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13 大嫌いなあなた

三人称視点です。

 神界に建てられた一軒家。その屋根の下では7人の少女たちが共同生活を送っていた。

 だがもうすぐお昼時となる今現在において、家の中にいるのはたったの2人だけである。


「ん……ふわぁ……」


 二階にある自室から出て、一階のリビングへと続く階段を降りてくるパジャマ姿の少女――シズクは小さく欠伸を漏らした。

 そんな彼女に気付いたのか、階下のリビングに設置されたソファーの上で好物のハチミツ砂糖漬けレモンをつまみつつ、手元にある読み物に目を落としていた金髪の少女――コウカが視線を上げる。

 そして口元に微笑を携えながら口を開いた。


「おはよう、シズク」

「……おはよ」


 目を擦りながら繰り出されたのはどこか朧気な返答だ。

 決してシズクは朝に弱いわけではない。姉妹の中で見ても比較的強い方ではあるだろう。つまり、そこから導き出される事実はただ一つ。


「また夜更かしですか?」


 困ったように微笑むコウカは手に持っていた書物をソファーの上に置き、小さなトングを使って輪切りにされたレモンを挟み込むと、自身の左手を受け皿にしつつシズクへと差し出す。

 だがシズクはつかつかと歩み寄って来たかと思えば差し出されたレモンに噛り付くこともなくその傍を通り過ぎ、どういうわけかそのまままっすぐコウカへと歩みを進めようとするではないか。


「ちょちょちょっ――」


 妹の意図に気付いたコウカは慌てふためきながら、どうにかトングとレモンを容器に戻すことに成功した。

 その直後、彼女の太腿に衝撃が走る。


「――ぐえっ」


 カエルが潰れたような声を上げるコウカ。そんな彼女の膝を占領した当の本人は姉の上げた声など露ほども気にせず、まるで姉の体を背もたれにするような体勢でくつろいでいるようだ。

 それどころかコウカがつまんでいたレモンを我が物顔で口にする始末である。


「んぐ……先代の女神様が遺した自動調整機能の解析をね」


 爽やかな香りと甘酸っぱい酸味によってさっぱりとさせた口で数十秒前の問いに答えたシズクは2枚目のレモンを口に含んだところでようやくトングを置いた。


「シズク、行儀が悪いですよ」

「あたしだってみんなの目があるところではこんなことやらないよ」


 このような“雑”とも言えるスキンシップができる相手は限られており、シズクの視点からすればそれはコウカだけとなる。敢えて他の可能性を挙げてみるとヒバナくらいか。それも他の誰かに見られている状況下では絶対にやらないだろう。


