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34 響き渡る聖歌

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 ファーガルド大森林では、早朝からユウヒ達一行と魔物たちが戦いを繰り広げていた。


「あ、相手はゴブリンだよ。後ろにホブゴブリンとゴブリンシャーマンもいるはず!」

「わたしが突破して、奥にいる敵の首を取ります!」


 シズクがノドカからもたらされるものと自分自身の視覚から手に入れる周囲の情報、そして自分の知識とを照らし合わせながら状況を分析する。

 彼女はゴブリンの上位種であるホブゴブリンと魔法行使に特化したゴブリンシャーマンがいる可能性が高いことを告げた。

 その報告にいち早く反応したコウカがゴブリンの戦列を突破して、その後方を攻めようとする。


「アンヤちゃんも念のため、コウカねぇに付いていってあげて」

「……了解」

「シズク姉様、ボクは?」

「ダンゴちゃんはあたしたちとゴブリンの間で守ってね」


 シズクがテキパキと全員へと指示を出していく。

 彼女はコウカがホブゴブリンやゴブリンシャーマン相手に苦戦するとは考えていなかったが、相手の後方の状況が正確に分かっているわけではないので、念のために身軽なアンヤを派遣した。

 そうなると前衛組の3人のうち2人が隊列から離れることになるので、残るダンゴの役割は特に重要となる。

 ヒバナとシズクだけでもゴブリンを近付かせることなく殲滅することは可能であったが、余裕を持った立ち回りをすることで不意の状況にも対応できるようになるのだ。


「ノドカちゃん、何かあったら教えてね。ひーちゃん、あたしたちもそろそろ」

「ええ。まったく……森は思いっきり戦えないから嫌いだわ」


 文句を言いながらも、ヒバナは最低限に抑えた威力の魔法を放っていく。

 木に燃え移ったりすると後々面倒なことになるので、最大限の注意を払う必要があった。


 そうして戦う彼女たちを後ろから眺める影が2つ。


「お姉さま~暇です~寝ててもいい~?」

「だーめ。今日は終わるまで寝ないっていう約束でしょ」

「え~……」


 不満そうに頬を膨らませたノドカはユウヒの体から離れると、己の霊器であるディーヴァを弾き鳴らす。

 するとそこから奏でられる軽快な音色とともに温かい風が吹き抜けていった。

 このやり取りは彼女なりの冗談であった。常に周囲の情報を集めるための魔法を行使しているので実際にはそれほど暇でもない。


 一方、加減してでも戦えるゴブリンとの戦いに調和の魔力を使う必要はなく、ノドカの索敵を手伝おうにもディーヴァの補助だけで周囲の状況を探るには事足りるこの状況で、本当に何もすることがなく暇なのはユウヒただ一人であった。


「あいつらの士気が下がってる……コウカねぇ達がやってくれたみたいね」


 そして、この戦いもあえなく終わりを迎えることとなった。




    ◇




 まさか、森の浅いところでホブゴブリンやゴブリンシャーマンを含めたゴブリンの群れと戦うことになるとは思わなかった。

 前にこの場所で戦った魔物なんて精々ダークウルフやただのゴブリンだけだったのだが、その上位種まで出てきたのはジェシカさんが言っていた魔物の質が上がっているということに由来するものであるのだろう。


