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12 自慢の姉妹

三人称視点です。

 昼時の冒険者ギルドは人で溢れ返る。

 午前中に受けた依頼の達成報告をする冒険者。午後からこなす依頼を吟味し我先にと受付カウンターへ向かう冒険者、と特に依頼掲示板の前と受付カウンターは混雑気味となってしまう。

 そんな冒険者ギルドの片隅。喧騒の中心からやや外れたテーブル席に陣取っているのは2人の少女だ。

 彼女たちの目の前にはギルドで注文したのか、氷入りのレモネードのグラスがあり、ここで時間を潰すつもりであることが窺える。


「なんか……眠くなってきちゃったなぁ……」

「お昼ごはん食べすぎ。……それだけ食べたらあとで絶対に眠くなるって、ちゃんと言ったのに」

「抑えなきゃなって思ってはいたんだよ? ……でも、ついパクパクっとねぇ……」


 テーブルに突っ伏し、完全に蕩けてしまっているダンゴを見たアンヤはやや呆れた様子で小さく息を吐くと、目の前のグラスを掴んでその中身を喉に流し込んだ。

 からん、と氷同士がぶつかる音が響く。


「……依頼、見てくる」

「んー、何か面白そうなのがあったら……キープしといて……」

「ん」


 立ち上がりながら短い返答をしたアンヤは突っ伏したままのダンゴを一瞥した後、依頼掲示板へと視線を移した。

 冒険者にはランクがあり、依頼もそのランクに応じたものを受けることができる。アンヤは現在Aランクであるため、基本的に掲示板に貼り出される依頼であれば制限もない。そのため、まずは比較的人の少ないAランクの依頼掲示板の前まで行く。

 Aランクの依頼を眺めている少女の姿は人の目を引き付けるが、周りの人間たちも子供が好奇心から最上位の依頼を見ているだけだろうと判断し、次第に気にすることもなくなっていったようだ。


「……()()()()()って」


 そう独り言ち、振り返ったアンヤの視線の先には微動だにしないダンゴの姿がある。……いや、その背中が緩やかなリズムで上下していることから寝入ってしまっているのかもしれない。

 とにかくAランクの依頼掲示板にはお目当ての依頼はなさそうだと判断したアンヤはその隣にあるBランクの依頼掲示板に目を遣る。

 彼女が姉から受けた要望はかなりアバウトなものであり、そこから読み取れるのは精々“報酬は度外視でいい”くらいのものだ。

 そうなると低ランク依頼から順番に見ていった方がいいのではという思いがアンヤの中にも湧き上がってくるが、とりあえず上のランクから順番に見ていく方針に変わりはないらしい。


(……見えない)


 だがランクが下がったことで冒険者の人口が増えた結果、現在Bランクの依頼掲示板の前には人だかりができてしまっていた。

 困ったことに小柄なアンヤではその人だかりの外縁部から貼り出されている依頼を確認することが難しい。

 それでも背伸びをしたり、軽く飛び跳ねてみたりとどうにか確認しようとはするもののやはり落ち着いて依頼を吟味することは無理そうだ。


「――おい、チョロチョロと目障りなんだよ。どけ」


 仕方がない、と彼女は人が少ない依頼掲示板から巡ることにしようと考えを改める。


「……シカトしやがって。ここはBランク冒険者様の――ッ!?」


 そうして他のランクの依頼掲示板へと向かおうとしたアンヤは――背後から伸びてきた手を体の捻りだけで回避した。

 完全に反射的な行動であったため、状況を正確に掴めていないアンヤはすぐさま振り返る。すると彼女の視界に右腕を前に伸ばしたまま前のめりになってしまっている大柄の男の姿が飛び込んできた。


(……男の人?)


