17 クリスマスデート
シズクの一人称で進みます。
年の暮れ。冬の寒さも厳しくなってきた今日という日。
あたしが生まれたこの世界では12月24日なんて特別な日でも何でもない。でも、この日はあたしたち家族にとっては少しだけ特別な日。
ユウヒちゃんが生まれて、16歳になるまで過ごしていた世界。そっちの世界ではこの日はクリスマスイブと言って、お祝いをする日なんだってユウヒちゃんが教えてくれた。
ユウヒちゃんが生まれ育った日本という国もお祭り事が大好きなお国柄で、元々は外国の文化だったクリスマスも一般的な行事として受け入れられていたのだとか。
だからあたしたちも毎年この日になると家の中を飾り付けして、ご馳走を食べたり、プレゼントを贈ったりとあたしたちなりのクリスマスを満喫してきた。
でも今年は違う。今年はあたしにとって勝負の年だった。
「……まだかな」
待ち合わせ場所に選んだ噴水のそば。緊張感を紛らわせるために独り言を呟くとあたしの口から白い息が漏れるので、首に巻いたマフラーにそっと口元を埋めた。
待ち合わせ時間なんてもうとっくに過ぎてしまっている。雰囲気を出すために別々に家を出て、待ち合わせをしたのはいいけど、こうして会えないと不安にもなってくる。
「何かあったのかな……」
緊張と不安で心の中がいっぱいだ。ここに到着した時から時間を潰すために開いていた本の内容なんて一片も頭に入ってこなかった。
「……ううん、大丈夫。少し準備に手間取っているだけだよ」
自分自身を励ますために言葉を紡ぐ。
自分の気持ちに圧し潰されちゃったらダメだ。今日に備えてずっと準備してきたんだもん。みんなにも相談に乗ってもらいながらプランを立てて、特別なプレゼントだって用意した。だから頑張らないと。
今日はあたしとユウヒちゃんの――はじめてのデートの日なんだから。
「ユウヒちゃん……」
あたしは家族として愛している人に恋をしている。
あたしたちは家族なのに、そのうえで結ばれたいとも思っている。
この気持ちが家族に対する愛情とも違うってハッキリと気付いた時から今日までずっとこの気持ちは変わっていない。……ううん、それはちょっと違うな。寧ろどんどん膨れ上がっていっているから。
当の本人にはまだ気付いてもらえていないけど、絶対に諦めたくなんかない。
拒絶されるのが怖くても、想いがちゃんと伝わるのか不安でも、ユウヒちゃんが気付いて答えを出してくれるまでは想い続けていたい。
そうしてあたしが決心を固めた――次の瞬間。
「ひゃっ!?」
「わっ!?」
突然冬場には似つかわしくない暖かい風が吹いて、その驚きから声を漏らしてしまう。でもその声はあたしだけの声じゃなかった。もう1つの声は噴水の反対側から聞こえてきていたと思う。
それが大切な人の声だと気付いた時には噴水の反対側へ回ろうと体が動いていて、同じように回り込んでこようとしていたその人とばったり鉢合わせた。
「シズク!」
「ユウヒちゃん!」
さっきまで不安でいっぱいだったのに、こうして会えた今は安心と喜びで心が満たされる。
これが待ち合わせの醍醐味なんだ。同じ家に住んでいて、わざわざ待ち合わせするなんて無駄なんじゃないかと内心思ってはいたけど、そうじゃないと反省。
「お互いに噴水の逆側にいて気付かないなんて……携帯電話がないとこんなこともあるんだね」
寒空の下、待っているのも辛かっただろうにユウヒちゃんはそれすらも楽しいとこっちに思わせてくれるような顔で笑っていた。それがなんだか嬉しくて、あたしまで笑顔になってしまう。
「それにしても今日は寒いね。私もすぐに気付いてあげられたらよかったんだけど……シズク、待ってるあいだ大丈夫だった?」
あたしが特に寒がりなのを知っているから、こうしていの一番に心配してくれるユウヒちゃんはやっぱり優しい。
正直な話、緊張でそれどころじゃなかったから平気も何もあったものじゃないんだけど――。
「うん、あたしは本を読んでいたから平気だったよ」
――なんて、正直に話すと格好が付かないからって見栄を張っちゃった。
「そうなんだ。……あれ、でもシズク……その本、上下逆……」
「え……」
手に持ったままだった本に視線を落とすと、確かにユウヒちゃんの言ったように上下が逆さになっていた。……多分、緊張のあまり逆に持っていることにも気付かなかったんだ。
このままではあまりにも格好が悪い。
「……逆側から文字を読むことで頭の回転を速くするトレーニングも兼ねてるの」
「あ、そういうことか! すごいねシズク、そんなこともできるんだ」
いかにも感心した、という表情のユウヒちゃんに見つめられて、あたしとしては身の縮む思いだった。……ごめんなさい、もうこんな嘘はつきません。
あたしはそっと本をしまう。
「……えっと、そろそろ移動する?」
「うん。シズクの立ててくれたデートプラン、楽しみにしてるね」
ユウヒちゃんの言葉から分かるように、これがデートであることはお互いに知っていることではあるけど、あたしとユウヒちゃんで少しだけ認識が違う。
それはクリスマスが世の恋人たちにとっても特別な祭典である、という一面を持っていることを知ったあたしが「クリスマスデートというものを体験してみたい」と最初に持ち掛けたためだ。
