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30 勇気と信頼

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)


最後にヒバナとシズクのモノローグのようなものが入ります。

「あたしが全部押し流すよ――眷属スキル《アッチェレランド》」


 シズクがそう呟いた瞬間、私の中にある魔力とは別の力がシズクと繋がった。それと同時に少し体に重みを感じる。眷属スキルなんて初めて聞く言葉だった。

 彼女が構築した術式から水で出来た大きな槍が生成される。


「【アクア・ランス】……行って!」


 水で出来た槍はダンゴと迫り合いになっていたリザードマンに狙いを定め、直撃するとともにパンッと短い音を立てて破裂した。

 その衝撃でリザードマンは地面を転がる。


「シズク姉様!」


 ダンゴが歓喜の声を上げて一瞬だけこちらに顔を向けるが他の魔物がどんどん迫ってきていたために、思い出したかのように盾を構え直した。


「【アクア・ランス】……2連撃」


 呟きと共にシズクの周りで構築されていた新たな2つの魔法陣から新たな水の槍が1本ずつ出てきた。

 それらはダンゴたちに迫っていたリザードマンを撃ち抜く。


「【アクア・ランス】……3連撃」


 今度もさっきと同じ間隔だが、2本ではなく3本の槍が飛んでいく。

 魔法を放つごとに術式の構築スピードが上がっているのだと気付いた。

 シズクの周りに空気中の魔素が集まっていっているのだ。


「……5! ……7! ……10!」


 その加速は止まることを知らない。でも、何発撃っても私の魔力が吸い上げられる感覚がなかった。

 もしかすると彼女自身の保有魔力量も爆発的に上がっているのかもしれない。

 水の槍はもはや雨のような勢いで魔物たちに降り注ぎ、蹴散らしていく。

 そしてあっという間に第1陣として迫ってきていた魔物たちが全滅した。


「今! 移動するよ!」


 この絶好の機会を逃しはしない。数を減らせばこちらのものだ、今のうちにコアへの距離を詰める。

 シズクの攻撃は次にバシリスクへも殺到する。

 流石に一撃では倒せないようだが、数本の槍が命中してしまえば簡単に倒れていく。


「主様、また生み出してきてる!」


 どうにかコアへと辿り着きたいのだが、そう簡単にはいかないらしい。コアがまた最初のように減っていった魔物から補充しているのだ。

 全滅させ、再生成の隙にコアへと辿り着くのが先か、私の魔力が尽きるのが先かの勝負だろうか。


 そんな時だ。不意に私の中から別の場所に向かって大量の魔力が移動する感覚があった。


「――ッ!」


 それにシズクも気が付いたらしい。

 魔力が持っていかれた方向に杖を向けると一際大きな魔法を解き放った。


「【ハイドロリック・キャノン】!」


 直径10メートルを超える巨大な水の塊が明後日の方向に飛んでいくとその先にある壁に直撃し、砂埃が宙に舞う。

 それと同時に巨大な魔法の行使に耐えきれなかったシズクの杖の先端についていた青い魔石にヒビが入り――砕け散った。




    ◇◇◇




 時はユウヒ達が最深部に到達する少し前まで遡る。


「さっきから魔物が全然出てこないわね。何だかハズレ感が否めないわ」

「その分、トラップが多いのも――あ、気を付けてください」


 ユウヒ達との合流を目指し、2人で通路を進み続けるが先ほどから魔物と遭遇しないことがヒバナにとっては気掛かりだった。

 また、迷宮内で進む方向の決め方が運頼みなのが彼女の不安を助長している。


(ユウヒとの魔力経路が生きているとはいえ、やっぱり心配。……シズ、私はあの場所を失いたくないって思ってる……。だから、お願い……どうかあなたたちも無事でいて)


