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10 結ばれた二人

 先日、友達が結婚式を挙げた。

 招待されたのは私たちをはじめとする彼らの友人と花嫁の妹だけという少しばかり小規模な式ではあったが、煌びやかな雰囲気に包まれていてとても感動したものだ。

 女神から直接祝福されるなんて夫婦円満は約束されたようなものかな、と彼らも喜んでくれていたので私としても本当に行ってよかったと思える。


 そしてそれから数日経った今日、私たちはとある街を訪れていた。


「ここかな」


 メモに記されていた情報と目の前にある看板に記されている情報を照らし合わせる。

 ……どうやら目的地はここで間違いないみたいだ。


「このお店? 着いたの?」

「うん、そうだよ。早速お邪魔しちゃおっか」


 下から覗き込むように問い掛けてくるダンゴに言葉を返しつつ、私はこの“喫茶店”のドアに手を掛ける。

 友達が経営している店に初めて訪れる瞬間というのは意外と緊張するものだが、そこに大きな期待感も込めつつ思いきってドアノブを引く。

 カランコロン、というどこか心地の良いベルの音と共に開いていくドアの隙間からゆっくりと視界に飛び込んできた人物と目が合い――。


「いらっしゃいま――ユウヒっ!」


 ――この世界における私の最初の友達、アルマが笑顔を浮かべた。




    ◇




 少し前まで冒険者として活動していたアルマ、その妹のカリーノ、そして彼女たちの幼馴染であるヴァレリアンとは今から約6年前、ファーリンドという街の中で出会った。

 この世界に来てから本当に間もない頃で右も左も分からなかった当時の私は彼女たちをはじめ、たくさんの人に支えてもらいながら新しい世界に馴染もうと努力していたのだったか。


「この店にはいつ来てくれるのかなって思っていたから、本当にビックリ」

「いきなり大人数で押しかけちゃったけど、迷惑じゃなかった?」

「全然。君たちならいつでも大歓迎さ。それにこの時間帯は客足も落ち着くしね」


 ここは若夫婦が経営していることで評判の喫茶店。

 店の敷居を跨いだ私たちは、まずアルマによって奥の方に位置する6人掛けのテーブル席へと案内された。

 現在は2つのテーブルを占領させてもらっていて、隣同士で並んだ私とコウカの対面にはアルマが座っているような状態だ。他のみんなはもう1つの方のテーブルを囲っている。


「でも忙しい時は本当に忙しいんでしょ? 2人だけでちゃんと回せているの?」

「いや、僕たちもここまで評判になるとは思ってなくてさ。とは言うものの新人の教育を一からする余裕もまだないし、今は“商会”に人を貸してもらえないか相談してるとこ」

「あー……お店もウッド商会から借りているんだっけ?」

「食材は商会から仕入れることを条件に、使われていない物件を格安で譲ってもらったんだよ。……リフォーム代とかはこっち持ちだったけど」


 おかげでローンを組むことになっちゃったよ、と言いながらもあっけらかんと笑っていることから、今の生活は彼女にとって十分に充実感のあるものなのだろう。

 でも不思議に思うこともある。


「よく伝手があったね」

「それがさ、かなり偶然なんだけど僕とヴァル、カリーノの3人で受けた馬車の護衛依頼の依頼主がウッド商会の会長さんでね。その頃からヴァルはどこかの街に腰を据えて店でも開きたいって考えがあったみたいで、ダメ元で相談してみたんだって」

「ウッド商会の会長って……ああ、もしかしてオリヴァー・ウッドさん? あの人、まだ自分で馬車に乗っているんだ」


 彼は私が受けた初めての護衛依頼の依頼主でもある。この告白にはアルマも驚いていた。


「……まあそんなわけで、どうやら気に入ってもらえているみたいでね。店がオープンした時も直接お祝いに来てくれたんだよ」

「へぇ、すごいね。熱意が伝わったってことかな」

「ヴァルは冒険者をやめたがっていたからね。店をオープンさせてからも『今は大事な時期だから』って本当に頑張ってくれてる」


 アルマがこうしてのんびりと営業時間中にコーヒーを啜っていられるのも、彼女の愛しの旦那様であり、この店のマスターでもあるヴァレリアンが「そろそろ一息入れてくるといい」と言ってくれたおかげである。


