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第9話:第2階層 その3

 ダークエルフとエルフスナイパーが陣取るトーチカを攻略した俺とミレニス。

 2階層の岩道を、そのまま道なりに進んだ。


 途中で何度かエルフとの戦いを挟み、素材ドロップを拾う。

 この調子なら、今日の上がりは3万~4万ゴールド稼げるかもしれない。


 ミレニスは上機嫌になっており、ホクホク顔で探索を進めていた。

 トーチカがあった以外は、2階層もそんなに難しい階層ではない。

 

 サクサクと攻略を進め、最後の難所として、またトーチカが道の先に屹立(きつりつ)していた。

 そしてよく見れば、他のパーティーが岩の要塞にアタックを仕掛けていた。

 なかなか苦戦しているようだ。


「お。ミレニスと組んでから、よそのパーティーに初めて会ったな」

「こういう場合、どうすればいいの? 戦いが終わるのを待つ感じ?」


 よそのパーティーと天帝の塔の攻略で鉢合わせたら、挨拶して別の道を行くのが礼儀だが、2階層のトーチカは、3階層に通じる階段の真ん前にある。

 あそこを攻略しなければ、次に進むことはできない。


 ようは、通らざるを得ない。


「いや……苦戦してるようなら、加勢申請があったら力を貸したほうがいいんだが。

 報酬の面で面倒だから、関わってくるなと言うパーティーもいるんだよな」


 天帝の塔の攻略メンバーは、大体4~5人で構成されることが多い。

 パーティーメンバーが増えれば、火力も増すし、敵のターゲットを分散することができるから。


 彼女らの様子を見れば、すみれ色の髪をツインテールにした子が、苦しそうに地面に膝をついて息を切らせていた。

 ゴシック風のローブを羽織っているから、魔法使いで……その上、魔力切れだろうか?


 最前線で重い鎧を着た戦士の男が、トーチカから放たれるエルフの狙撃に、必死で盾で耐えている。

 それを後ろから弓兵の女の子が援護射撃を行っているが、エルフには届いておらず焼け石に水だった。


「フィン! こっちはもうやべえぞ! 早く精霊を召喚してくれ!」


 重戦士の男が叫ぶ。


「ごめん、マジックポーション切れてもう精霊召喚つかえない」

「はぁぁ!? メイン火力のお前がそれでどうすんだ!?」


「私も、もう矢尽きますよフィンさん!」

「こまったね……。魔力さえ足りればここもクリアできるのに……」


 すみれ色の髪の女が、困惑した様子でそのツインテールを悲しげに揺らす。

 見るところによると、彼女たちはお困りの様子だった。

 俺は彼女たちのパーティーに向かって叫び声を上げる。


「おい! 困ってるようなら、加勢するぞ!?

 どうする!?」


「あっ……! いいところに来てくれた。

 おねがい、わたしたちだけじゃ、ポーション切れて万策尽きたの」


 魔法使い風のフィンと呼ばれていた少女が、俺たちに救援を申し出た。


「オッケー。ミレニス、行くぞ!」

「はいよ!」


 俺は彼女たちのパーティー全員の用に【バブルオートガード】をばらまく。

 それだけで、前線でエルフからの狙撃に耐え抜いていた重戦士がホッとした顔色を見せた。


「すまねえ、助かった!」

「辻支援、ありがとうございます!」


 重戦士と弓兵の子が、俺にお礼を述べる。


「気にすんな。正面は重戦士が受け持ってくれ。こっちが両側面からアタックする!