「あ……はぁ、また引っ掛けちゃった」


 珍しいことにシズクがうんざりとした声を出す。

 その声が聞こえてきた方向を見れば、シズクがローブの裾を枝に引っ掛けている光景が目に映った。

 ――そうローブである。

 ヒバナとシズクは前までワンピースなどの上からマントを羽織り、三角帽子を被っていたのだが今は少しだけ違う。

 帽子はそのままだが最近はマントの代わりにぶかぶかのローブを羽織るようになったし、中に着ている服にも少し気を遣うようになったようだ。

 そもそもどうして体を隠すような恰好なのかだいぶ前に尋ねてみたところ、知らない人からジロジロと見られても隠れているようで少し安心できると言っていた。

 今のローブ姿は前が全開になっていて、本当に羽織っているだけの状態だ。

 おそらくだが、自信がついて身体を隠さなくても平気になったということなのだろう。


 シズクはヒバナからローブに引っ掛かった枝を外してもらうと、ため息をついた。

 あの子がこんな感じでご機嫌斜めなのは、今日だけでこうして何度もローブを引っ掛けているからだった。

 本を読みながら歩いているせいで注意力が散漫になっているし、羽織っているローブの裾だって長い。

 加えてこのファーガルド大森林には背の低い草木も多く、衣服を引っ掛けがちとなる。


「シズ、大丈夫よ。解れてはないわ」

「うん……」


 彼女たちのローブは実際に冒険者たちが着ることも想定して作られているものだ。丈夫な作りのため、早々解れたり破れたりするものでもない。

 それでも心配なようでシズクは裾を再三確認した後、自らの三角帽子を押さえた。


「まあ、少しくらい破れても私の方で直してあげられるから安心してよ」

「えっ、ユウヒちゃんが?」


 不安そうなシズクの為に声を掛けたのだが、どういうわけか彼女は驚きの声をあげていた。


「ユウヒ、直せるの?」

「まあね。実は得意なんだよ」


 そう言って私は《ストレージ》の中からソーイングセットを取り出す。これはだいぶ前に買っていたものの未だに出番がほとんどない道具たちだ。

 この子たちの場合、大抵は攻撃を服で受けることがなく、たまに大きなダメージを受けても流石にそんな服を直すことはできないので本当に出番がなかった。

 だから彼女たちが疑う理由は分かる。

 剣技といい、料理といい、彼女たちにはあまりいい所を見せられていない。前の世界で培ったスキルたちもこの冒険者生活ではあまり活かす機会がないのだ。

 でもこの裁縫は違うはずだ。

 小さい頃から裁縫は得意な方で何度もやってきた。それは料理も同じなのだが、これに関しては今はいい。

 この世界に来てからはご無沙汰だが、前の世界では頻繁に小物類も縫い上げるなど、趣味の1つでもあった。


「なら今度教えて。私もやってみたいわ」

「ヒバナが? うん、もちろんいいけど」


 彼女がここまでストレートなお願いをしてくるのは珍しい。本当に興味があったのだろう。

 これでこの子に裁縫の腕まで負けたら本当に立つ瀬がないが、これだけは負けるつもりはない。……久しぶりに私の心に裁縫の火が付いた気がする。




「むっ……」

「コウカ、どうかしたの?」


 コウカが上の方を向いたまま立ち止まってしまったが、いったい何を見ているのだろう。


「少し待っていてください」


 言うが早いか、彼女は木を飛び移りながら上へ上へと登っていった。

 唐突な出来事にみんなと顔を見合わせる。


 結局、彼女は1分と掛からないうちに戻ってきた。

 そして《ストレージ》の中から林檎のような赤い果実を取り出すと、私に差し出してくる。


「覚えていますか、マスター」

「あ、これ……」


 それはコウカと初めて出会った日に彼女から貰った林檎モドキだった。

 私はそれを両手で受け取って、じっくりと眺める。


「懐かしいな……」


 私が食べたのもこんな大きさの果実だった。


「なになに、コウカ姉様も主様も何の話をしてるの?」


 コウカと初めて会った日の思い出だから、当然みんなはこの果実のことを知らないはずだ。

 とは言っても、私もこの果実が何という名前なのかすらも知らないのだが。


「これはね、私がコウカと出会った日にコウカから貰った物なんだ。これのおかげで、私は生きていると言っても過言じゃないんだよ」


 これを食べた瞬間、ボロボロだった体の傷が塞がり、元気になったことを思い出しながら話す。

 未だにあの時、どうして傷が治ったのかは分からない。この世界には傷を一瞬で治すとか、そんな便利なものがあるとは聞いたことがない。

 この果実にそんな効果があったとして、一般に出回らないのは不自然だった。


「全員分、取ってきました。もしよければ」


 コウカが一つ一つ果実を取り出して、妹たちにも配っていく。

 真っ先に食い付く者、じっくりと観察する者とで分かれた上で、真っ先に食い付いたダンゴが感想を漏らした。


「うん! 甘くておいしいね、これ!」


 甘い、と聞いた瞬間にアンヤも黙々と食べ始めた。

 みんなも続々と噛り付き始めたので、私も続く。

 ――うん、この味だ。甘みの中にある絶妙な酸味。


「うん……たしかに美味しいけど、魔力が多く含まれているだけで普通の果実だね」


 シズクの見解ではこれは普通の果実らしい。だったらあの時、傷が一瞬で治ったのはいったい何だったんだ。

 そんな疑問を全員で共有するために話すと、面白い考えが聞けた。


「お姉さまの~体質~?」

「体質……? あっ、もしかしたら何かあるのは果実じゃなくて、ユウヒちゃん側なのかも」


 ノドカの何気ない発言にシズクは何かを導き出したようだ。


「その何かって、シズには分かってるの?」

「ううん、詳しくは分からないよ。でもあたしたちが魔力で身体を治すのと同じように、ユウヒちゃんも魔力で身体を治せるのかも」


 その言葉に一番驚いているのは私だ。


「ユウヒちゃんの身体はあたしたちとは違うけど、その時から普通の人間とも違ったものになっていたんじゃないかな。ユウヒちゃんには調和の魔力と女神の力があるし、果実から魔力を取り込んだことで何らかの働きかけがあったんだと思う……」