 自分が避けたのは彼が伸ばしてきた腕なのだろうと理解したアンヤ。なぜ彼が腕を伸ばしてきたのかは理解していないが。


「…………?」


 首を傾げ、「何か用か?」と無言で問い掛けるアンヤ。

 対する男はただ見上げてくるその少女の態度と恥をかかされたという思いからワナワナと全身を震わせている。


「て、テメェ……調子こいてんじゃねぇぞ!」


 前のめりになった体勢から繰り出された男の腕がアンヤへと掴みかかろうとした。だがアンヤはそれすらも必要最低限の動きで避けてしまう。

 完全に頭に血が上ってしまっている男はその“黒い少女”を捕えようとがむしゃらに腕を伸ばし続けるが、やはりアンヤには触れられない。軽やかなステップを踏むように動く少女の虚像を捉えることしかできないのだ。

 この騒動に周りの冒険者たちも気付きはじめ、彼らが男を止めるために動き出そうとしたその時、事態は急変した。


 ――まずアンヤの顔面目掛けて伸ばされていた男の腕がピタリ、と空を切ったまま制止する。これに驚いたのは男自身だ。

 彼は視線を動かし、己の腕を横合いから掴む小さな手を見た。


「なにしてんの?」


 底冷えするような怒気をはらんだ声だ。周囲の冒険者たちもその場から動くことができない。


「ねえ」


 そうして腕を掴まれている男はその小さな手の主の姿を確認した。鋭い目で睨みつけてくるそれは――栗色髪の小柄な少女だ。

 男の表情に僅かに余裕が戻ってくるが、依然として掴まれた腕が全く動かせないという異様な事態に彼が取り戻しつつあった余裕は虚勢へと変わっていく。

 一方、栗色髪の少女――ダンゴは鋭い目つきで男を見上げたまま、アンヤを背中で庇える位置にまで移動していた。

 その後も周囲には常に異様な雰囲気が漂い続けており、誰もがダンゴの行動を注視している。だがそんな雰囲気を打ち破るきっかけとなったのはこの場にいるもう一人の少女であった。

 アンヤはダンゴの肩を掴むと、やや慌てたような声を上げる。


「ダンゴ、もういいからっ……別にケガもしてな――」


 そう、アンヤがそこまで口にした途端に、彼女も予想だにしていない方向から張り詰めていた雰囲気が霧散することになってしまうのである。


「ああーっ! また呼び捨てにした!」


 突然男の腕を手放し、大声を上げながら矛先を転じるダンゴ。

 今の彼女から感じられるのは底冷えするような怒気ではなく、プンプンという音が聞こえてくるような怒りだ。それを向けられた少女としては堪ったものではないのだが。


「どうしてそうやって呼び捨てにするの!?」

「これくらい――」

「よくない! ちゃんといつもみたいに“姉さん”って呼んでよ!」


 アンヤの顔が渋い表情へと変わり、頭が痛いといった仕草をする。だが残酷なことに彼女の苦悩はここだけで終わらなかった。


「ぷっ……ぎゃははははは! 姉妹っつっても()()の方が姉貴かよ!」


 先ほどまでの雰囲気が霧散し、掴まれていた腕も解放されたことで再び余裕を取り戻すというタフネスさを見せる男が腹を抱えて笑っている。


「あっ、それは……!」


 アンヤが気付いた時にはもう遅い。最大のタブーを踏み抜かれたダンゴの矛先がまた転じようとしていた。

 これにはアンヤも慌てる。慌てふためく。


「ち、()()……? うぅぅ……っ!」

「そっ、そんなことない。姉さんは大きい、立派――」

「ボクは小さくない! チビなんかじゃない!」


 努力もむなしくダンゴを御しきれなかったアンヤは手で顔を覆い、少しばかり項垂れてしまった。

 その間も口論は続いている。


「どう見たってチビだろうが! 本当はテメェの方が妹なんじゃねえかぁ?」

「なんだとぉ!? ボクがお姉ちゃんだって言ってるだろ!?」


 心が折れてしまったアンヤは既に止めることを諦めてしまったらしい。

 もうなるようになればいい、といった投げやりな気持ちで2人のやり取りを右から左に聞き流していた。


 ――そんな時だ。


「おいおいおい、何の騒ぎだよこれは!」


 大きな声を上げながら騒動の中心に現れたのは金髪のギルド職員だ。年齢は20代前半といったところだろうか。

 彼は周囲を見渡しながら瞬時に状況を理解すると、口論を続けるダンゴたちの間に割り込んだ。


「いいから落ち着けって。ほらアンタも、虫の居所が悪いからってこんなガキに当たるなよ。イラついた時は酒でも飲んでパーッと発散するんだ。それが大人の特権ってもんだぜ?」


