしても収穫は落ちる。
収穫されたということは、郡府から各村に年貢の申し渡しがあるということだ。「ミツナリ」は各村に何と言う? そして、この砦には何と言ってくるのだ?
◇◇◇
郡府の各村への申し渡しは以下の通りであった。
「年貢のこと、従来のとおり。貸し付けた種の利息三割は別に納めること」
この申し渡しに各村は戦慄した。納めるべき大豆の量は一昨年と同量と言うのだ。納められず何人もの村人が人質に取られ、そのまま売り飛ばされたあの時と。
だが、「ミツナリ」は、年貢未納の代償に人質を求めたりはしなかった。代わりに求めたのは……
◇◇◇
「何? 郡司から使者が来た?」
「はっ、以上の者は速やかに郡府に出頭するようにと。佐吉、ヨク、ヒョーゴ、サコ、おとか。他の者の随行はこれを認めない。と」
「そう言われて『はい』と言う馬鹿がいるかよ」
ヒョーゴ殿は呆れ顔だ。
ヨク殿は難しい顔をして、腕組をしている。サコとおとかはヒョーゴ殿の言葉に大きく頷いている。
わしは小さく頷くと書状を認めた。
「只今、刈入れで繁忙故、お伺いはしかねる。出来るようになったら、こちらからお伝えする。なお、そちらからおいでいただく場合は、礼をもってお迎えする」
書状を見たヒョーゴ殿は爆笑した。
「はっはっはっ、こいつあいいっ! こっちが出来るようになる時は永遠に来ない。そして、相手方が来る時にゃ」
「礼ではなく、武をもってお迎えするんだね」
サコが続けた。
「そういうことじゃ」
わしはもう一度頷いた。さあ、これでどう出る? 「ミツナリ」よ。
◇◇◇
「郡司が、『ミツナリ』がこちらに来るそうです」
「ほう」
わしは武者震いがした。いよいよ決戦か。
「『ミツナリ』はどのくらいの数で来る? 三千か? もっとか?」
「いやそれが……」
「遊撃隊」の者は言い難そうに言った。
「二十人で来ると」
「ほう。やるもんだね」
わしは少し感心した。さすが「ミツナリ」度胸があるじゃないか。
それを聞いたヒョーゴ殿がニヤニヤ笑いながら言う。
「それじゃあ、こっちは大人数で囲んで、討ち取ってしまうかい? 佐吉殿?」
わしは苦笑いした。全くヒョーゴ殿も人が悪い。こちらがそんな提案に乗らないことを分かって言っておるのだ。
「『ミツナリ』もそう愚かではあるまいて。付近の村に伏兵も置いていよう。それに、それで万一取り逃がしたら、こっちが卑怯な手を使ったと言われて、格好の大義名分を与えちまう」
「そうじゃのう。そうじゃのう」
ヒョーゴ殿はまだニヤニヤしている。全くもう。
次回第11話は7/7(水)21時に更新予定です。




