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04 コウカ、騎士団長になる ②

引き続き、三人称視点です。

「こんなふうにあなたの背中に乗っていたのも随分と昔のことのように感じますね、エルガー」


 鞍に跨りながら、眼下に見える白い毛に覆われた背中をそっと手で撫でるコウカ。彼女の顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。

 コウカに撫でられている白いスレイプニル――エルガーも満更でもないのか、短く鼻を鳴らすことで彼女に応えた。


「まあ、最後に乗ってから1年も経っていないんですけど」


 そう口にした途端、エルガーは大きく体を揺さぶってコウカを振るい落そうとする。

 一瞬でも抱いてしまったノスタルジーな感情がこれでは台無しだ、と憤慨する彼の心の声が聞こえてくるようだ。

 かつての相棒ともいえる彼が実力行使の抗議を続けているが、コウカは至って涼しげな表情でそれをいなし続ける。

 以前の旅路でもこのようなやり取りは日常茶飯事だったため、その対処法も彼女にとってはお手の物だ。


「あははっ、この感覚も懐かしい。もうすぐお父さんになると聞いていましたけど相変わらずで少し安心してしまいました、エルガー」


 コウカの楽しげな声が辺りに響き渡る。

 エルガーも抗議する気持ちが萎えてきてしまったようで不満そうな雰囲気をまといつつも次第におとなしくなっていった。

 ――そして、彼らの様子を微笑ましげに見守っていたヨハネスが自分の愛馬に跨った状態でコウカに向けて声を上げる。


「コウカ殿、俺とあなたの馬を先に出すぞ。エルガーと一緒に俺の後を付いてきてほしい」

「了解です。先導お願いします」


 この後に予定されているのは騎馬隊を中心とした騎士たちによる大規模なパレードだ。

 かなりの数の騎士と軍馬たちが参加することになるので、渋滞を起こさないためにも計画的に列を作っていく必要があった。


「ここの復興もだいぶ進んできましたね」


 コウカの視線の先には戦乱に見舞われながらも元の姿をほぼ取り戻しつつあるニュンフェハイムの街がある。

 彼女の言葉にヨハネスも大きく頷いた。


「あなたたちのおかげだ。あなたたちを慕う者たちの支援が度々届くおかげでこのニュンフェハイムは平穏を取り戻すことができた」

「それもあるかもしれませんが、たくさんの支援が寄せられているのはあなたたち騎士をはじめとする教団の皆が人々のためにずっと頑張ってきたからですよ、きっと」

「……そのように思ってもらえるとは身に余る光栄だ」


 感慨深げに呟く彼に対して、コウカは穏やかな声で返す。


「光栄に思うのはむしろわたしたちの方ですよ。この立場というかあなたたちとの関係というか……少し言葉にするのが難しいですけど、わたしが感じているこれは誇らしさだと思うんです」