 金髪のギルド職員は冒険者の男の肩を抱くと、まるで悪巧みをするような顔で語り掛けながらダンゴから引き離していく。そうして十分に距離が空いたところで男を解放した。

 このような揉め事はよくあることなのか、ギルド職員の対応からかなり手慣れていることが窺える。


「大人……」


 ついさっきまでどんな相手にでも噛みつきに行きそうな雰囲気すら纏っていたその冒険者の男だが、どういうわけか今ではシュンとしてしまっている。


「おれはまだ未成年だが」

「……マジか」


 どうやら“大人”として扱われたことで傷口を抉られてしまったらしい。冒険者の男はトボトボとすっかり気落ちした様子で冒険者ギルドを後にした。


「やたらと老けて見られるんだよな……」


 そんな哀愁漂う後ろ姿を何とも言えない表情で見送ったギルド職員は気持ちを切り替えるように頭を振ると、次にダンゴたちがいる方へ顔を向ける。


「派手に揉めていたみたいだが怪我はねえか? 絡まれるなんてお前たちも災難だっ……た……」


 言葉を紡いでいた最中にぽかんと口を開けて凍りついてしまったギルド職員。

 彼は数秒の後に「は?」と声を漏らした。


「なんでここに……。いやいや、とりあえずここではなんだし、少し奥で話そうぜ」


 どこか挙動不審な態度を取るギルド職員は2人を先導するように受付カウンターへと向かっていった。

 そんな彼の様子に首を傾げるダンゴは後ろにいるアンヤにも確認してみるが、やはり彼女もどうして彼がそんな態度を取ったのか分からないらしい。


「まあいいや。特に面倒なことにはならないだろうし、行ってみよっかアンヤ」

「……ん」


 すっかりと穏やかな様相に戻ったダンゴが妹へと微笑みかけ、手を伸ばす。

 自身に向かって伸ばされた手を握り、ギルド職員を追いかけるように歩き出した姉に連れられる形で足を動かしていたアンヤだが、はたと立ち止まると前を歩く姉の背中へと声を掛けた。


「姉さん」

「ん?」


 その場で足を止め、振り返ったダンゴに対してアンヤは柔らかい表情ではにかむ。


「さっきは助けてくれてありがとう。嬉しかった」

「えっへへ。ま、当然だよ。ボクはアンヤのお姉ちゃんだからね。いつでも頼るがよい!」


 ダンゴの誇らしげな表情と軽く胸を張るような仕草を見て、アンヤの胸の内もポカポカと温まっていった。




    ◇◇◇




 職員と冒険者用に設けられた面談室の中では金髪のギルド職員と2人の少女が対面している。


「ボクたちに何か用があるの? これって事情聴取ってやつ?」

「いや、そんなつもりじゃねえよ。オレたち職員だって忙しいし、冒険者同士の揉め事の事後処理なんてしてちゃ、夜も眠れねぇ。そもそももう一人の当事者は帰っちまったしな」


 背もたれに体重を掛けた体勢で気怠げにしている彼は単純にダンゴたちと話したかったと語った。そして、それは彼がダンゴたちの正体を知っているからだとも。

 だが心当たりがないのかダンゴとアンヤは互いに顔を見合わせ、首を傾げるだけだ。

 ギルド職員は乱暴な手付きで髪を掻き上げ、「やっぱ10年も前のことなんて覚えてねぇよな」と口にすると自分の名を明かした。


「ジョナタだ。10年前はアイゼルファーの件で世話に――」

「ああぁっ! ボクにチビって言ってきたヤツだ!」

「――って覚えてんのかよ!?」


 金髪のギルド職員――ジョナタが名乗った瞬間に飛び跳ねるように席を立ったダンゴ。どうやら記憶の海から彼に関する記憶を無事に見つけてこられたようだ。


「ボクはボクに対して“小さい”だの“チビ”だの言ったヤツのことは全員覚えてるの! さっきのヤツは名前は知らないけど156人目! ジョナタ、キミは1人目だ!」


 興奮した様子のダンゴ。だがその妹の視線は冷ややかである。


「姉さん……いい加減にして。それ、今日だけで2回目」

「うぅぅ……!」


 “小さい”と言われる度に暴走されては、そのフォローに回る羽目になるアンヤとしては堪ったものではないのだ。そもそも今回は“小さい”とすら言われていない。ダンゴが過去の記憶を掘り起こして勝手に興奮しているだけである。

