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第1話:追放

 お前はもう、パーティーにはいらないから、と。

 そう言われた。


 役立たずで、のろまで、グズで間抜け。

 養う金すらもったいない。


 だから、お前とはもうここで終わりなんだと。

 パーティーのリーダーに、冷たい目線と声音で縁を切られた。


 罵られるだけ罵られ、俺は所属パーティーを解雇される。


 悔しい思いはあった。

 でも涙よりも、届かなかったのだという気持ちのほうが大きかった。


 ずっと、憧れのパーティーだったんだ。Sランクパーティー『ソウルブレイズ』。

 俺がちっちゃい頃から、メンバーを入れ替えながらずっと続く名門パーティーで、常に冒険者の都市でトップの地位を走ってきた。


 カッコ良かった。輝いていた。


 戦士は筋骨隆々としたマッチョメンで、魔法使いは巨乳で色っぽい。

 盗賊は抜け目なく辺りに厳しい視線を走らせ、弓兵はすらりと伸びた手足が長くてカッコいい。


 Sランクパーティー『ソウルブレイズ』のメンバーはみんな、輝いて生きている。

 冒険者としての『今』を懸命に駆け抜けている。そんな憧れがあった。


 だから、『ソウルブレイズ』の仲間は家族なんだって。

 パーティーメンバーの信頼は固く、困ったことがあればなんでも助けあえる。


 そんな、理想のパーティーだったはずだった。

 俺はそういう『ソウルブレイズ』が好きだったのに。


 そんな、本当の仲間が手に入ると思って、苦心して入った『ソウルブレイズ』は、そんなに甘いものではなかった。


 戦闘で使えなければ反省会でこき下ろされるし、改善点・目標は常に高くもっていないとついていけないし、ダンジョン攻略での失態も厳しく叱責される。


 仲間内では常にギリギリの緊張感を保ってギスギスしているし、ダンジョン攻略の上がりをめぐって資金分配のトラブルも後を絶えない。


 陣地築城や野営の準備でも、ミスすれば怒鳴られた。


 入る前の理想の仲間だったイメージと、入ってからの実態が、このパーティーは180度異なっていた。


 だから、悔しいという思いよりも、ダメだったかという落胆が大きかった。

 才能がなかったのかもしれない。


 努力じゃ、太刀打ちできなかったのか。

 

 こうして俺は、Sランクパーティー『ソウルブレイズ』を、使えないからと解雇された。


 こういう話は、噂好きの冒険者の中ですぐに回る。

 俺は「あいつ(ウェイド)って、使えないヤツだよ」とギルドでも話題になって、他のパーティーも拾ってくれなくなった。



 ◆ ◆



「ちくしょー」

「ウェイド……もうやけ酒はそのぐらいにしておいたらどうだ?」


 木製のジョッキで蜂蜜酒(ミード)を飲む俺に、冒険者ギルド併設の酒場のマスターが呆れた表情を浮かべた。


「これが飲まずにはいられるかってんだ! マスター、もう一杯!」

「飲むのは百歩譲るにしても、金はあるのかよ……」


 小言を呟きながらも、マスターは新しい蜂蜜酒をジョッキに注いだ。


「ういー」


 その蜂蜜酒を、俺は一気呵成に喉の奥へと流し込んだ。

 荒れる俺の様子を見て、スキンヘッドのおっさんマスターは苦言を呈す。


「ウェイド。そろそろ新しい仕事でも見つけたらどうだ?

 別にSランクパーティーじゃなくたって、他の雇い手はたくさんあるだろう」


「……だったんだよ」

「あ?」


「憧れ、だったんだよ。あのパーティー(ソウルブレイズ)