「誇らしさ?」

「わたしたちは立派なことをしてきたあなたたちに信じられている。だから誇らしい。きっとミネティーナたちも今のわたしと同じ気持ちを抱いていたんでしょうね」

「……まったく、コウカ殿には敵わないな」


 気高い理想を掲げ、その為に邁進する彼ら聖教騎士団の在り方は実に立派なものだ。

 そんな彼らから信仰を受ける立場にあるコウカは誇らしさに近い感情を覚えていたのだ。

 ヨハネスという個人としても守るべき人々や信ずる女神、精霊たちに剣を捧げた一騎士としてもコウカから掛けられた言葉は彼の心にこの上ない喜びをもたらす。

 このまっすぐで飾り気のない彼女の性質が人々の心を惹き付けるのだろう、とヨハネスは心の中で零した。

 今回、彼は身をもってそれを実感することになったわけだ。


「敵わないといえば最近ヨハネスと戦っていませんね。……うずうずしてきました」

「……改めて、敵わないな」


 闘争心を燃やし始めたコウカの機微を察知したヨハネスの顔にはさっきまでとは違う笑みが浮かんでいた。




 そうして遂に始まった聖教騎士団による大規模なパレード。

 空の上を飛ぶ竜騎士団と列をなして大通りを行進する騎士たちを一目見ようと道の両端には大勢の民衆が集まっていた。

 一番の目玉はやはり一日騎士団長としてパレードに参加しているコウカだろう。人々の声援に応えた彼女が白馬の上から手を振るだけで辺り一帯から黄色い声が上がる。

 ――だが、それだけ大盛況であると自然とトラブルが起こってしまうものである。

 人の波から追い出されるような形で女性が1人、行進を続ける列の前に飛び出してしまったのだ。さらに勢いが良すぎたのか、体勢を崩して転倒してしまっている。


「エルガー」


 コウカがエルガーに急停止を指示するとともに右手を上げる。それは行進する騎士たちに対する一時停止の合図でもあった。

 対応が早かったこともあり、やや余裕を持って立ち止まれたコウカたち。

 だが迫る大型の動物を前に女性は完全に腰が抜けてしまっているようで、立ち上がることができないようだった。

 素早い動作でエルガーから降りたコウカが女性のすぐそばまで近寄り、片膝を立ててしゃがみ込む。

 そして右手をそっと差し出した。


「お怪我はありませんか?」

「は、はいぃ……大丈夫です……」

「そう……ならよかった」


 コウカが自身の手を取った女性に対して微笑んだ瞬間、辺りを一瞬だけ静寂が包み込む。

 そしてその笑みを至近距離から目の当たりにした女性は――卒倒した。


「え……」


 咄嗟に支えられたため、彼女が怪我をすることはなかったが完全に呆気に取られてしまうコウカであった。




    ◇◇◇




 時間を掛け、じっくりとニュンフェハイムの街を巡ったパレードは大盛況のまま幕を閉じた。

 だが、これで今日の行事が全て終わったわけではない。

 パレードを行った後、広場に設置された特設会場に移動したコウカたちは本日の締めくくりともいえる式典に臨まんとしていた。


「今後も……わたしたちは……」


 仮設の控室の中で紙に書き綴られた文章を目で追い続けてはぶつぶつと何かを呟いているコウカだが、その表情には心なしか緊張の色が見て取れる。

 そんな彼女の元にヨハネスが訪ねてくる。


「コウカ殿。集中しているところすまないが予定を変更し、先に来賓者たちと顔を合わせてもらうことになった」

「それってスケジュール的には最後の項目になっていたはずですよね。何か問題でもありましたか?」

「問題というほどのことではないさ。式典を一目見たいと想像以上に会場へと人が押しかけてきて、少し案内に手間取っているだけだ」

「なるほど、まだ時間が掛かりそうなんですね。そういうことなら納得です」

「申し訳ない。無理矢理押し込みでもして怪我人を出したくはないからな」

「ええ、たしかに。わたしも同じ気持ちですから安全第一でお願いしますね」


 精霊であるコウカを中心とした大規模な行事ということもあり、世界各国とまではいかなくともミンネ聖教団に関わる人たちが式典に招待されている。

 そんな彼らとの顔合わせが式典の会場で大々的に行われるというのだ。


「それでは、行きましょうか」


 目の前のスピーチ原稿から一時的に解放されたコウカは晴れ晴れとした表情で式典の会場へと向かう。




 そして――。

 ニュンフェハイムのギルドマスターやティアナをはじめとする教団の有力者など、来賓者たちとの挨拶を恙なくこなしていくコウカの前にある1人の女性が現れた。


「これはこれはカッコいい騎士様じゃないか。騎士団長としてはまだまだ頼りない面だけどね」

「え……ライゼ!?」


 コウカの前に現れた初老の女性。

 見慣れない礼装に身を包んではいるものの、彼女こそが世界一の剣士を決めるという主旨で年に一度開かれている大会を7連覇中の“剣聖”ライゼだ。


「どうしてここに……」

「アンタの晴れ舞台を祝いに来てやったのさ。こんな似合わない礼装なんかを身に纏ってね」

「たしかに……違和感すごいですね」


 コウカはライゼの服装を上から下まで見回して、率直に答えた。


「相変わらず礼儀を知らない小娘さね。そこは“そんなことありません、よくお似合いです”とでも言っておきな」

「あれ、でも礼儀の話をするとライゼも人のことを言えないのでは?」