 結局、正確なことは分からなかったが、個人的にはシズクの考えは真実に近いところまで迫っているんじゃないかと思う。

 こればかりは私の持っている力に詳しいミネティーナ様に聞かないと分からないだろう。

 今は私が怪我をしたとしても、魔力で身体を治せる可能性が高いということだけ覚えておけばいい。




 その後は私の身体に興味が湧いた様子のシズクにちらちらと熱い視線を送られながらも順調に歩みを進めていた。

 次第に強くなっていく魔物たち。

 森の中というヒバナの全力が出せない状況での戦いは一筋縄では行かなかったが、みんなの頑張りで何とか森の奥地と言える場所まで到達した。




    ◇




 ファーガルド大森林の奥まで来るのは初めてだ。

 先程まで歩いていた森と同じとは思えないほどこの場所は暗く、そして寒かった。


「何だか、急に雰囲気が変わったね……」

「全員、警戒を緩めずに進みましょう。ここは何かがおかしい……」


 ダンゴが喉を鳴らし、コウカが全員に向かって注意を投げかける。


「うぅ~……何かがずっと~遠くから見てるみたい~……」


 風の魔法で周囲を探り続けていたノドカがそんな言葉をぽつりと零した。

 つまり、相手は私たちの存在に気付いているということだ。

 そんな状況で攻撃を仕掛けてこないのには、何か理由があるのだろうか。


「ちょっと……気味が悪いじゃない。そういうの、何だか嫌……」


 この場所に立ち込める異様な雰囲気と相まって、確かに気味が悪い。

 もしかするとヒバナは――。


「ヒバナ、怖い?」

「はぁ!? こ、こわ、怖くないわよ! 魔物なら魔物らしく何も考えずに出てこいって思ってるだけ! ……ほ、本当に魔物よね……?」


 どうやら私の勘違いらしく、ヒバナは怖がっているわけではないようだ。

 基本的に魔物は本能のまま襲い掛かってくるので、この状況を気味が悪いと思うヒバナの気持ちはよく分かる。

 ……そういうことにしておこう、彼女の名誉のためだ。

 それはさておき、魔泉の中心近くにいる魔物だ。私たちとの力の差に怯えて出てこないとは考えづらい。




 結局、それからも奇妙な気配は感じたままだったが、森の最深部と言えるところまではやって来ることはできた。

 だがそれに伴い、今までは感じなかった生理的な嫌悪感に近い気持ち悪い感覚が魔素と共に漂っていることに気付いた。


「なんですか、この感覚……」

「ボク、この感じ嫌い……」


 どうやら、感じているのは私だけではないらしい。

 全員が顔を顰める中で、ヒバナとシズクの感じているものはどうやらまた少し違っているようだ。


「これ、本当にまずいわ!」

「うん、すぐに魔素鎮めを終わらせないと!」


 本人たちも自分たちが何を感じているのかは分かっていないようだが、その焦りようから、只事ではないということはよく分かった。

 2人に言われた通りに私たちは全員で魔素鎮めを行う態勢に入ろうとしたが、ノドカによってもたらされた報告でそれを断念せざるを得なかった。


「――っ! 敵が~動き出しました~!」

「みんな、来るよ!」


 その言葉を境に、森の中が一気に騒がしくなる。

 周りは360度全てが木に囲まれているというのに、どの方角からも相手の声が聞こえてくるのだ。陣形が組みづらいなんてものじゃない。

 この状況での迎撃は真正面からぶつかる戦いとは比べ物にならないほど困難なものとなる。


 ――そして敵の姿が見え始めた。

 敵の正体、それは複数の種類の魔物からなる混成群。

 屈強な肉体を持つ2足歩行の牛、ミノタウロス。1つ目の巨人、サイクロプス。羽が生えた悪魔のような風貌の獣、ガーゴイル。