 シズクと違ってヒバナが取り乱していないのは、一番非力なユウヒが無事であるということはほぼ確実にシズクも無事であるという確信があるためだった。

 だが生まれる前から一緒だった自らの片割れと長時間、不可抗力によって切り離されてしまっているというのは精神的に厳しいものがあるのもまた事実だ。


「……妙な部屋ですね。これだけ広いのに魔物の1匹もいないなんて」


 コウカの言葉にヒバナが意識を現実へと戻すと、目の前には何もないのにやたらと広い部屋が広がっていた。


「だからハズレの道だったのよ。はぁ……早く合流したいのに……」


 部屋の奥へと進んでいっても通路に続く道すらなく、行き止まりであることは確定だった。

 失意のまま部屋の入口から引き返そうとした2人だったが、そこで奇妙な光景を見てしまう。


「ここから入りましたよね?」

「……ええ」


 部屋の入口があったはずの場所にはただの壁しかなかったのだ。

 2人は辺りを見渡してみるが、遂に通路へと戻る道を見つけることはできなかった。

 ――そして不幸はこれだけでは終わらない。


「……最悪よ、この迷宮」

「ええ……同意します」


 部屋の中にリザードマンをはじめとする魔物が生まれ出てきたのだ。

 コウカとヒバナがそれぞれの得物を構える。


「この部屋自体が罠だったってこと? ここに閉じ込めて仕留めるって……ほんと信じられない」

「文句を言っていないで、2人の力で切り抜けますよ」

「……わかってるわ」


 浮かない表情を浮かべたヒバナに気付かないまま、コウカは剣に雷を纏わせて魔物たちの真ん中へと切り込んでいった。

 彼女が気乗りしないのはまたコウカが後衛を気にせずに戦って、魔法による援護もできなくなるだろうと予想していたためだ。

 現に魔物たちの注意を集めて大立ち回りをしているコウカだが、密集した魔物たちの中心にいるため、誤射を恐れて援護ができない。

 念のためにいつでも撃てる準備はしておくが、どうせ撃つことはできないだろう。

 ヒバナがそう考えていた――その時だった。


「今です、ヒバナ!」

「――ッ!? ああ、もう……調子狂うわ……ねっ!」


 リザードマンの肩と頭を踏み台にして、コウカが大きく跳躍する。魔物が密集した状態を維持したまま、コウカだけが離脱に成功したような形だ。

 そしてこの瞬間が魔物を一網打尽にするのには最高のタイミングだった。

 まさか撃つことはないだろう、と思っていたヒバナだが文句をいいながらタイミングは逃さない。

 大きな火弾は密集した魔物たちの頭上で拡散し、火の粉が降り注いでいく。


 再び室内に魔物が産み落とされるが、同じような方法で確実に凌いでいった。

 だが、そうなると今度はヒバナを直接狙おうとする魔物も現れる。

 しかしそのことに気付いたコウカがヒバナを狙う魔物から優先的に排除するため、彼女は今までにないほどの戦いやすさを感じていた。


(どうしてこっちを気遣いながら戦えるのよ……いつもはもっと……)


 当たり前のようにヒバナを気遣いながら戦うコウカに彼女の心はかき乱されていた。

 とはいっても、状況が好転するわけでもない。むしろ悪化の一途を辿っている。

 現在、ユウヒ達と対峙している鉄製のゴーレム――アイアンゴーレムがヒバナたちの前にも生成されたのだ。

 試しにヒバナが魔法を命中させるが、表面に少々煤がついたぐらいでビクともしない。


「埒が明きません! ここから無理矢理にでも出る方法を考えたほうがよさそうです!」

「出ると言っても、出口はどこにもないのよ!?」

「ないなら作りましょう。ヒバナ、鉄を溶かすより岩を溶かすほうが簡単ですよね」


 その言葉によってヒバナの脳裏にある1つの考えが浮かんだ。


「壁を溶かせって言うの!?」

「その時間くらいは稼ぎます。お願いします、ヒバナ!」


 言うが早いか、コウカが魔物たちに突撃する。

 魔物の群れを荒らしているように見えて、ヒバナの方向に抜けていった魔物たちはきっちりと追いかけて処理するものだから、文句の一つも言えない。


「……そうやって頼りにされたら、やるしかないじゃない」


 言葉では不満そうにしながらも、ヒバナは笑っていた。

 だがすぐさま顔を引き締めると、瞼を閉じる。

 周りの状況を確認しなくともコウカが守ってくれるだろう。

 それを信じて、自分は少しでも早く術式を完成させる必要があるというのがヒバナの考えだった。

 目を閉じ、集中しているヒバナに自身を守ってくれるコウカの声が聞こえてくる。


(きっと今のコウカねぇだったら、あの子たちと同じくらい私も好きに――好き? ……そう、そうだったんだ。この気持ち……私はあの子たちのことを……もうずっと前から好きになっていたんだ)