「いい旦那さんだね」

「わかるかい? あげないよ?」

「それは残念」


 冗談を言って、笑い合っているとあの子たちが座っているテーブル席の方からガタっという音がした。

 気になったのでそちらに軽く目を向けると、何やら椅子から立ち上がったシズクと目が合う。かと思えばすぐにまた座り込んで、あっちはあっちで談笑を再開していた。

 そんな彼女の行動を不思議に思いつつも、そろそろ良い頃合いだろうかと少しぬるくなったコーヒーに口を付ける。


「あっ、おいしい……」


 一瞬、私の心の声が漏れ出したのかと錯覚してしまいそうになったが、声の主は私ではなかった。

 私と同じように冷めるのを待っていたのだろう。カップから口を離し、小さく息を漏らしては口元を綻ばせたのはコウカ。

 そんなこの子の顔を見て、アルマも微笑んだ。


「ヴァルこだわりの逸品さ。お気に召してくれたようでなにより」

「コーヒーはいつもヴァレリアンが淹れているんですか?」

「そうだよ。……あれれ、もしかして君も味だけにとどまらずこのコーヒーを淹れてくれる色男に惚れ込んじゃったのかな?」

「またまた冗談を。たしかに毎日飲んでもいいくらいおいしいというのは認めますけどね」


 そう言ってコウカがフッと微笑むとまたもや隣のテーブル席の方からガタっと音がする。

 先ほどと同じような光景だが、今度はヒバナのようだ。だがシズクと違って、ヒバナは立ち上がったままこちらに声を掛けてきた。


「……コーヒーなら私が淹れるわ」

「え? でもヒバナは紅茶の方が好きでしょう?」

「別にコーヒーだって淹れられないことはないから。……練習しないとだけど」

「なら楽しみにしてます。ヒバナなら絶対に世界一のコーヒーを淹れられるようになりますから」

「……ん」


 そんなやり取りの後、ヒバナはそっと席に戻った。

 たしかにヒバナの淹れるコーヒーは楽しみだな、とコウカに共感しているとアルマが「そっかそっか」と何やらニマニマしていた。


「当事者になると意外と気付かないものって言うけど……まあ、本当のことみたいだね。僕も人のことを言えた義理じゃないけどさ」


 どういう意図の発言だろうと首を傾げていた私だが、そんなことも気にせずに彼女は独り言のような言葉を紡いでいく。


「恋愛の“れ”の字も知らなそうな人に超奥手な人の想いが通じるのはいつになることやらだね。僕だってヴァルの押せ押せアピールとカリーノのサポートがあってようやく気付いたくらいには鈍感だったし」