 どれもBランク以上に該当する魔物たちだった。


「この嫌悪感、あのラモード王国で戦ったワイバーンと同じです!」


 それらの魔物は種族が違うはずなのに共通点があった。

 それら全ての身体は黒ずんでいて、血のように赤い目をしているのだ。

 彼らはお互いに争うこともなく、まっすぐ私たちを目掛けて攻め込んできている。


「ユウヒ! シズと眷属スキルを使うわ、いいわね!」

「わかった、お願い!」


 次の瞬間、苦しみが私に襲いかかってくる。ヒバナとシズクが眷属スキルを発動させたのだ。

 これは私に負担がかかるが、その有用性は迷宮での戦闘で体験している。この状況を打破する突破口となってくれるだろう。

 ――そう、そのはずだった。


「魔法が……!?」


 本来なら、ヒバナとシズクが魔法を使う度にその規模と魔法術式の構築速度が上がっていくはずなのだ。

 だが今はどれだけ魔法を使っても強化されるどころか、何もしないときと比べても魔法の威力が下がっているように感じられた。


「あたしたちの魔法に魔素が反応してない……!」


 魔法は術式完成後に多少なりとも周囲の魔素を取り込むことでその威力を増加させるが、今はその魔素が全く魔法に反応してくれていないのだ。

 意味がないと分かったところでヒバナたちは眷属スキルを解除したらしく、私は身体に掛かっていた負担から解放された。


「この辺り一帯の魔素、淀んでいるなんてものじゃないわ。私たちの魔力とは性質が正反対よ」


 精霊たちが使う魔力は純度の高い魔力だ。

 ここに蔓延している魔力が淀んでいるせいで、魔素と魔法の結合が阻害されているのだ。

 そんな状況下でも、魔物たちは決して待ってはくれない。


「くっ……来ますよ!」

「コウカ姉様、アンヤ。ボクたちで抑えないと!」


 それも非常に苦しいと言わざるを得ない。

 3人だけでは、あらゆる方向から攻めて来る魔物を完全に抑えることなどできないだろう。あの子たちだってこの状況では満足に魔法を使用することができないのだから。

 だが迷っている暇などなかった。迫りくる魔物に対して、コウカたちは分散しながら対処を始めるのだった。




    ◇◇◇




 1体のミノタウロスの斧とコウカの剣がぶつかり合う。体格差のある両者だが、その力は拮抗していた。

 だがそんなコウカに向けて、近くにいた4体のミノタウロスが接近してくる。

 そのため彼女は無理矢理にでも目の前のミノタウロスを蹴り飛ばして、距離を離すことにした。


 睨み合うコウカと5体のミノタウロスだったが、それを好機と見たガーゴイルたちがコウカを無視して、ユウヒ達が集まる場所へと侵攻していった。

 コウカもその対処に向かおうとするが、地、火、水などあらゆる属性の魔法が飛んできたことで阻まれてしまう。


「ヤツら、魔法まで! くっ、マスター!」


 魔法を使ったのはミノタウロスだった。

 通常、魔法を使うほどの知能は持っていないミノタウロスだが、それらの個体は魔法を使うことができるようだ。

 当然、魔法による攻撃はユウヒ達にまで及ぶ。

 それほど威力のある魔法ではないので、ノドカの風の結界により何とか阻むことはできるのだが、ノドカはその対応に掛かりきりになってしまった。


 ヒバナとシズクの2人も普段よりも魔法の行使に苦労しながらではあるものの、何とか魔物を近付けまいと攻撃を加えていっている。

 普段よりも魔法の威力が弱いとはいえ、この2人はスライムたちの中で唯一、さらにもう1段階進化している2人だ。他のスライムたちよりも攻撃に期待が持てた。

 だがこの状況においては、それだけでは足りない。