 術式を構築しながら、ヒバナは口角を上げる。

 いつの間にか、彼女の中で大きくなっている存在があることを自覚したのだ。


(この気持ちを素直に伝えるのは勇気がいること。でも、怖いわけじゃない。ただ照れくさくなるだけ。まだ私はそんな勇気さえ出せそうにないけど……この胸の内で燃え続ける想いの熱さだけは紛れもない本物だって信じられる。だから、今はたとえ小さな一歩だとしても――)


 ヒバナの身体が赤い光に包まれた次の瞬間、光の中から現れた彼女はシズクと同じように進化を果たしていた。


 アークスライム・ブレイズウィザード――それが今の彼女の種族だ。

 自らが進化している最中もヒバナは魔法術式の構築をやめない。

 そして彼女の増大した魔力操作技術により、その構築途中だった魔法は一気に完成までこぎつける。

 急激な負荷がかかったため、彼女の魔法を補助していた杖の先端に付いている魔石にヒビが入ったがこの魔法の行使には何の影響もない。


「【クリムゾン・フレア】!」


 浮かび上がる巨大な魔法陣から飛び出した灼熱の炎は進路上の魔物を焼き尽くしながら進行し、彼女の狙い通り壁へと激突した。

 だがそれと同時に杖の先端にある魔石も限界を迎え、砕け散っていた。


 爆発のような強い衝撃と共に、密室の中で熱風が吹き荒れる。

 ヒバナとコウカの2人は体の表面に魔力の層を纏い、熱と衝撃から身を守る。

 衝撃で何割か魔物も巻き込めたようだが、アイアンゴーレムなどの厄介な魔物は健在だ。

 それらは変わらず2人へ向けて進行を続けている。


「コウカねぇ、脱出!」


 壁に大きな穴が空き、その奥に別の空間があることが確認できた。

 ヒバナはまた部屋の入口のように穴を塞がれては敵わないと、敵の注意を惹きつけ続けてくれていたコウカに呼び掛けるが、当のコウカは目を見開きながら呆然とヒバナのことを見つめているだけだった。