「…………そうか」


 長い無言の後の相槌を、俺は「話の続きを聞かせろ」という意味だと、受け取った。

 蜂蜜酒の入ったジョッキを置いて、続ける。


「俺が小さい頃から、カッコ良くてさ。

 ダンジョン攻略は常に最前線を走ってるし、どんな冒険者でも敵わない。

 冒険者の都市アインで、最強無敵のSランクパーティー」


「…………」


 俺の言葉を、マスターは他の客が飲み終えたジョッキを洗いながら聞いていた。


「あのパーティーに入るために、どれだけの努力をしてきたことか。

 ガキの頃から常に剣術の道場に通って腕を磨いたし、魔法だって習いに魔法学院に通ったこともある。

 盗賊とかレンジャーの、色んな冒険技術を覚えてさ。

 苦心して、やっと入れたパーティーだったんだ」


 静かな微笑をたたえたまま、酒場のマスターは俺の話を聞いていた。


お前さん(ウェイド)には、合わなかった。それだけだろ」


「冒険者の頂点に立ってみたかった。

 どんな景色がするんだろうって。どんな高揚感があるんだろうって。

 最強になりたい。男なら誰だって思うよな?」


「そうだな、ウェイド」


「ガキみたいに惚れて、ガキみたいに夢見てた。

 それが、一ヶ月で潰えちまった。

 なぁ、夢を失って、どうやって生きていけばいいんだ、マスター?」


 蜂蜜酒を一気にあおって、俺はカウンターの上にジョッキをドン! と置いた。

 マスターはこう言った。


「……人は誰しも、生まれ持った才能で、生きるステージが定められているのだそうだ。

 ああいうトップの世界を生きることができるヤツは、ほんの一握りだ。

 それ以下の人間はみんな、社会の歯車として働くしかない。

 冒険者だってそうだろう」


「分かってる。分かってるけどさぁ……」


 ジョッキを持つ手が震える。


 もう諦めたはずだった。

 決別したはずだったのに。


 最強のパーティーで、誰からも憧れられる冒険者になることを。

 

 なのに、なんでこんなに心がかきむしられるんだろう?

 俺は……未だ、夢見るガキなんだろうか……?

 

 そんな俺に対し、マスターは木製のジョッキに新しい蜂蜜酒を無言で注いでくれた。


「……これ飲んだら、もう帰れ。今日の酒代はいいから」

「……あぁ。いつもすまん」


 はぁーっ……、終わったのか。

 冒険者として夢見てきたすべてのことが、ここで終わったんだ。


 俺は甘くてほろ酔いできる蜂蜜酒をグイグイ飲んだ。

 

「ぷはぁーっ、美味かった。サンキュ、マスター。

 話聞いてくれて、助かった」


「いつでも来い。ただし、酒代を持つのは今日限りだ」

「おう」


 それじゃ、と席を立とうとしたところで、やっと気づいた。

 離れたカウンターに座っていたローブの女が、こちらをじっと見ていることに。


 ローブのフードを目深にかぶった奥に、綺麗な碧眼(へきがん)が見えた。

 流れるような金沙(きんさ)の髪が、立ち上がる動作にしたがってさらりと流れ落ちる。


「冒険者の、ウェイドくん?」

「あ、あぁ……そうだが?」

「良かった。ずっと探してて、話せる時を待ってたんだ」


 にっこり微笑んで、その女は言った。


「俺になんか用か?

 お前も冒険者なら、俺の噂ぐらい聞いたことあるだろ」


「そんなの関係ない。私はキミに、依頼をしに来たんだ」


 小さな胸を誇って、女は言った。


「私はミレニス。

 私と一緒に、パーティーを組んでくれない?」


「……はぁ? 俺にパーティー申請だぁ?

 何が目的だ。『ソウルブレイズ』を蹴られた直後だぞ。

 ギルドの奴らみんな、俺と関わりになりたがらない」


「詳しくは言えないんだけどね。

 私は事情持ちでパーティーに入れないから、ウェイドと組んで天帝の塔を攻略したいんだ」


 ミレニスはそう言った。


 ――天帝の塔。


 冒険者の都市・アインにある、百層を越す巨大なダンジョンだ。


 このダンジョン内では強力な魔物が跋扈し、ありとあらゆる素材がドロップする。

 冒険者は普通、街道の護衛や商隊(キャラバン)の護衛、薬草の採取というFランク任務からこなして、冒険者生活をスタートさせる。


 冒険者Eランクで害獣狩り・ゴブリン狩り、Dランクでオーガ狩り・ヴァンパイア狩りとステップアップして行き、Bランクからは天帝の塔――ダンジョンに潜って素材ドロップで大金を稼げるようになる。