 あまりの数と手強さに飛びながら迫ってくるガーゴイルの対処まではどうしても手が回らないのだ。


 彼女たちが気付いた時には、ガーゴイルたちはすぐそこまで迫ってきていた。

 そしてその大きく開けた口から火弾を放たれる。

 ――その時、迫る火弾と彼女たちの間に横合いから割り込むような形で1つの影が飛び込んできた。


「アンヤ、任せるわ!」


 他の方面で戦っていたアンヤが、ユウヒ達の危機に戻ってきたのだ。

 彼女は影で作った膜で火弾を受け止めた後、手に持った霊器“朧月”をガーゴイル目掛けて振るう。

 本人以外、誰にも認識できない刃は無警戒のガーゴイルの身体に力強く打ち付けられた。


(…………違う)


 アンヤは刀の持ち方や振り方を変えつつ、ガーゴイルたちと戦っている。

 牽制の影と実物を織り交ぜた攻撃、そして認識できない刃によってガーゴイルたちは足止めされているような形だ。

 そうして戦っている間にアンヤは、ついに自らの得物の使い方を見つけた。

 振り下ろされた刀によって、ガーゴイルの1体から血飛沫が噴き出し、崩れ落ちる。


「……なるほど」




 一方、ダンゴはサイクロプスの軍団と真正面からぶつかっていた。

 5メートルを超えるその巨体から振り下ろされる棍棒を盾で防ぐものの、その衝撃で彼女の足が地面にめり込む。


「こんな……! このぉっ!」


 力自慢のダンゴでも押されそうになるほどの強大な力だった。

 それを彼女は無理矢理押し退け、盾を鈍器のように相手の足を目掛けて振るう。

 力は非常に強いサイクロプスだがその動きは鈍重だったため、ダンゴの攻撃は正確に相手の足を捉えることができた。

 しかし――。


「硬すぎるって……!」


 ダンゴの攻撃はサイクロプスには通用しなかった。

 倒すことを諦めたダンゴはせめて足止めだけでも、とサイクロプスに食らいつく。

 そうして何とか彼らの足止めには成功しているものの、別の方向から抜けていく魔物たちの対処までは手が回らなかった。




「こいつら、一体一体が手強すぎる!」

「ユウヒちゃんの魔力まで貰っているのに……!」


 ユウヒは調和の魔力でヒバナとシズクの魔法を強化していたが、それでもすんなりと倒せるまではいかなかった。

 魔力量頼りの強引な魔法の行使を続けているが、それでも1体を倒すのに少し手間がかかる。

 このままでは、魔力が切れる前に押し切られる可能性の方が高かった。


「せめて周りの魔素が……」


 魔法の行使に周囲の魔素が全く利用できないというのが、魔法の威力を大きく下げられている原因だった。

 それらが正常であれば、現在使っている強力な魔法で魔物を殲滅できるはずなのだ。


「しまった、抜かれた! マスター!」


 動き回りながら、力づくで魔物の足止めを続けていたコウカの防衛線を魔物が突破していく。

 一度抜かれると、その流れを止めることは難しい。

 ただでさえ魔物の対応に追われているヒバナたちは、新たに突破した魔物に対処する手段を持たない。

 アンヤが対応しようとするが、いくら乱戦を得意とするアンヤでもそれは相手が全て自分に向かってきてくれる場合に限る。

 いくらかは足止めできても、彼女を無視してユウヒ達を攻撃しようとする魔物たちがいる状況ではどうしようもなかった。


(こんなの~……いや~……)


 遠距離からの魔法攻撃を防ぎ続けていたノドカはそんな状況を一歩引いた視点から静かに見つめていた。


(みんな~必死にがんばってるのに~……わたくしは~……戦えない~……。でも~わたくしだって~この温かい場所も~大好きなみんなも~失いたくはないから~……そんなわたくしが~みんなのために~できること~……!)