 コウカの瞳が揺れている。


「ヒバナ……その姿……」

「いいから! 穴を塞がれる前に……早く!」

「あ……はい!」


 頭を振ったコウカは思考と共に魔物も振り切る。

 そしてコウカは姉よりも体が大きくなったヒバナと並んで穴の中に飛び込んでいった。

 その先には中央に巨大な水晶が鎮座する広大な空間が広がっている。


「マスター!」

「……コウカ!? ヒバナも!」


 コウカがその空間へ抜けると、すぐにユウヒの姿を見つけて駆け出す。

 ユウヒは最初、ヒバナの姿に違和感を覚えたがついさっきシズクが進化するところを見ていたため、ヒバナも同様に進化したのだと気付いた。


「シズ、よかった……!」

「んっ……ひーちゃん」


 無事に合流を果たし、ヒバナとシズクが再会を喜ぶあまり抱擁を交わしていた。

 ユウヒ達の間にも和やかな雰囲気が漂うが、残念ながら今はそう悠長にしてもいられない状況だった。

 ユウヒが言葉を掛けづらそうにしながらも思い切って、声を出す。


「2人とも、今は……」

「……そうね。先に全部終わらせましょ、シズ」

「うん。今のあたしたちならできるはずだよね」


 ヒバナとシズクが見つめ合い、同時に頷く。

 シズクと同じようにヒバナの杖も壊れてしまっていたが、彼女たちは杖なしで戦うつもりのようだ。

 進化によって戦闘能力が格段に上昇しているため、現在この空間にいる魔物を殲滅するだけなら杖がなくとも可能ではあるだろう。


 ――しかしだ。

 先程シズクとヒバナが壁に穴を空ける直前、ユウヒは自分の中で何かが変化したことを感じていた。

 そして、彼女はその変化によって何ができるのかを漠然とだが自覚しているのだ。


「待って2人とも。私が2人の杖を作るよ」

「え、杖を……?」


 まるでスライムたちとの眷属契約の時のように杖を作ろうと思った瞬間、ユウヒの頭には次に何をするべきなのかということが思い浮かんでいた。

 眷属の精霊が各個に所有する自身の性質との親和性が高い武具である“霊器”の精製。それがユウヒの新たに得たスキルだった。

 この力の行使には、ユウヒの意志の他に眷属自身の強い意志が必要となる。

 精神的な要因に強く影響を受ける精霊が手にする武器なのだ。想いの力が自らの武器に影響するのも不思議ではないだろう。


「私と――」

「あたしに――」


 ヒバナとシズクの2人も何をするべきなのかが分かったようで、強く手を握り合った2人がそれぞれの利き手を掲げる。

 そして彼女たちの内に秘められていた一番強い想いを自覚し――告げた。


「――勇気と!」

「――信じる心を!」


 力の奔流。

 魔力とマナ、精霊力、そして彼女たちの意志が綯い交ぜとなり、ヒバナとシズクの手に一対の杖が現れる。

 どこか機械的で鋭利さを感じさせる純白の杖。

 その先端部分には彼女たちの瞳と同じような色で爛々と輝く“精霊石”と呼ばれる精霊力の結晶が存在していた。


「フォルティアと……」

「フィデス……?」


 フォルティアとフィデス、それが彼女たちの前に生まれ落ちた杖の名前だった。

 精霊石の色を除けば、全く同じ構造のそれはまさに二本一対の杖。まるでヒバナとシズクという存在を体現したかのようにも感じられる。


 杖を構えたヒバナとシズクがそっくりな強気な目で魔物たちを見渡す。

 そして、振り返らずに告げた。


「ユウヒ、少し苦しいわよ」

「ごめんね、頑張って耐えてね」


 ユウヒがその意味を理解するよりも早く、2人は自らの眷属スキルを発動させた。


「行くわよ……《クレッシェンド》」

「……《アッチェレランド》」


 2人が声を上げた瞬間、ユウヒの身体を息苦しさとまるで身体中に重りを付けられたかのような苦しさ、身体の中から力が抜けるような感覚が同時に襲い掛かった。

 ユウヒの額からは汗が流れ落ちる。

 眷属スキルの発動には一定以上の精霊力が必要だった。しかし現在の彼女たちの精霊力では眷属スキルを発動させる水準には満たない。

 そのため、足りない分をユウヒの神力から漏れ落ちるマナや調和の魔力で補う必要があったのだ。


 急激に力を抜かれたユウヒの身体には当然のように負担がかかる。

 シズク1人で使用していた時は問題なかったが、ヒバナも眷属スキルを使ったとなるとその分負担は増加する。

 立っていられなくなり、ふらつくユウヒの身体をコウカが慌てて支える。

 彼女は苦しそうなユウヒを見て、ヒバナとシズクの2人に厳しい視線を向けた。


「ヒバナ、シズク! 今すぐやめて――」

「大丈夫っ、続けて……!」

「マスター!?」


 コウカが驚愕の表情を浮かべる。

 ユウヒを堪えさせているのは意地だった。

 シズクに対して、支えてみせると啖呵を切ったユウヒはその約束を破らないためにもここで折れるわけにはいかなかった。

 ヒバナとシズクは一瞬だけ気遣うような目線を向けるが、すぐに正面へと向き直る。

 コウカが苦い顔で手を固く握りしめるが、ユウヒが落ち着かせるようにその拳の上に軽く手を重ねると彼女の表情が少しだけ和らいだ。


「【フレイム・ランス】!」

「【アクア・ランス】!」


 その間に術式の構築を終えたヒバナとシズクが炎の槍と水の槍を1本ずつ生み出して射出した。

 それと同時にヒバナとシズクの周囲には魔泉によって空間に充満していた魔素が集まり始める。

 2人は間を置かずに先程放った物より一回り大きくなった2本の槍を生み出した。


 ヒバナのスキル《クレッシェンド》は自らが放つ魔力が周囲の魔素に干渉し、結合させることで魔法の規模を拡大させるものだった。

 通常の魔法であってもその威力は多少周囲の魔素の量により影響を受けるものの、このスキルのように故意に影響を与えることができるものではない。

 また、シズクのスキル《アッチェレランド》はヒバナのスキルと同じように周囲の魔素に干渉するものの、こちらは魔法術式の構築に周囲の魔素を組み込むことで素早く術式を完成させられるというものだった。