「ふむ……」


 リラックスした様子で全体重を預けてくるシズクを見て、沸々と悪戯心が湧いてきたコウカは口を開くと大仰な声を上げた。


「あっ、マスター!」

「――ッ!?」


 眠たげにしていた目をカッと見開いたシズクが慌てて飛び上がる。

 今の姿を一番見られたくない相手がユウヒだ。自分のことを少しでも良く見せたいと思うのは彼女がユウヒの前ではただの純情な乙女であるが故だ。

 そんな妹の様子をよそに悪戯が成功したことに加え、思いのほか好反応が得られたと気分を良くしたコウカはあっけらかんとネタバラシを始める。


「なーんて、マスターはヒバナと一緒に買い出しに行って――ぐあっ!?」

「……っ! ……っ!」


 乙女心を弄ばれたシズクは気恥ずかしさと怒りで何度も何度も尻餅をつくように体重を掛ける。

 その度にコウカの呻き声がリビング中に響きわたっていた。




「――はぁ、おかげで目が覚めちゃった」


 ようやく気が晴れたのか、ぽすんと姉の上に腰を落ち着けたシズクは傍らに置かれていた書物を手に取る。それはシズクが2階から降りてくるまでコウカが読んでいたものだ。


「なにこれゴシップ誌? コウカねぇ、こんなの読むの?」

「あることないこと書かれていて、意外と面白いんですよ。わたしのオススメは『精霊姫不仲説』の記事です」

「ふーん。まあ、今さらだよね」

「シズクはわたしのことが嫌いって公言していますからね」

「違うよ、()()()だよ?」

「ぐふっ」


 突然、大振りの言葉の刃物に刺されたことでわざとらしく声を漏らしたコウカ。流石に言われ慣れているので、昔のようにショックを受けることもなくなったようだ。

 そもそもシズクがコウカに向ける“大嫌い”という言葉に悪意が全くといっていいほどに内包されていないということもある。


「……まあ、不仲なら不仲って勝手に思わせておいたらいいよ」


 そして雑誌自体には微塵も興味が湧かなかったのか、シズクは表紙だけをそっと指先で撫でるとそのまま元の位置に雑誌を戻してしまった。


「ところでさ、いま家にいるのはコウカねぇとあたしだけ? 珍しいね」

「ですね。さっき言いましたけどマスターとヒバナは買い出しに行っていますし、ダンゴはラモード王国に行くとかで。ノドカとアンヤはそれぞれ――」

「いつも通り合唱団の練習とお芝居を観に行っているんだよね」

「ふふっ……ええ、ウキウキで出掛けていくアンヤの姿をシズクにも見せてあげたかったです」

「やっとチケットが取れたって何日も前からずっとそわそわしてたもんね」


 すっかり姉の顔になった2人が頭の中に思い浮かべるのは、かなり競争率の高い劇団の抽選販売に当選して入場チケットを手にした時のキラキラとした目をしたアンヤの表情だ。

 そのチケットを手にした日から彼女はそれを毎晩枕元に置いて寝るなど、明らかに浮かれていたものである。


「シズクも今日は休みですよね」

「そうだね。だから“世界の自動調整機能”の解析を進める予定」

「解析は順調ですか?」

「正直、なんとも言えないかな」


 世界の自動調整機能とは、先代の女神ミネティーナと大精霊たちの手により気が遠くなるくらい永い年月をかけて作り上げられたハイテクなシステムのことを指す。

 本来であれば女神や精霊が手動で担っていた業務の大半を自動で補助してくれる、謂わば世界の理に基づいて世界というものが滞りなく運用されるための調整役というわけだ。


「ただでさえ高度な技術が使われていて訳が分からなくなりそうなのに、先代の人たちが後から適当に機能を増やしていっているみたいだから構造がもうぐちゃぐちゃ。でも、やっぱり管理ができる状態にはしておきたいし」


 だがその仕様等を理解していたであろう先代女神と大精霊たちはこの世を去り、システムだけが今も変わらず神界の地下深くで稼働を続けているのが現状だった。

 つい最近になってそれを解析しようとしているのが、理解が及ばないものを理解が及ばないままにしておきたくない性質のシズクだ。

 彼女も最初は好奇心から調べはじめたようだが――。


『メンテナンスとシステム更新も全て自動でやってくれるすごい機能ちゃんです! システムチェック関連もそれはもう万全なので万が一にも暴走する心配はありません! 機能の追加方法等がわからなくなった子はわかる人に聞いてくださいね! 開発責任者ミネティーナより』


 ――とだけ記された先代が遺した仕様書とは到底呼べないような仕様書のいい加減さに対する怒りから躍起になってしまったのだとか。


「そういえばマスターは何か知ってそうでしたけど、結局その辺りはどうなったんですか?」

「ユウヒちゃんが前にいた世界でも似たようなものがあったみたいなんだけど、“こんぴゅーた”? とか“ぷろぐらみんぐ”? とか……“ぱそこん”っていうのは持っていたみたいだけど構造や仕組みまでは詳しくなかったみたい。そもそもそっちの世界に魔法はないから中身も全然違うはずだし」

「自動調整機能と言っても魔法術式の重ね合わせですからね。わたしはもうチンプンカンプンというか、複雑すぎて見ただけで辟易しますが」

「それを読み解くのが面白いんだけどね。とにかく今は何かきっかけがないか探しているところかな」


 その言葉を聞き、コウカは思案する。


「きっかけ、か……日記とかはどうです?」

「日記?」

「ミネティーナや大精霊たちの日記です。たしか彼女たちの屋敷に残ってましたよね」


 自動調整機能が女神ミネティーナと大精霊たちによって作られたのだとすれば、彼女たちが記していた日記のどこかに情報が残されている可能性が高い。

 だが、それには膨大な量の日記を読まなければならないわけでかなり手間の掛かる作業となる。


「……そういえばさ、コウカねぇ。前にあたしの手伝いがしたいって言ってくれたよね」

「今もですよ。解析の手伝いはさすがに荷が重いですが、作業中の差し入れとかこうして椅子になることでシズクの役に立てたらな、と」

「そんなコウカねぇに重要な役割を与えてあげるね。先代の人たちの日記から自動調整機能に関する記述を見つけてきて」

「……えー」

「コウカねぇが言い出したんだよ? 責任とってね、はい決定」


 面倒くさそうに顔を引きつらせるコウカだが、内心頼られていることに少し喜んでいたりもする。


「別に今日明日でとかそういう話じゃないよ。あたしも解析には数年どころか少なくとも数十年は掛かるって見積もってるからのんびりと読み進めておいて。それでコウカねぇがヒントを見つけられたら御の字」

