28.作って良かった食パン
「なんて美味しい水なんだ……っ」
「体の隅々にまで行き渡る!」
「何だか、体が軽いわぁ!!」
「舌が生えてきた!!!」
大人も子供も合わせて100人は居そうだなぁと、スポーツ飲料水を飲んでいる人々を眺める。
彼等は初めて来た5人と同じように戸惑っているが、スポーツ飲料水を飲んでから元気が出てきたのか、少し落ち着いてきたようだ。
「カナデ様、これはあの“しょくパン”が役に立ちそうですね」
イヴリンさんがホッとしたような、嬉しそうな顔で言うので、おかしくなってつい笑ってしまった。
「そうですね! スポーツ飲料水を飲んで少し落ち着いてきたみたいですし、食パンを切り分けて皆に配りましょうか」
「はい。カナデ様、子供達にも手伝ってもらいましょう」
子供達を連れて、私達は邸に戻り子供達が作り過ぎてしまったパンを切り分ける。
「お母さん、ミミリィ達がパンを作っておいて良かったでしょう!」
さっきまで怒られていたミミリィちゃんが、今の状況に胸を張ると、イヴリンさんは、「調子に乗らないのっ」と軽く頬を抓っていた。
子供達には、切り分けたパンを運んでもらう役割をお願いし、パン切り包丁でギコギコ切っていく。
山のようなパンにうんざりするが、一斤丸々渡して食べろというのも可哀想だろうし、仕方がない。
「弱っている人達も、この美味しいパンを食べればすぐ元気になりますね!」
「そうだと良いなぁ。でも、あの大きなお屋敷はどうする気なんですかね?」
「きっとリッチモンド様が処分されますよ。あのお屋敷に皆良い思い出はありませんから」
「何だか勿体ない気もするけど、見ただけで嫌な思いをするなら、無い方が良いですよね」
村にある家は100戸建っているので、まだ余裕はありそうかなぁ。
「でも、皆本当にここで暮らしたいって思ってくれるかな?」
「勿論です。家の設備も、生活用品も食料も、全て何不自由なく暮らせる村ですよ? 嫌がる人なんて居ません」
「そうかなぁ……」
娯楽は何もないから、街の方が良いっていう人も居ると思うんだけどなぁ。
「カナデ様は、ここがどれほど素晴らしい所か、分かっておりませんね」
「え?」
「皆の反応を見れば、いずれ分かりますよ」
にっこり笑うイヴリンさんは自信満々で、初めて会った頃に比べて随分元気になったなと嬉しくなった。
「カナデ! 先程から皆が食べているのは何だ!? わしはまだ食べた事がないぞ!」
慌てたようにキッチンへやって来たリッチモンドさんに、イヴリンさんが「あらあら」と笑いながら、「カナデ様、私は皆の所へ行ってきますね」と出て行ったのだ。
え、パン私一人で切るの?
「カナデ! あのパンが欲しい! わしもあのパンを食べたいぞっ」
「リッチモンドさん、あれ“食パン”って言うんですけど、プレーン、ナッツ、あんこ、レーズンと色々あるけどどれが良いですか?」
「ふむ。勿論全ての種類をもらおうか!」
だと思った。
「じゃあそこに座っていて下さい」
「分かった!」
食パンを切り分けながら、何となくリッチモンドさんを見ると、やっぱり若返ってる気がするんだよね。
「あ、リッチモンドさん。晩御飯も作ってるんだけど、先に食べますか?」
「ぬっ “しょくパン”とやらが晩御飯ではないのか?」
「違いますよ。これは明日の朝出そうと思ってたんです。晩御飯は、ナポリタンスパゲティにハンバーグを乗っけた豪華版です!」
「なぽりたん?? また新しいメニューだな! うぬ。カナデと子供らと共に、先にいただこうか。勿論“しょくパン”も食べるぞっ」
最初来たときは胃もたれするって言ってたのに、今じゃ何でも美味しそうに食べるんだよなぁ。
それに、皆に平等に優しいし。
うん。やっぱりリッチモンドさんが一番素敵な男性だね!
「じゃあ、子供達呼んで来ますね!」
「いや、わしが呼んで来よう。カナデは食事の準備を頼む」
と立ち上がったので、「なら小食堂に運んでおきますから、そっちに子供達と来て下さいね」と声を掛けておいた。
旦那様募集中だけど、リッチモンドさんがそばにいたら、もう結婚しなくてもいいやって思ってきちゃうや。
イケジジ恐るべし。
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リッチモンド視点
やはりカナデの傍が一番心地良いな。
ドラゴンの国よりも、亜人族や人族の街よりも、カナデの居るこの地がホッと出来る。
「何だ!? この柔らかく美味いパンは……っ こんな美味いもの、初めて食べた……っ」
「こんな高級そうなパン、私達が食べても良いのかしら……」
「こんなに良くしてもらえるなんて……っ」
「きっとあのドラゴン様や騎士様は、神様の使いなんじゃ……」
涙を流しながらカナデの“しょくパン”を食べている者達を見て、この世界の歪さが浮き彫りになった気がした。
一体いつから、人間もドラゴンも、おかしくなり始めたのだろうか……。