 ミレニス、左側面から陽動イケるか?」

「もっちろん!」


 手短く作戦を話し、全員に意思を共有させると、俺とミレニスがアタックを開始した。

 一度、攻略したことのある陣地配列だ。


 下手なミスを犯すほど、俺もミレニスも弱くはない。

 彼女が左側面から、俺が右側面からトーチカに同時に攻撃を仕掛けていく。


 対するエルフの魔物たちは、敵対する冒険者が増えてどの相手に照準を絞ればいいか分からない様子だ。

 エルフたちの攻撃の手が分散した。


 こういう時、パーティーメンバーが多いと便利だ。

 俺たちが加勢に入ったことを見て取った重戦士の男は、スキルを使う。


「エルフども、俺を狙え! 【デュエルターゲット】!!」


 彼のスキルの発動に、エルフたちの敵対感情が重戦士に集まり、彼に攻撃の矢が集中する。


 お、なかなか良い仕事するじゃないか。

 敵のターゲットを自分に集めて、仲間を守るスキルだ。


 エルフスナイパーたちの矢が重戦士に集中するが、俺の【バブルオートガード】が急所に当たる攻撃だけを重点的に弾き飛ばす。


「この泡の防御、すっげー助かるわ!」


「攻撃を受け持ってくれる礼だ。

 ミレニス、陽動はもういい! フィニッシュは俺が引き受ける」


「オッケ!」


 ミレニスに短く指示すると、彼女は自分に飛んできた流れ矢だけを【パリィング】した。


 俺はトーチカを射程圏内に入れる。

 エルフたちの攻撃が重戦士に集中する中、風の古代魔法【フィルストーム】を使った。


 ゴオオオオ! と、豪風が巻き起こり、トーチカごと魔物を上空に打ち上げる。

 激しい乱気流によって魔物と大岩がぶつかり合い、エルフたちは悲鳴を上げて消滅していった。


 【フィルストーム】の激しい嵐がおさまった後は、バラバラに粉砕されたトーチカの残骸と、魔物の素材ドロップだけが残った。


「お、おおー……」

「すげー強いんだな、お前……」

「2階層で地形ごと破壊する人、初めて見ましたよ……」


 パーティーの3人が唖然とした様子で、俺を賞賛(しょうさん)した。

 そんなでもないさ、と苦笑いを浮かべて、素材ドロップを拾う。


 みんな一堂に集まって、「せっかくダンジョンの中で巡り合わせたから」と、自己紹介をすることになった。


「俺はウェイド。こっちのミレニスと一緒にパーティーを組んで潜ってる」

「はろー。天使みたいな美少女剣士、ミレニスです」


 ミレニスの自己紹介が非常に痛かったが、3人は無事スルーした。


「わたしたちはパーティー『メデューサ・アイ』のメンバー。

 いちおう、わたしがリーダーのフィンです。精霊を召喚して戦う、精霊術士。

 助けてくれて、どうもありがとう」


 ぺこり、とすみれ色の髪を揺らして、フィンはお礼を言った。

 この子、精霊術士だったのか。そういえば召喚がどうとか言ってたもんな。


「マジサンキューな、俺はハーデン。パーティーの盾役やってる、重戦士だ。

 うちのリーダーが魔力の残存計算間違えて、あわや2階層でやられるところだったわ」


「ご支援ありがとうございます。私は弓兵のシエスタです。

 どうぞよろしくお願いいたします」


 全員の自己紹介が終わり、素材ドロップを均等に分配して、情報交換をする。


「せっかく会ったんだし、天帝の塔攻略の情報交換をしようぜ。

 2階層はここで終わりだが、フィンたちの攻略はどの程度まで進んでる?」


「わたしたちも最近Bランクになってダンジョン攻略し始めたから、持ってる情報はたぶんウェイドたちとそんな変わらないよ。

 ただ、10階層刻みでボスモンスターがいるから、わたしたちの今の戦力じゃ倒せなくて低階で足踏みしてるって感じ」


「あぁ……そうか、10階層にはボスがいたんだっけな」

 