ユウヒちゃんはそれがあたしの興味本位による発言だと思っているだろうし、それにユウヒちゃんは付き合ってくれているに過ぎない。
でも形がどうであれ、あたしがやることには変わらない。
「じゃあまずはこの通りを歩いて公園の方まで行こう?」
「了解。……あ、ごめん。ちょっと待って。シズク、リップクリームって持ってないかな?」
「リップクリーム?」
「うん。《ストレージ》に入れていたつもりなんだけど、家に忘れてきちゃったみたいで」
申し訳なさそうにしているユウヒちゃん。
とにかくそんな顔をしてもらいたくはないので、すぐに《ストレージ》の中からリップクリームを取り出し、ユウヒちゃんに手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。……あ、これ私が今使ってるのと同じやつだ」
「う、うん。ユウヒちゃんが使っているのと同じ物なら安心かなって」
つい誤魔化しちゃった。別にリップクリーム自体に興味はなくて、本当はユウヒちゃんと同じものが欲しかっただけなのに。
「せっかく作ってもらったものだから、色々と使うようにはしているんだけどね」
そんなことを口にしながら、ユウヒちゃんは両手の手袋を外す。多分、そのままだとリップクリームの蓋が開けづらかったんだと思う。
ユウヒちゃんが言うようにこのリップクリームという固形の軟膏。実は元々販売なんてされていなかった。
でもユウヒちゃんが前にいた世界では普及していて、それがないと困るということで研究に研究を重ねてどうにか作り出してもらったという経緯がある。
その利便性の高さから、今では色んなところから販売されていて一般にも浸透してきているけど。
「わっ、ほぼ新品。なんだか申し訳ないね」
「気にしないで。手に入りづらいものでもないし、あたしはあんまり使わないから」
「シズクが気にならないならいいんだけどね」
そう言ってリップクリームで唇をなぞっていくユウヒちゃん。その光景を見て、あたしはとんでもない思い違いをしていることに気が付いた。
これって間接キスじゃ……。それにユウヒちゃんが今塗っているリップクリームはこの後、あたしの元に帰ってくるってことで……。
カーッとあたしの顔が熱くなる。とにかく顔を見られまいと腕で顔を覆っておく。
「シズク、ありがとね」
「う、うん」
まだ顔の熱は収まりそうにないので、顔を覆いながらもう片方の腕を伸ばし、リップクリームを受け取ろうとする。……緊張のあまり手が震えてきちゃった。
「――シズク!」
「ひゃぁ!?」
リップクリームを受け取る瞬間、ユウヒちゃんがあたしの手を包み込んできた。すごく温かいけど、今はそれどころではない。
――え、なに、もしかしてあたしの邪な気持ちがバレちゃった? ど、どうしよう……。
「すっごく冷たい。手袋、どうしたの?」
「て、手袋……? あ、そういえば家に置いてきたままかも……」
「言ってよ……もう、かわいそう……」
あたしも他のことでいっぱいいっぱいだったせいで、ずっと気付かなかった。
とにかく思考を見透かされたわけではないと分かったのは一安心だけど、一度寒さを実感してしまうと手袋のない両手がかなり辛い。
あたしにとって冬場の手袋は必需品だ。
「今から取りに帰るのもあれだし、今日は私の手袋を使って」
「そ、それだとユウヒちゃんが寒いからダメ!」
手袋を忘れてきたのはあたしのミスなわけで、そのせいでユウヒちゃんが代わりに辛い思いをするのなんて絶対にイヤだよ。
そんなあたしの気持ちを汲んでくれたのか、ユウヒちゃんは少し考える素振りを見せた後、ある提案をした。
「じゃあ片方だけ」
そう言ってユウヒちゃんは左手用の手袋を差し出してくる。
「でも……」
「いつもと同じだよ。困ったときは支え合う。大丈夫、ちゃんと寒くならないように考えているから」
いつものようにあたしに安心感を与えてくれる笑顔を浮かべるユウヒちゃん。
いいのかな、なんて思いながらもあたしはおずおずと手袋を受け取り、ユウヒちゃんの温もりが残るそれを利き手である左手にはめる。
――ユウヒちゃんの手袋、大きくてすごく温かい。
まるでユウヒちゃんの手に包み込まれているみたい、なんて思っちゃったりもして。
「じゃあ次は右手」
「え?」
もう片方の手袋で己の右手を覆ったユウヒちゃんが外気に晒されている左手をこっちに差し出してくる。
「シズクは右手を出して。手を繋ごう?」
これこそがユウヒちゃんが考えついた案だったのだ。
突然の要求に動けないでいるあたしの右手を己の左手で持ち上げたユウヒちゃんが、こっちの指の間にユウヒちゃんの指を絡めるようにしてギュッと握ってくる。
「ね、これなら寒くないでしょ?」
そう言って微笑みかけてくるユウヒちゃんの顔を見た途端、色んな感情が内側から溢れ出してきた。……感極まって涙が出そうだけど、それだけはグッと我慢する。
「それにこっちの方が恋人っぽく見えるよ。今日は私とシズクのクリスマスデートだもんね」
当然こっちの本心なんて意識していない発言なんだろうけど、どうしてそんなことが言えちゃうのかな……もう……。
続きます。