「……余計なお世話」


 ボソッ、と幻聴のような声があの子たちのテーブル席の方から聞こえてきた気がするが、隣は隣で談笑を続けているので本当に幻聴だったのかもしれない。

 どうやらアルマの話も終わったようで、今はカップに口を付けて喉を潤わせているようだ。

 ずっと気になっていたこともあるので、ここで尋ねてみようか。


「ところでさ、カリーノは? まだ冒険者続けているんだっけ」

「この街を中心に活動することにしたみたいだけどね。今はギルドに依頼の確認をしに行ってて、何もなければもうすぐ戻ってくるんじゃない? ……ほら、噂をすればだね」


 喫茶店の入り口に視線を向けるアルマに倣い、私も同じ方向に目を遣る。すると店のドアが開いて、店内にベルの音が鳴り響いた。


「いやいや、面白そうな依頼がなさそうだったから戻ってきちゃった。ヴァル兄、喉かわいたぁ」

「ユウヒたちが来てるぞ。あとで持っていってやるからお前も行ってこい」

「えっ、えっ、ユウヒさん!?」


 バッ、と勢いよく首を回した彼女と目が合ったので手を振ってあげる。

 すると彼女――カリーノの表情にぱぁっと満面の笑顔が咲き、意気揚々とこちらに歩いてくる。


「ユウヒさん、ユウヒさんだぁ! この間ぶり! 来てくれたんだ!?」

「うん、みんなでお邪魔させてもらっちゃった。カリーノも元気そうで何より」

「もう元気元気! パワーも有り余っちゃってるよ」


 すっかり成長して体は大きくなったというのに、元気の良さは相変わらずでなんだか安心する。

 まあ隣ではいつ矛先がこちらに向くか、と戦々恐々としている子がいるわけだが。そして案の定、その子に目を向けたカリーノは目を輝かせた。


「コウカさんっ!」


 大きく腕を広げたカリーノがコウカに飛び付こうとすると、彼女もすかさず腕を伸ばしてカリーノの体を遠ざけようとする。


「こ、こ、来ないでください!」

「やだやだ、すりすりさせてよぉ!」

「どうしていつも最初はわたしなんですか!?」


 小さなスライムだった頃に抱きしめられたり、体を弄り回されていたりしたトラウマでコウカはカリーノのことを苦手としている。

 それを分かっていながらも、カリーノはコウカに会うなりまず抱き着こうとするのだ。抵抗が続くと諦めてしまうようだが。


「うぅ、アンヤさぁん……コウカさんが冷たいよぉ」

「……よしよし。仕方ない、コウカは意外とドライ」


 コウカを諦めると大体アンヤの方へ行く。あの子も縋りついてくるカリーノのことを拒むことはほとんどない。

 そう、()()()()だ。


「うぅ……うぇっへっへっへっへ。アンヤさんの頬っぺた、さらさらモチモチだぁ」

「…………」

「うぇっへっへ――ああっ!?」


 面倒くさい絡み方をされると逃げる、ということを覚えておかなければならない。


「同じ闇属性の(よしみ)ぃっ!」

「関係ない、反省して」


 影に潜ることでカリーノの抱擁から逃げ出したアンヤは席を移動し、私の隣まで避難してきた。

 そしてコウカとアンヤに拒まれたカリーノは最終的にノドカとダンゴの間に挟まりに行くのだ。あの子たちはどんなスキンシップでもどんとこいな子たちなので。


「冒険者の間では“常闇の奇術師”なんて大仰しい二つ名で呼ばれているみたいだけど、実態はこれだから」

「あはは、とてもそうは見えないよね」


 闇を自在に操る姿からそんな二つ名を付けられたみたいだけど、その字面のインパクトから変に恐れられがちなのだとか。

 昔から魔法の才能があることはひしひしと感じられはしたが、庇護の対象というイメージが強かったのにすっかり立派になったものだ。だからアルマもヴァレリアンも安心して、冒険者を引退できたのかもしれない。

 ――そんなことを考えていると、コツコツと革靴が床を叩く音が聞こえてきた。


「すまん、遅くなった。ほらカリーノもちゃんと座れ」

「はぁーい」


 両手にトレイを1つずつ乗せたヴァレリアンがカリーノ用の飲み物と共にケーキを持ってきてくれたのだ。

 給仕を担うアルマが休憩中なので、こうして彼が運んでくれているのだろう。


「ありがとう、ヴァレリアン。……わぁ、美味しそう」

「ふっ……今日はゆっくりしていってくれ」


 手慣れた様子でテーブルの上にケーキを並べていったヴァレリアンに礼を言うと、彼も軽く微笑んでくれた。

 昔はもっと無愛想な感じだったのに、ヴァレリアンも変わっているんだなとしみじみ思う。店の制服もよく似合っているし、クールな彼目当てのお客さんとかもいそうだなと想像してみたりなんかして。


「あっ、そうだ。ねえ、ヴァレリアンはどうして冒険者をやめて喫茶店を開こうと考えたの? もしかしてアルマとの結婚と関係があったりする?」


 仕事中に呼び止めるのは悪いとは思ったが、これだけは聞いておきたかった。

 私の知る限りヴァレリアンの想いがアルマに通じたのは5年近くも前の話で、傍から見てもかなり愛し合っているのは明白だったから、いつ籍を入れるのだろうとは不思議に思っていた。

 そしてついこの前、ようやく結婚したわけだから何か理由があるのだろうとは予想しているが。


「……そうだな。冒険者として活動するならどうしても危険が付き纏う。だから結婚も地に足がついた職に就いてからだと決めていたんだ」

「ああ、それで……」

「そもそも冒険者になったのだって、本意ではなかった」

「どういうこと?」


 思えば、まだ親の庇護下にあってもおかしくない年齢の頃から、冒険者としてあらゆる場所を転々としながら活動していたというのは少し珍しい。

 それに彼らが故郷の村から出て3人で生活してきたというのは知っているが、その中で親の話というのは出てきたことがない。2人の結婚式にも彼らのご両親の姿はなかった。


「俺が生まれ育った村はよそ者を嫌う閉鎖的な村だ。アルマたちの家族は俺が幼い頃に4人でその村へと移り住んできた。だが――」

「まあ、僕とカリーノの親は冒険者でさ。その父さんたちが生きていた頃は表立った嫌がらせとかもされなかったんだけど」


 ヴァレリアンが気遣うような視線をアルマへと向けるが、彼女はそれに肩を竦めて微笑むだけだった。

 ここから先はアルマが話してくれるということなのだろう。


「嫌がらせも一応、全員が全員ってわけでもなかったし、村長さんは嫌がらせどころか嫌味も言わなかったんだよ? まあ、そもそも干渉してこなくて……村人たちを宥めようとかも考えていなかったみたいだけど」