 そんな背景もあってか、幸いにもダンゴが暴走することはなかった。ただ恨めしそうにジョナタを睨みつけているだけだ。

 これにはアンヤも胸を撫でおろしたようだった。


「ボクだってあの時と比べたら身長伸びてるんだからね……」

「はいはい。そうだな、大きくなったよお前は」

「わかればいいんだよ。キミも……正直見ただけじゃキミだってわかんなかった」

「10年も経つんだ、当然だろ。それにオレとお前はいがみ合ってただけでダチですらなかったんだしな」


 ダンゴも会話の中で落ち着きを取り戻していったのか、少しぶっきらぼうなきらいはあるがそこまで険のある雰囲気でもない。

 昔を懐かしむような表情で見つめ合っていた両者だが、不意に視線を外したダンゴがアンヤを見る。


「そうだ、名前くらいは知ってるかもしれないけどちゃんと紹介しないとだよね。こっちはアンヤ、ボクの自慢の妹。ボクとキミが出会った頃はこーんなにも小さいスライムだったはずだから話したこともないよね」


 ダンゴは指で小さな円を形作るとそれを周りからよく見えるように掲げてみせる。

 アンヤがユウヒに抱きかかえられたまん丸なスライムだった頃を表しているのだろうが、それを見たアンヤは不満げに頬を膨らませていた。


「むぅ……そんなに小さくなかった。誇張表現」

「……おっと? 人には口うるさく言ってくる癖して、アンヤだって小さいって言われるのはイヤなのかな?」

「それはどうでもいい。誤解されそうなことを広められたくないだけ」

「そんなにムキになってるのに?」

「なってない」

「ほらほら、またそうやって。ボクの前だとすぐ拗ねるんだから」

「……姉さんに言われたくない」


 唐突に始まった姉妹喧嘩。

 さらにムッとしてしまったアンヤの肩をダンゴが強引に抱き寄せ、「ごめんごめん」などと謝罪を口にしている。


「……訂正」

「はいはい。このくらいの大きさだったよね」

「もっと小さくなってる……っ!」


 すぐに食って掛かってくるアンヤにダンゴが思わず、といった様子で吹き出した。


「あははっ、冗談だって冗談」

「そうやってまた……! アンヤのこと、揶揄って遊んでる……でしょ?」

「拗ねるアンヤが可愛い反応するのが悪いんだぞー?」

「……いじわる」


 アンヤがプイッと顔を背ける。

 本気で怒らせるつもりはない。さすがに揶揄い過ぎたかとダンゴも反省し、今度は全力で機嫌を直してもらうためにその小さな手でアンヤの頭を撫でまわそうとしているようだ。


「っ……急に撫でてこないで……やめて……!」

「えーっ、アンヤこうやって撫でられるの好きじゃん」

「……手段が強引すぎるの。それに今は怒ってるのに……もう」


 アンヤは諦めたように肩の力を抜き、ダンゴに全身を預けてしまった。




 そんな彼女たちからそっちのけにされつつも黙って観察に徹していたジョナタが「そろそろいいか」と横から口を挟む。


「お前らっていつもそんな調子なのかよ」

「家だともっと素直なんだよ? でもアンヤって気まぐれだからさ」


 そう口にすると肩を竦めるダンゴ。

 お前が言うな、とダンゴ以外の両者の心の声が一致した瞬間だったが指摘する気力がある者は既にいなかった。


「……苦労してそうだな」

「でしょ? お姉ちゃんは大変なんだよ。まあそれでもアンヤは妹だし? そんな面倒くさいところも可愛いんだけどね」

「……お前が、じゃねえよ」


 呟きが意図せぬ相手に拾われたことで嘆息するジョナタ。そんな彼がアンヤの頬が少し赤くなっていることに気付くことは遂になかった。


続きます。

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