12 自慢の姉妹 ②
三人称視点です。
「へぇ、ここのギルドマスターってキミのお父さんがやってるんだ」
「めんどくせぇ仕事ばっか吹っ掛けてくるんだぜ。身内なら少しは優しくしろって」
「キミのお父さん、昔から厳しそうだったもんね」
ジョナタに対し、最初は昔の焼き増しのように刺々しく対応していたダンゴも会話を続けていくことで次第に毒気が抜かれていく。
チビと呼ばれたことで常に怒っていたダンゴと思春期の真っ只中で不貞腐れたような態度を取ることが多かったジョナタ。
あれから10年の月日と様々な経験を経て、軟化したジョナタの雰囲気にダンゴが釣られるような形だ。
「あっ、そういえばさ」
「あん?」
「昔、キミと一緒にいた友達。たしか黒髪の……オスカルだったっけ。オスカルはここで働いてないの?」
ダンゴの記憶ではオスカルという少年が常にジョナタと一緒にいた。だから何の気なしにそう問い掛けたのだ。
「オスカルは独り立ちして、今は都で暮らしているんだ。もう2年くらいになるか」
「キミは一緒に行かなかったの?」
「その時、オレはもうここで働いてたからな。それでもアリーチェとの関係にまだ決着がついていなかったら意地でも行ったかもしれねえが、オスカルに先を越されちまった以上争うつもりもねえし……少なくともアイツらが結婚するまではこっちにいるだろうな」
そんな彼の呟くような言葉に反応したのはダンゴ――ではなくアンヤだ。
「……それって三角関係? 聞かせて……もっと詳しく」
興味津々だと表現するように体を乗り出しているアンヤ。目を輝かせる彼女にジョナタは困惑し、ダンゴを見遣る。
「なあ……お前の妹、復活したと思ったらいったいどうしちまったんだ?」
「えっと、なんていうか……アンヤって芝居とかが好きで最近はよく演劇を観に行ったりしてるんだけど、物語の中に出てくるような“人の恋路”とか、それこそ“三角関係”とかどうしても気になっちゃうみたいで時々こうなっちゃうんだよ」
「ああ」
ジョナタも納得がいったらしい。
「気を悪くしたらごめんね。なんか話しづらそうな話題だし、別に何も話さなくて大丈夫だよ。ほら、アンヤもあんまり無遠慮に首を突っ込みすぎると失礼になっちゃうからね?」
「……いや、別にいい。いい加減、オレも気持ちを整理しなきゃならねえって思ってたしな。誰かに語るのも悪くねえだろ」
ダンゴは気遣うような視線をジョナタへと送るが、彼は構わずに口を開く。
「――まず前提としてオレとオスカルにはアリーチェっていう共通の幼馴染がいる」
「たしかボクたちがキミたちの為に取ってきたアイゼルファーっていう食人植物もその子の為に必要だったんだよね」
「ああ、アリーチェは生まれた時から肌が弱かったからな。でもお前たちが取ってきてくれたアイゼルファーを使った薬のおかげもあって今は外も出歩けるんだぜ? ……あの時はありがとな」
「ううん。役に立ってくれたなら何よりだよ」
そんな和やかな会話の後、「話が脱線したが」とジョナタが言葉を続ける。
「ぶっちゃけるとオレたちはアリーチェに恋をしていた。ガキの頃からオレはオスカルがアリーチェのことが好きだと気付いていたし、アイツもオレがアリーチェに向ける想いには気付いていた。言ってしまえば仲間であり、ライバルでもあったってことだ。だから互いに励まし合ってたし、どっちの想いが届いても恨みっこなしだなんて話したりもしてな」
それからジョナタは彼ら3人の関係が進展していく様を語り、最後に「結局、想いが届いたのはアイツの方だった」と締めくくった。
「そっか、だから身を引いたんだ。恨みっこなしっていう約束だもんね」
「正直悔しいが、祝福してやりてぇっていうのは嘘じゃねえしな。アイツらは大切な幼馴染であり、親友だ」
「……なんか見直した。キミ、意外といいヤツだったんだね」
「オレはダチには優しいんだよ」
ジョナタとそんなやり取りをする中、ダンゴはふとアンヤの様子が気に掛かった。そして彼女に視線を移した途端、アンヤがポツリと呟く。
ありがとう、とただその一言だけの感謝の言葉を。
「お、おう」
「あーこれは……アンヤってば、感情が振り切れちゃってる」
「なんだそれ?」
疑問を呈したジョナタにダンゴは今のアンヤがどういった状態なのかを説明する。
「アンヤって演劇とかを観に行った後は感想を語りたがるんだけど、本当に感動したりするとしばらく何も言えなくなっちゃうみたいなんだよね。そんな時は“よかった”とかそれしか言わないんだ」
「つうことは今は……」
「キミたちが送ってきた恋と友情が織りなす青春物語に感動しちゃってるってこと」
「青春物語って……お前の妹、想像力豊か過ぎんだろ」
「アンヤは感受性が豊かなんだよ。人の気持ちに寄り添える優しい子なの」