 天帝の塔に出てくる魔物は非常に強力で、Bランクからでないと潜ることができないとされている。

 天帝の塔攻略者は、冒険者にとっての憧れだ。


「天帝の塔を目指したいのは分かるが、お前さぁ……」

「――ミレニス。私、名前は名乗ったけど」


「……ミレニス。お前、何ランク?」

「Fランクですが、何か?」


 何か、じゃねえんだよ。

 普通、Fランクの冒険者は天帝の塔に入ろうとすら思わない。


「一応、俺もBランク冒険者で天帝の塔の攻略経験ありだから言っとくけど、死にに行くようなもんだぞ」


「それでも。私は天帝の塔を目指したいの

 何がなんでも、あそこに行くしかない」


 俺が苦言を言ったが、ミレニスは青い瞳に力をいっぱいため込んで、断言した。

 何か事情を抱えているな、そんな気がした。


「ウェイド。私とパーティー組んでくれない?」

「俺と組みたいって気持ちは嬉しいが……」


 正直、世間知らずのFランクと、使えないBランクで一体何ができるんだって話だ。


「今日は挨拶代わりだったから、私がウェイドの酒代を払って帰ろうかと思ったけど、マスターのおごりならいいよね。

 また明日、同じ時間にここに来るね。その時、良い返事だけ聞かせて」


「おい……」


 それじゃ、と、俺の言う言葉も無視して、ミレニスはローブを翻して去って行った。


「なんなんだ、あいつ……」

「お前もやっとモテ始めたな」


 マスターがくつくつと笑って、言った。


「黙ってろ、ハゲ」

「ハゲじゃねえ!?」

「ん? なんだこれ……」


 ミレニスが座っていたテーブル席を見ると、忘れ物かペンダントらしきものが置かれてあった。


「ペンダント……? マジックアイテムか、これ」


 手に取ると、ルビーの宝石が赤く輝く、魔法のペンダントだった。


「仕方ない……明日来るんなら届けてやるか……」


 と、魔法のペンダントを持ち帰ろうとしたところで、それが強く激しく輝き出す。

 

「な、なんだ!?」

 

 そのペンダントの輝きに呼応して、俺は本当の自分を思い出すことになる。



 様々な情景が頭の中に流れ込んできた。


 今より1000年も昔の、古代の時代に、ウェイドという俺が生きていたこと。

 俺はその時代に、最強の魔導師だったらしきこと。


 信頼できる仲間とパーティーを組んで、最難関ダンジョン・天帝の塔を最後までクリアした経験すらあった。


 そうだ……思い出した。俺はたしかに、あのダンジョンを最後まで攻略したはずだった。

 そしてそのクリアボーナスとして、破格の性能を持つ古代魔法と古代スキルを取得していた。


「古代魔法……」


 すべての取得魔法を思い出して、古代魔法を使おうと思うと、使える感触がたしかにあった。

 今ここで古代魔法を使うと酒場が壊れるからやめておくが。


 でも、たしかに俺は、古代魔法が使える。


 それは、現代の退化した魔法やスキルを遙かに凌駕(りょうが)する性能だ。

 古代魔法に比べれば、現代の魔法はゴミ同然だ。


 これがあれば、俺はまた『ソウルブレイズ』に戻れるのではないか……?


 すべての戦闘技術と知識を引き継いだまま、俺は現代に転生したのだった。

 しかし、なんで今になって、そんなことを急に思い出すのだろうか。


「この魔法のペンダント……。これは一体何なんだ……?

 俺は天帝の塔のクリア者で、転生者だった……」


「お、おい。ウェイド。一体どうした?」


 心配するマスターをよそに、俺は魔法のペンダントを眺め見る。

 

 転生する直前の記憶があやふやだが、すべてを思い出した。


 俺が古代の時代、天帝の塔の最上階を攻略していた時。

 俺の恋人でパーティーメンバーだったサラが、これとまったく同じ魔法のペンダントをつけていた。


 間違いない。天帝の塔をクリアする時、たしかにサラがこれを俺に贈ってくれた。


 そして、俺の頭の中に突如として、女の叫び声が聞こえた。



 ――お願い、ウェイド! 天帝の塔最上階にある、アルテミラの扉の封印を開放して!



 その声と同時に俺は、冒険者たちが鎖の牢獄に囚われているイメージが頭に思い浮かんだ。

 この声は……もしかして、サラなんだろうか……?


 サラの声はとても懐かしい声で、ひどく信頼できる言葉だった。


 アルテミラの扉……。


 アルテミラとは、古代語で月の女神の名を冠する言葉だ。

 転生魔法を司るとも言われている。


「アルテミラの扉……。それが、天帝の塔の最上階にある」


 それが、届いた声と俺の転生の謎を解く鍵になるだろう。


 転生する直前の記憶だけが、すっぽり抜け落ちている。

 天帝の塔の最上階で、何か重大なことが起こったはずだった。


 行くしかない。天帝の塔を、最後までクリアして、あの声の主に会いに行くんだ。


 俺はその場で、決意を新たにした。

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