 そして両者のスキルの共通点として干渉できる魔素の量は使用魔力量に比例して増加し、逆に使わなければ減少していってしまうというものがある。

 これら《クレッシェンド》と《アッチェレランド》は魔素に干渉するというまさに精霊の性質に影響を受けたスキルといえる。


 だがヒバナとシズクの魔法はそのどちらもが同じ影響を受けているようにみえた。

 両者の魔法は放たれるごとに強力なものとなり、術式の構築も速くなっていく。

 それは彼女たちの杖、フォルティアとフィデスが持つ性質によるものだった。

 フォルティアとフィデスの持つ性質は“共鳴”だ。

 それは2本の杖の担い手である両者が互いの魔法制御を相互補助できるというものだった。

 その性質を使い、ヒバナはシズクの魔法にも《クレッシェンド》の効果を及ぼし、シズクはヒバナの術式に《アッチェレランド》の効果を与えていた。

 通常なら他者の魔法制御も担うというのは非常に難しいことだが心を通わせ合い、元々であったヒバナとシズクだからこそできる芸当と言える。


 倒しても倒しても湧き出て来る魔物。だが、ヒバナとシズクが魔法を放つ度に殲滅速度は上がっていく。

 魔泉が乱れていることで魔素が蔓延しているこの空間において、彼女たちのスキルは止まるところを知らない。

 《クレッシェンド》によって周囲の魔素を巻き込み、威力が膨れ上がった魔法は鉄でできたアイアンゴーレムすらも溶かし尽くす。

 《アッチェレランド》により、新たに生まれた魔物の大半は凄まじい魔法の猛襲を受けて息絶える。

 そして遂に情報処理速度の限界を超えたコアは不調を起こし始めていた。魔素を取り込み大量の魔力を貯め込んでいる水晶体に小さなヒビが入る。

 さらに規模が加速したヒバナとシズクの魔法も1つの限界を超える。


「【ブレイズ・ランス】!」

「【アビス・ランス】!」


 炎獄と深淵由来の強大なエネルギーの奔流が新たに生み出される魔物を一瞬で塵へと変え、ラビリンス・コアそのものも容易く破壊した。

 源となるコアが消えたことで迷宮が消滅していく。


「ざっとこんなものね」

「気持ちよかったね」


 晴れ晴れとした表情でハイタッチする2人とは対照的に、後ろからずっと見ていたユウヒ達は開いた口が塞がらないといった様子だった。


「つ、強すぎる……」


 やっと捻りだした言葉は、その場にいた誰もが考えていたことである。


 その後なんとか平静を取り戻したユウヒ達は全員で魔物がいない中、魔素鎮めを無事に完了させたのだった。




    ◇




 私とあたしにとって、周りの全てが自分たちを傷付ける敵でしかなかった。


 私たちの最も古い記憶は穏やかな微睡みの中で少しずつ体が大きくなっていく感覚だ。

 これは想像でしかないけど、人間でいうと胎児が母親のお腹の中にいる感じに近いのかもしれない。

 その感覚が膨れ上がり、もう少しでこの世界に生まれることができるのだろうと本能的に理解できた。

 でも、事はそう上手く運ばないということなのだろう。

 生まれる直前に何か大きな衝撃を受け、体がバラバラになってしまったのだ。


 散り散りになってしまった自分の体を周囲から掻き集めて、何とか形を取り戻せた。

 しかしそれは元通りとは到底言えないような体で、元通りになれなかった私は大きな喪失感に苛まれることになってしまった。

 でも、すぐに私は見つけた。そして一目で分かった。私の片割れ、元は“一つ”だった存在を。

 私たちは引き寄せられるようにお互いを求め合った。

 違う個体としてこの世界に定着してしまったのか、再び“一つ”となることは叶わなかったけど、傍にいると心の内側に燻っていた喪失感が和らいでいくことを感じられて満たされる。