アンヤが再び復活するまでの間、彼らは様々な話題を上げて言葉を交わしていた。
そうして――。
「――つうか時間ヤベぇな。いつの間にか話し込んじまっていたか」
なんだかんだで楽しげに話をしていた彼らだが、それでも終わりの時間はやってくる。
ギルド職員である彼もさすがに持ち場を離れすぎたらしい。このままではギルドマスターである父から叱責されるとか。
「そろそろ持ち場に戻らねえと本気でどやされる」
「ならボクたちも今日はお暇しよっかな。キミと話すのも結構楽しかったし、また来るよ」
「おう。それじゃあ……いや、ちょっと待て」
退席しようとしたダンゴたちを呼び止めたジョナタ。彼は何やら妙案が思い浮かんだ、といわんばかりの表情を浮かべている。
「8日後って時間あるか?」
「8日後?」
「実はその日、ここらの地域一帯を治めるルーペス家の分家から令嬢が視察に来るっつう話が出てるんだ。その令嬢――リア・ラピス嬢は冒険者からも話を聞きたいと言ってるみたいでな」
「ボクたちにその役目を任せたいってこと?」
「話が早くて助かる。親父からもいい加減目星くらいつけとけって催促されてるんだ」
ダンゴは腕を組み、悩む素振りを見せる。
「正直、ボクたちって冒険者ではあるけど活動の仕方とかけっこう特殊だと思うよ? それでもいいの?」
「そんなの些細な問題でしかねぇ。それ以上に令嬢相手に粗相する方がヤベぇからそこら辺の冒険者には頼めないんだ。お前たちなら歳も近いし、礼儀作法も完璧なんだろ?」
そこら辺の冒険者に頼めないと聞いて、「それもそうか」とダンゴも得心がいった様子だ。彼が語った内容をじっくりと咀嚼した彼女は振り返り、アンヤにも確認を取る。
「8日後なら多分大丈夫だよ。アンヤも予定はなかったよね?」
「うん。帰ったらますたーたちにも確認と報告」
「そうだね」
これには“ダメで元々”くらいの気持ちで頼んだジョナタも表情を明るくした。しかし、ダンゴの意識は別のところに行っているようだ。
「それにしてもリア、かぁ……」
「なんだ、知ってんのか?」
「ううん。いやさ、家名も持ってなかったから別人なんだろうけど、昔少しの間だけリアっていう小さい女の子とご飯食べたり、眠ったり、遊んだりって感じで一緒に過ごしていたことがあるんだよ」
リアは10年前にユウヒたちが一時的に保護していた幼い少女の名前だ。
出会いは冒険者ギルドの中で、彼女は臥せた母親を救うために冒険者に助けを求めていた。医者に診てもらう金もなく、どうにか助けてもらおうと冒険者に懇願していたところに通りかかったのがユウヒたちだったのだ。
「あれからまだ一度も会えていないし、お母さんの実家に帰るとか言ってたけどそれもどこかわかんないしで……いつかまた会えるといいんだけど」
ダンゴは姉妹の中でも特にその少女と仲がよかった。だから気掛かりではあるのだろう。
「10年経った今じゃリアも大きくなってるだろうし、街中ですれ違ったとしてもわかんないかもなぁ」
「お前は変わんねぇんだから向こうが気付くだろ」
「なんだと!? ボクだって大きくなってる!」
「やべ」
失言だったと気付いた時にはもう遅い。揶揄う意図もなく、何気なしに出た言葉だったために余計にどうしようもない。
最後の最後にジョナタは地雷を踏み抜いてしまったようだ。
「だいたいキミは――もごっ!?」
「……さっきいい加減にしてって言った」
だがダンゴの暴走をアンヤは決して許さなかった。彼女は後ろから姉の体に組み付き、その口を手で抑え込む。さらに実体化させた影魔法で全身を縛り付けるなど、完全に実力行使の姿勢だ。
「……最初からこうすればよかった」
「むぐぅ……!」
「あまり喋ろうとしないで……くすぐったい」
生ぬるい吐息が手に掛かり、アンヤは身を捩る。それでも抵抗を続けるので、手の代わりに影魔法を使ってダンゴの口を塞いだ。
「おい、大丈夫なのかよ」
「ん、どうせすぐに機嫌も直る」
そのまま影魔法で縛ったダンゴを連れて無理矢理退出するつもりのようだ。
「……それじゃあ、また8日後」
「ああ、頼む。まあ姉ちゃんがいつもこの調子ってのは大変だろうが、強く生きろよ」
「……わかってくれたみたいで嬉しい」
こうしてアンヤはこの日、自分の理解者を増やしたとか。
◇◇◇
冒険者ギルドを出たことで影魔法から解放され、ついでに冷静さも取り戻したダンゴが頭の後ろで腕を組む。
その隣ではどこか疲れた様子のアンヤが好物のチョコレートをやけ食いしていた。
「んー、なんかつい話し込んじゃったなぁ。結局、今日は依頼も受けてないや」
「なのにどっと疲れた」
「そう?」
「……大体は姉さんのせいだから」
今は呆れが強いが、アンヤがダンゴに抱く想いは複雑だ。彼女の中では並々ならぬ想いが渦巻いている。