 俺がSランクパーティー『ソウルブレイズ』にいた時も、雑用の役割でボス戦に参加させられた。

 ボスモンスターは耐久度や放つ攻撃の威力がとても高く、1パーティーだけではなかなか攻略できない。


 だから、最前線のボスを攻略したければ、どれだけヘルプを呼べる人脈を持っているかも大事だ。


「どうする? これからボス戦なんかで協力できるなら、連絡取り合いたいが」

「そうだね。それ以外でも、パーティー外に知り合いできると有利だしね」


 俺とフィンがパーティーのリーダー同士で連携を取ろうと話を進めた時。

 ミレニスのお腹がぐぅぅぅと鳴った。


「あ……、す、すみません。会議中にはしたなくて……」


 入る穴があったら入りたいとでも言わんばかりに、赤面して縮こまるミレニス。

 そんな彼女を、メンバーみんなが明るく笑った。


「あははは。よくある、よくある」

「ですね。女の子の日常です」


 フィンとシエスタが女性らしい気遣いを見せる。


「ごめん……。私、女なのにこんな恥ずかしくて……」

「一緒にごはん会議にしよっか? ちょうど2階層が終わりで、3階に続く階段の前だし」


「それがいいですよ!」

「そうするか。俺とミレニスも、ここらでメシ休憩だ」

 

 フィンの提案を俺が呑んだ。

 俺たちは3階に続く階段の前に陣取り、ピクニック気分で地面にシートを引いて各自がお弁当を取り出した。


 フィンたち『メデューサ・アイ』のメンバーはサンドウィッチのお弁当を持ってきていて、俺は今朝買ったバゲットサンドが昼食だ。

 そしてミレニスがお昼ご飯として持ってきていたのは、カビたパンだった。


 全員の視線が、ミレニスの貧相な昼食に集まる。

 思わず俺が呆れた顔をして言った。


「お前……もっとマシなもん食えよ……」

「だって、経費節約だし」

「そんなもん食ってたら、腹壊すだろ。ほら、これやる」


 俺は今朝買っておいたミレニスの分のバゲットサンドを手渡してやった。

 ミレニスは目をパチクリとさせて、俺が差し出すバゲットサンドを何度も見返した。


「え……いいの?」

「今朝、ミレニス用に買ったんだ。途中で腹壊されても俺が困るしな。

 メシぐらいなら、いつでも俺がおごってやるよ」


「あ、ありがとう、ウェイド。

 優しいんだね……」


 彼女はジーンとした様子で、しばらくそのバゲットを見つめていた。

 そんなミレニスを横目に、俺は昼飯にかぶりつく。


 シャキシャキとしたレタスに塩漬けのハム。

 それに茹で卵を砕いて作ったソースが良い味を出している。


 俺たちのやり取りを、『メデューサ・アイ』の3人が微笑ましい視線で見つめていた。


「ふたりとも、仲いいね」

「付き合ってるんですか?」


 フィンとシエスタがミレニスに尋ねる。


「えええっ!? つ、つきあってる!?

 私と、ウェイドがっ!?」


「なんでそんな嫌そうなんだよ……」


 飛び上がらんばかりに、顔を真っ赤にさせて驚くミレニスに対し、俺は若干傷ついた。

 そんな風に思われてたのか……。


「あっ、ち、違うのっ! 嫌じゃなくて! その、なんていうか……急だったから……」

「あ。なんかごめん。そっか、そういう微妙な時期なんだね」


 フィンがニヤニヤした目線でミレニスを見た。

 事情は分かったと言わんばかりに、女子陣が急速な勢いで情報を共有する。


「いやー、いいですねえ。青春ですね。うちの筋肉ダルマじゃこうはいかないですからね」

「だね、ハーデン、マジで頭まで筋肉でできてるし」


「いいよなー。男1人と女1人のペアパーティー。

 恋愛に発展する可能性高いもんな」


 彼女たちの陰口が、まったく効いていない。

 こいつ……メンタル強いぞ……。


「もう、鈍男ハーデン。引き際考えてくださいよ」

「なんで俺だけ当たりがキツいんだよ」


 シエスタが呆れ顔でハーデンに突っ込むが、俺だけ蚊帳の外だった。

 そしてサンドウィッチを飲み込んだフィンが、さらに俺たちの事情に踏み込んでくる。


「2人はどうしてペアで天帝の塔攻略をしてるの?