「……まかせてください。絶対に見つけ出してみせます」

「うん、期待しないで待ってるね」

「そこは期待してるよって言ってください」

「え、やだ」


 そんなやり取りをしながら互いに声に出さず笑っていた両者であったが、不意にシズクの腹の虫が鳴くとすぐに食事の話題へと移った。


「もうすぐお昼だし、さすがにお昼ご飯かな」

「ヒバナもマスターもお昼は外で食べてくるみたいなので、わたしが作りますよ」


 言うが早いか、シズクの腰に回していた手を解いたコウカはシズクの体を抱き上げ、ソファーの上へと移す。そして腕まくりをしながらキッチンへと向かっていった。

 それを見てシズクもよりキッチンに近い食卓へと移動し、そこで本を読みながら昼食が出来上がるのを待つことにしたようだ。




「丼ものかパスタ、どっちがいいですか?」

「丼もの。お肉系」

「なら牛丼で。あまり凝ったものじゃなくて申し訳ないですけど」


 ユウヒかヒバナがいる時であれば問題ないが、不在時には外食で済ませるか自分で食事を用意しなければならないということもあって、不器用な自覚のあるコウカも彼女なりの料理術を身に付けるようにまでなっていた。

 手間暇かからずガッツリと、が料理を作る際の彼女のモットーだ。


「ひーちゃんなら彩りとかも気にするからね。でもコウカねぇの大味な料理、あたしは好きだよ」


 本に目を落としながら事無げに告げるシズクの声に絶賛調理中のコウカは顔を綻ばせる。


「嬉しいです。じゃあそんな料理を作るわたしのことは好き? 嫌い?」

「大嫌い」

「ぐはっ」


 間髪を入れずに返ってきた言葉にまたもや取ってつけたような声を上げるコウカ。その声を聞いたシズクは小さく息を吐いた。


「……その質問よくしてくるけど、好きとか嫌いとかわざわざ気にしなくていいよ。コウカねぇはあたしに好かれようとしなくても、無理に変わろうとか思わなくてもいい」

「どちらかと言うと好かれたいわけではありますけど……」

「コウカねぇが約束を守ってくれている以上、求められるものなんてないって言いたいの」


 シズクが口にした“約束”という言葉が何を指すのか、コウカも思い至った様子だ。それは2人だけの間に交わされた一番大切な約束事。


「約束したでしょ。一生一緒にいたいって思える人でいてねって」

「……いいんですか、シズクの大嫌いなわたしのままなのに?」

「あたしがいいって言っているんだからいいんだよ。あたしにとって“大嫌い”って言葉はコウカねぇだけの特別で、昔から信じてきたのがそんなコウカねぇなわけだし。あたしはその“大嫌い”を簡単に手放したくはない」

「……シズクがそう言ってくれている以上は納得するべきなんでしょうけど……なんだか難しい話ですね」


 シズクにしては珍しく要領を得ない話し方をするものだとコウカは首を捻る。妹が“大嫌い”という言葉に何やら強いこだわりを見せていることしかわからないのだ。


「そもそもの話、さっきみたいなことをあたしが誰にでもすると思ってる?」

「さっきと言うとわたしを椅子にしていたことですね。……いえ、シズクはまず他人を近付かせたがらないですよね」

「そうだよ、あたしがこの世で一番信頼している相手は自分の家族なの。身も心も委ねることができる唯一の存在が家族。そしてコウカねぇもあたしの家族。変わらなくていいって言ったのはそういうことだから。……まだ納得できない?」


 少し回りくどい言い方ではあるが、これでもさっきよりかはストレートな言葉を選んだつもりだ。それを証明するように、彼女の頬は些か赤い。

 10年前の約束から今まで明言はしてこなかった自分の気持ち。それを自分なりの言葉で伝えてしまったのだ。今度こそコウカにもしっかり伝わってしまったはずなのだが、当の本人からの反応がない。

 今の心理状態では本を読むこともままならず、シズクは訝し気にキッチンへと視線を向けようとする。

 ――そんなシズクの頭が温かい感覚とシトラス系の香りによって包まれる。


「はぁ……こんなに可愛い子がわたしの妹なんですよ。そんなの愛おしすぎるじゃないですか」

「……い、意味わかんないんだけど……」

「意味わかんないですか?」

「……わ、わかんないことはないけど」

「ふふっ、ならよかった。ちゃんと伝わりました」


 どこまでも優しい声に却って落ち着かなくなるシズク。

 確実に心は通じ合っているのだが、今の状況に慣れるには時間が掛かりそうである。


「大嫌いな人と一生一緒にいたいだなんて、シズクは変わっていますね」

「……こんなあたしのことを大切に思ってくれているコウカねぇもね」


 この体勢は火にかけた鍋が吹きこぼれるまで続いたそうな。





続きます。

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