 重い話だが、彼女にしてみれば既に過去の出来事なのだろう。思い詰めた様子もなく、サラサラと語っている。


「そんな中でもヴァルだけはずっと僕たち姉妹を守ろうとしてくれていた。でも嫌がらせは収まるどころかエスカレートしていくし、それでも村長さんは何もしてくれないしで」


 そこまで口にするとアルマはヴァレリアンを見て困ったような笑みを向けた。


「とうとうヴァルが彼のお父さん――村長さんに怒鳴り込んじゃってさ。その日の夜中のうちにカリーノと一緒に眠っていた僕のところに来て言ったんだ。『行くぞ』って」


 それから慌てて荷物を纏め、夜が明けぬうちに彼らは村を出たということらしい。

 ただ働き口を見つけようにも後ろ盾も経験もない彼らを雇ってくれる場所が見つかるはずもなくて、渋々冒険者になったのだとか。

 危険が付き纏う分、生活するだけの収入は十分に稼ぐことができる職業だ。


「いや、でもあの時のヴァルはかっこよかったなぁ。不覚にもキュンとしたもん」

「よせよ。そもそもお前はあの時、寝ぼけていただろ」

「夢見心地だったんだよ。あーあ、純粋な乙女心を愚弄するとはなんてヒドいヤツだ」


 惚気はじめる彼ら。そこにカリーノも寄り添っていって、その光景を眺めていると頬が緩む感覚がある。

 今の彼らに声を掛けるのは勇気がいるが、このまま置いてけぼりだとそのうち本当に抱き合ってしまいそうなのでここは声を掛けることにする。


「じゃあ昔からずっと……ヴァレリアンが今の生活を選んだのだってアルマとカリーノのことを思うが故、なんだね」

「俺はもう悲しんでほしくない。こいつらにも……これから生まれてくる新しい家族にも」


 その言葉を聞いた瞬間、私の腰が浮いてしまう。そして思わず、アルマのスリムなお腹に目を向けてしまった。


「え、うそ。何ヶ月?」


 私の問い掛けをすぐに否定してくるのは朱を差すように頬を赤らめたヴァレリアンだ。


「まだだ、まだ! ……まだのはずだ」

「今はまだ忙しいからね。子供はもっと生活が安定してからでいいねとは話してるとこ」


 なんだ、早とちりをしてしまったようだ。恥ずかしい。

 そこばかりが気になって余計な茶々を入れてしまったが、先程の彼の言葉とそこに込められた志は実に立派なものである。

 照れ隠しも兼ねて、しっかりとフォローさせてもらおう。


「あはは……ヴァレリアン、かっこいいね」


 だが私がこの発言をした瞬間、アルマがすごい目でこちらを見てきた。


「あ、こらこら。軽々しくそんなことを言っちゃあ……」

「え?」


 横恋慕とかそんなつもりは一切ない。むしろこんなにも素敵な夫婦の仲睦まじい様子を見ていると嬉しくなるくらいなのに。

 そもそも私は恋愛というものがよく分かっていない。昔からパパとママにべったりで、今はこの子たちにべったりだから。恋を求める暇もなく、愛を求めてしまっていたからだろうか。今もあの子たちからの愛で満足してしまっている。

 アルマにもちゃんとこっちにその気がないことは伝わっていると思ったんだけどな。


「いやいや、私は――ん?」


 すぐに否定しようとしたのだが――急に室温がグッと下がったような気がして、思わず言葉を止めてしまう。


「よ、よせ、冷気を向けてくるな。どう見てもユウヒはそんな気じゃなかっただろ。もちろん俺にもそんな気はないぞ、アルマ一筋だ。だから安心しろ」

「もう、ヴァル兄ってば罪な男だなぁ」

「はぁ、これじゃあ僕たちが生きているうちには無理そうだね……」


 呆れた様子の姉妹と何故か慌てながらどこかに弁解するように語り続けるヴァレリアン。


 ――いったいどうしたというのだろう。不思議な光景だ。


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