 それからの私は喪失感を和らげるために、ずっとその子とくっ付きながら生きていた。


 あの場所では他の魔物に襲われることなんて珍しいことではなかった。

 本能的な危機感から震える片割れ。そんな彼女の前に立ち、引っ張ることで守ろうとした。

 自分の存在が失われていく恐怖、それをもう一度味わうことが怖かったから。

 ――そう、怖いのは私も同じだった。でも、どっちも震えていたら生きていくことなんてできなかった。

 でも所詮はスライム。

 その多くが生まれてすぐに死ぬ種族な上、元々1つの個体が2つに別れた私たちは一般的なスライムの半分以下の力しか持っていない。

 魔物から隠れるように生き続ける日々、上手くやってきたつもりだったけどとうとう終わりがやってきた。

 ある日、隠れ処にしていた場所で縄張りを広げてきた魔物同士が縄張り争いを起こしたのだ。

 今なら相手にもならないような相手だったけれど、当時の私たちにまともに抗える力なんてなかった。




 あたしは片割れと一緒に逃げた。

 あたしの目にはその子の背中しか見えない。怖くて、怖くて……ただただ必死だった。

 自分だって震えているのに、そんな自分を押し隠してまで必死に抗おうとする健気な片割れ。でも、もう終わりだ。

 この先に待っているのは、どっちが先に死ぬかの違いでしかない。希望なんてなかった。諦観が心を支配していく。

 どうせなら一緒に殺してほしいとさえ思っていた。

 そうすれば、あたしもあなたも失う苦しみを感じることなく逝けるのだから。


 そんなあたしたちを救ったのは光だ。

 ――意味のある生き方を。

 希望という名の甘い蜜。選択肢なんてあってないようなものだった。だから、あたしたちはそれに縋ったんだ。

 そしてユウヒちゃんはあたしたちに名前をくれた。とても大切な名前を。

 正直なところ、最初は戸惑いしかなかった。

 だってあたしもその片割れもどこか自分と相手を同じ存在だと思っていた節があったから。

 それなのにあたしたちには別々の名前が与えられた。

 そこで初めて自分たちが異なる存在であると気付いたんだ。

 でも決して嫌な物などではなく、自然と受け入れてしまう自分たちがいた。


 それからあたしはシズクでその子はヒバナになったんだ。




 ユウヒと契約を交わし、彼女たちに付いていった私たちは初めて外の世界を見た。

 でも、私たちにはそれら全てが恐怖の対象でしかなかった。

 人間の子供ですら、私たちを簡単に殺せる。契約を交わしたユウヒだっていつ危害を加えてくるかわかったものじゃない。

 そう最初は思っていたのに、一緒に生活していくうちにいつの間にか絆されていて、無意識のうちにその温かさを求めるようになっていた。


 だから、裏切られたと思った時は本気で失望した。

 優しい言葉も居場所も全てが嘘で塗り固められたものとしか思えなかった。

 そんな時にシズが居なければきっと、私は他人を信じることを諦めていただろう。

 多分、シズは知っていたんだ。

 私と違ってあの子はずっと警戒する心を持とうとしていたみたいだけど、私がユウヒ達と心を通わせることを絶ってしまえば後悔すると知っていたんだろう。


 必死なユウヒ。

 まるで迷子のように縋り付く目で私たちを見るものだから、疑うのも馬鹿らしくなった。

 頼ってほしいなら、もっと胸を張ってほしいくらい。臆病なのはいったいどちらなのか。

 我ながら単純なもので、気が付いたらまたその手を取っていた。

 ただそれを素直に認めることができなくて、つい強がってしまうのだけれど。

 私がこんな感じだからシズには苦労を掛けてしまうのだ。




 あたしたちは生きるためにお互いの足りないものを補いながら生きてきた。

 あたしが怯えるならひーちゃんが勇気を振り絞って前に立つ。ひーちゃんが気を許すのなら、あたしは警戒し続けていよう。

 逆も同じだ。

 そうやって2人で生きることを刻み込まれていたあたしはひーちゃん以外に頼りきる術を持たなかった。

 心の全てを預けるということに恐怖して殻にこもっていた。

 そんな殻を打ち破ってくれたのもユウヒちゃんだった。

 みんなのことを信じていないわけではなかった。でも心を預けるのは怖い。

 そんなあたしの手をユウヒちゃんは掴んで、その温かい場所へと連れて行ってくれた。




 心の奥ではすぐに気を許しちゃっていたけど、突っぱねたまま踏み込めない私。

 信じて踏み出すことを選んだくせに疑う目を持ったまま壁を残していたあたし。

 矛盾を抱えた私たち。これが今までのあたしたち。

 でも変わっていきたいと思う。


 この心にはきっとみんなを信頼したいという気持ちと一歩を踏み出そうとする勇気が燻っているはずだから。


活動報告にヒバナ、シズクのイメージイラストを投稿しました。

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