 わたしたちも少ないけど、大体、パーティーは4人~5人ぐらいじゃない?」


「あぁ……俺とミレニスは事情持ち。

 俺は天帝の塔にある目的があって入ってて、ミレニスは金を稼ぎたい。

 だから、効率的に稼ぐためにも、パーティーメンバーは今のところ2人」


「もぐもぐもぐ(コクコクコク)」


 ミレニスは顔を林檎のように真っ赤にさせたまま、バゲットサンドを咀嚼(そしゃく)しながら頷く。


「そういうフィンたちも3人パーティーだよな?」

「うん。わたしたちはまだ駆け出し冒険者だから。幼なじみのこの3人でやってるの」

「って言っても、地道にクエストやゴブリン退治でランク上げて、Bランクまでは上げてるんですけどね」


 シエスタの敬語は癖なのだろうか。

 俺たちに対してだけでなく、仲間内でもそんな風に話している感じだ。


「だから焦ったよなー。1階層はあんな楽だったのに、2階層は敵が陣地作って狙撃狙ってくるんだもんな」

「ですね。ちょっとそこ、冒険者メモに詳細に書いとけって話ですよね」

「はははっ、たしかに。いちおう、狙撃で狙ってくるとは書いてあったけどな」


 俺はバゲットサンドを飲み込みしながら笑うと、フィンが続けて言った。


「ミレニスはお金稼ぎのためかー。まぁわたしたちも似たようなもんだよね」

「ですね。手っ取り早く稼いで、小作農の立場から抜け出したしたかったから、3人して村を抜けて冒険者になったんですし」

「仕事上がりの飲みに使ってしまって、一向に金は貯まらないけどな」


 ハーデンが気にしてない様子で朗らかに笑った。

 だが、金が貯まらない、あぶく銭として使う。そういう冒険者は多い。、


 冒険者はみな、刹那(せつな)的な生き方をする。

 稼いだ金で酒場でパーッと騒ぎ、飲み屋で豪遊し、女を抱く。


 派手に遊んで幸せなように見えて、その実はみんな口をそろえてこう言う。


 ――自分が幸せかどうか分からない、と。


「私はともかく、ウェイドはすごいよ。天帝の塔を最後まで攻略するつもりなんだよ。私はそのお手伝い」

「へえー。それはすごいね。みんなの憧れだもんね、最前線の攻略者」


「そうか? まぁ……ある目標があってやってはいるな」

「冒険者のトップに立ちたいだけじゃないの?」

「違うんだ」


 本当は、みんな疑問に思って生きてるのかもしれない。

 何のために生きるのか? 自分の人生に意味なんてあるのか?


 それを見つめ直すのが怖いから、俺たちはひたすらダンジョンにアタックする。

 ここに来れば、大金を稼ぐのに集中して目先のことを忘れることができるから。


 だから、みんな冒険者の頂点を目指すのか。

 トップに君臨すれば、それだけで褒められ、認められるから。


 俺は違うと、どこかで思っていたかった。


「俺は、このダンジョンに秘められたある謎を解き明かしたくて……最上階を目指してるんだ」


「へー、動機がしっかりしてるんだ。

 なんか2人ともしっかりものだし、お似合いって感じ」


「いやっ! そ、それはどうなのかなぁっ!?」


 ミレニスがまた林檎のように真っ赤にして、沸騰(ふっとう)した。


「フィン……、なんでほじくり返すんですか……」

「おもしろいから?」

「鬼畜ですね」


 フィンの言葉に、シエスタが呆れた表情で言った。


「まぁミレニスは付き合いやすいよな。大変な事情抱えているわりに、みんなみたいにガツガツしてないし、冒険者のランクとか格付けにもあんま興味ないみたいだし」


「んー……いやなんか、こうやってのんきにバゲットサンド食べてる時間も幸せだし?」

「ささいな幸せだよな」

「だよねぇ。我ながら安い女だー」


「ホント、2人とも仲いいね」

「ですよね」


 そうして、ダンジョン内での『メデューサ・アイ』との昼食会はそこそこ盛り上がった。

 またダンジョンやギルドで会ったら協力し合おう、と約束を取り付け、俺たちは3階層に続く階段の前で別れた。

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