 ――突如、戦場に似つかわしくない歌が響き渡る。

 歌姫と評されるほどの綺麗な歌声。それが戦う者たちを包み込んでいた。

 そして、その歌声の主にも変化が訪れる。

 若葉色の光と共に温かい風が吹いてくる感覚を近くにいたユウヒ達は感じ取っていた。


 やがてその光の中から、その姿を少しだけ変化させたノドカが現れる。

 その腕の中には少し形状の変化した彼女の霊器があった。

 成長した彼女の歌声は戦場に明確な変化を及ぼし始める。


「魔素が……集まっている?」

「ノドカちゃんの歌が集めてるの?」


 眷属スキル《カンタービレ》。それが彼女の得た新たな力だった。

 歌声を通して魔素に影響を与えることのできる力で、今回の場合は歌声の届く範囲内に向かってその外部から魔素が掻き集められている。

 そうすることで周囲に広がる魔素の濃度を劇的に増加させることができるのだ。


 森全体に広がる魔素が戦場へと集まってくる。だがそれだけでは意味がない。

 たとえ魔素が集まってきたとしても、淀んだままではヒバナたちはその恩恵を受けることができないからだ。

 だからノドカは歌いながら、ユウヒの手を掴んだ。


「ノドカ……? 魔素の浄化を……女神の力で……?」


 《以心伝心》のスキルによって伝えられたのは、神力の性質を使った魔素の浄化だった。

 ユウヒは普段から自分が取り込んだ魔素を浄化して純粋な魔力として蓄えているが、それは無意識的な行動であったため、それを意識的に行うというのは初めてのことだった。


 ノドカがにっこりと微笑みながら頷くとユウヒが彼女の手を力強く握り返した。

 眷属スキルの行使でユウヒの身体には負担が掛かっているが、状況を打開するために神力をさらに行使する。

 歌声に乗せて広がる神力は戦場内に漂う魔素を浄化し、正常な状態へと戻していく。

 今のユウヒの神力では調和の魔力で増幅させたとしても広い戦場内にある全ての魔素を完全に浄化することはできないが、通常の状態まで浄化すれば魔法を使う分には問題がない。

 そうして魔素の淀みが消えたことで、魔物たちと魔素との親和性は失われた。状況は互角となったのだ。


 耳障りだと言わんばかりに、敵の後方からの魔法攻撃が一斉に歌の発生源へと殺到した。

 だがそれらはハープの旋律と共により強固になった風の結界により弾かれ、主たちのもとへと跳ね返されていく。


「気持ち悪い魔素が消えた……今なら……!」

「ええ! ノドカ、もういいわ。代わりに私たちがやる」


 眷属スキルを解除しても、彼女は歌うことを止めなかった。その歌声は確かにその場にいる者たちを奮い立たせてくれている。

 そうしてノドカに代わり、自分たちのスキルを発動させたヒバナとシズクはその魔法の威力を遺憾なく発揮した。

 周りの被害を考えない攻撃だったが、木に燃え移りそうになった火はノドカの風の結界により阻まれるため、魔法の行使に余計な心配を及ぼすこともない。

 炎がダンゴの攻撃が通らなかったサイクロプスの身体を焼き、水流がコウカの対処しきれなかった魔物たちを押し流していく。

 戦況は一気に入れ替わったのだ。


 その中で優勢であるにもかかわらず、苦い顔で戦っていた人物が2人いた。


(この盾も……みんなを守れるようにって、そう思っていたのに……! ボクは何も守れていない……)


 ダンゴは最早サイクロプスの攻撃から自分の身を守るのが精一杯で、サイクロプスの足止めにはなっていたものの、多くの魔物の侵攻を止められなかった。

 彼女はそのことを悔やみ続けている。

 結果としてノドカの進化により状況を覆せたからよかったものの、自分が守ったと胸を張って言うことはできないだろう。


 一方、コウカも無力感に苛まれていた。


(ノドカも進化した……でも、わたしは……)


 焦燥感に駆られるままにコウカは剣を振るう。

 親和性の高い魔素が漂っている空間にいるというアドバンテージを失ったミノタウロスの斧を押し返し、胴体に突き立てた剣から放電する。

 荒っぽい動作で剣を引き抜いた彼女は雷を身に纏いながら加速して次の魔物へと向かっていった。

 何体魔物を倒してもコウカの気が晴れることはない。自分の働きなど、ヒバナやシズクと比べれば雲泥の差なのだから。


(もっと力がないと駄目なのに……!)


 コウカの心の内を真に知る者は、まだ誰一人としていなかった。

 ――たとえそれが己自身のことであったとしても。


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