「いい加減、小さいって言われたくらいで騒ぎ立てないで」
「えー……ムカッとするじゃん」
「普段の姉さんなら怒ったくらいじゃ騒がない、でしょ」
「そうだけど……こればっかりは下に見られてるみたいで妙に癪に障るのっ」
「……だからって一々暴走しないでって言ってる。場を収めることになるアンヤの身にもなってほしい」
ダンゴは今日、何度も暴走しかけている。もうこの際なので、アンヤも不満をぶつけるつもりだ。
「……姉さんは理不尽。呼び捨てにするだけで怒る」
「ボクは妹からはちゃんと“お姉ちゃん”って呼ばれないと嫌なの」
「……ますたーたちには甘えるのに、アンヤには甘えようとしない」
「そこはまあ、ボクはお姉ちゃんだし。威厳とかがあるから」
「……何故かアンヤに対しては横暴なところがあるから本当にめんどくさいし、本気で鬱陶しい時がある」
「うっ……“お姉ちゃんらしくしようとし過ぎて空回ってるよ”って主様や姉様たちにも言われてるんだけどね……なんか癖になっちゃっててさ……アンヤはベタベタされすぎるのイヤなのもわかってはいるんだけど」
「それは別にいい」
「え?」
アンヤはひとつ咳ばらいをすると「忘れて」と話を続ける。
「……とにかくアンヤが言いたいのは、姉さんのかっこいいところを残念なところで上書きしないでってこと」
「ちょっと待って。そういう話だった?」
「そういう話だった」
毅然と言い放つアンヤ。対してダンゴは自分の気付かぬうちに話の方向性が変わっていることに混乱してしまっている。
「さっきまでのは残念な時の姉さんの話。……普段の姉さんは優しくて頼りになるし、アンヤを引っ張っていってくれて、守ってくれる。そんな自慢のお姉ちゃん」
「あ、もう……えへへっ、急に褒めないでよ」
「……だから周りの人に誤解されて欲しくない。本当はすごくかっこいいってことを知ってもらいたい。……アンヤが大好きな“お姉ちゃん”のことを自慢させてほしい」
アンヤがここまで饒舌に語るのは非常に珍しい。
彼女の熱がこもった言葉に呆気に取られてしまっていたダンゴが恐る恐る口を開く。
「……そんなふうに思っててくれたの?」
「昔からずっと」
「昔から……ずっと……」
言葉にできない、とはまさにこの事だろう。真っ直ぐすぎる告白にダンゴはらしくもなく片手で口を押え、頬を赤く染めている。
アンヤも伝えたいことは大体伝えきったと考えているのか、今は黙ってチョコレートを食べていた。
「あ、うぅ……そ、そういう照れくさくなっちゃうような話は禁止だってぇ!」
「存分に照れればいい」
「何その言い方! さては揶揄ってる!?」
「揶揄ってない。本気で言ってる」
「――ッ! だからぁっ!」
完全にペースを乱されている、とダンゴも頭では理解しているが心が追い付いてこない。
実際には今日ダンゴに揶揄われたことに対する意趣返しも含まれているのかもしれないが、アンヤの言葉にこもった想いは嘘などではないからタチが悪い。
「もう……もう……っ!」
ダンゴは妹にグッと近寄り、その手を掴む。妹のひたむきな想いに応えたいと思うのは彼女にとっては当然のことだろう。
「いつか……そう、いつか。自分でも胸を張って“アンヤの自慢のお姉ちゃんだよ”って言えるようになるから」
「……なら約束」
ダンゴの前に何かが飛び込んでくる。
それが手を繋いでいる方とは逆側のアンヤの小指だと理解したダンゴは自身の小指をその指に絡め、指切りを交わした。
約束の呪文を唱える長いようで短い時間を経て、絡み合っていた小指はゆっくりと解かれていく。
「えっと……じゃあそろそろノドカ姉様が迎えに来てくれる頃だろうし、行こっか」
「うん。……姉さん、口開けて」
「え? ……こう?」
アンヤの手を握ったまま、郊外に向かって歩みを進めようとしたダンゴが妹からの催促を受け、その口を大きく開く。傍から見たら少し間が抜けて見えるが。
そんな彼女の口にアンヤは甘い香りのする何かを押し込んだ。
「んぐっ」
「今日のチョコレートは特別。姉さんへの感謝と期待の気持ちを込めた」
「……そこまでされちゃ、余計にガッカリはさせられないね」
そう言って微笑みかけてくる姉を見て、アンヤは目を細めた。
「――あ、そうだ。言っておくけど、アンヤだってボクの“自慢の妹”だからね」
「それは知ってる。……姉さんがよく口にしてるから」
繋いだ手を強く握った2人は並び立ち、太陽が沈みゆく方向へ向かって歩いていく。
少し変化した雰囲気を纏いながら家に帰ってきた彼女たちにユウヒたちは「2人の間に何があったのか」と目を丸くしたのだとか。
8日後、再び冒険者ギルドを訪れた彼女たちが大きく成長した旧友と再会し、そこで一波乱が起きることになるのはまた別の話である。