「……この精霊様は変なところで頭が回りやがる」


 聖教団の考え方で言えば敬われる立場にあるのはコウカの方であるので、ライゼの指摘は的を射ているのか微妙なところである。

 コウカは肩を震わせるとともに口から笑い声を漏らした。


「冗談ですよ、冗談。いつものライゼでいてください。わたしもいつも通りにしていますから」

「ハッ、一丁前に冗談を言うようになって。やっぱりアンタは生意気さ。人生の大先輩からのありがたい言葉をこれっぽっちも聞き入れようとしないような、ね」

「これでもわたしはライゼのこと、すごく尊敬しているんですよ? 今のわたしがあるのはあなたのおかげでもあるんですから」

「……まったく食えないヤツだよ、アンタは」


 そう言うとライゼはコウカと握手を交わし、来賓席に向かって足を向ける。


「あっ……言うのが遅れてしまいましたが今日は来てくれてありがとうございます、ライゼ!」

「フン、どういたしまして。……最後までカッコいい騎士様のままで式を終えられるようにせいぜい頑張りな」


 コウカの言葉を背中で受けたライゼは立ち止まることもなく言葉を返す。

 ――だが、次に掛けられた言葉にはつい立ち止まらざるを得なかった。


「それと明日空いていますか!? 久しぶりに戦いましょう!」

「あぁっ、たく! 言った傍からこれだよ! ちっとは体裁というものを気にしな!」


 コウカからの思わぬ言葉に語気を荒げるライゼ。

 でもどこかこのやり取りに彼女が居心地の良さを感じていたのは内緒である。


 ――そうしてライゼの番が終わったあとも続いていた来賓者の列も終わりが見え始め、ついに最後を迎えることになる。

 今、コウカの前に立っているのは彼女とこれまでに挨拶を交わしていた他の誰よりも小さな少女だった。

 純白のワンピースというシンプルな装いは、見る者に少女が内包している清純さを印象付けることだろう。


「へぇ、結構決まっているじゃない。馬子にも衣装ってヤツかしら?」


 そんな少女が目深に被った広めのツバが特徴的な麦わら帽子から僅かに覗かせている口元を緩ませ、そう口にした。

 その鈴を転がすような声を聞いた途端にコウカの顔にパッと花が咲く。


「ヒバナ! 来てくれたんですか!?」

「せっかくの晴れ舞台に誰も見に行かないのは可哀そうだって話になってね。あっちのことは任せて私だけ火の霊堂経由でこっちに来たってわけ」


 思わぬ来訪者の存在に顔を綻ばせるコウカ。

 そんな彼女の視線をまっすぐ受け止めながら穏やかな笑みを浮かべていたヒバナは流れるような仕草で姉との距離を詰め、その胸元に両手を伸ばした。

 コウカは不思議そうな面持ちでそんなヒバナの行動を見守っている。


「ヒバナ?」

「ネクタイ緩んでる。また変な結び方したんでしょ」

「え、変じゃないはずですよ。いつもヒバナが結んでくれている結び方で結びましたし」

「ウソ」

「ホントですって」


 ネクタイに触れた状態で姉とそんな問答を交わすヒバナ。

 彼女はコウカのネクタイを下から掬い上げるように手を動かそうとして、何かが引っ掛かっているような感触に首を傾げた。


「……ネクタイピン」


 そう呟いたヒバナの視線の先には、コウカの好きな向日葵の飾りが付いたネクタイピンがあった。

 どうやらそのネクタイピンによって、礼装とネクタイが繋ぎ止められているらしい。


「ヒバナからのプレゼントですからね、早速付けてみました。これのおかげで動き回っても全然ネクタイが邪魔にならなかったんですよ!」

「動き回ったって……。呆れた、どうせ騎士の模擬戦とかに触発されて手合わせをお願いしたんでしょ」

「おぉ、当たっています! やっぱりヒバナには何でもお見通しなんですね」

「……もう」


 ネクタイピンを一度外してからネクタイを解いたヒバナは、慣れた手つきで再びコウカのネクタイを結んでいく。


「着替え、誰かに手伝ってもらわなかったの?」

「ドレスでもないですし、これくらいなら自分でも着られるかなって断りました」

「それで崩れていたら世話ないっての」


 軽口を叩きながらも彼女の手元に狂いはなかった。


「はい、これでいいわね」

「ありがとう、ヒバナ! やっぱりこの感覚が落ち着きますね」


 ビシッと決まったネクタイの結び目を指でなぞるコウカ。

 最後にネクタイピンを付け直すと、そこには立派な制服に身を包んだコウカが――。


「……ってよく見たら襟も少し変だし」


 ――どうやら、問題があったのはネクタイだけではなかったようだ。


「まったくもう……不器用なんだから」


 呆れたような口調で言葉を紡ぐヒバナだったが、彼女の口角は僅かにつり上がっていた。

 邪魔にならないように被っていた帽子を《ストレージ》に収納してから、身を乗り出すような体勢でコウカの首元に手を回したヒバナが制服の襟を整えていく。


「うん……いいですね、この感じ。大好きです」

「まったく、何がいいのかしら。いつも整えることになるこっちの苦労も考えてほしいものだわ」

「あはははは、そう言われると返す言葉がないです」

「あはは、じゃないのよ。もう……」


 言葉と共に吐き出される息によって互いにこそばゆい感覚を覚えながらも、真剣な表情で手を動かし続けるヒバナとそれを優しげな微笑みを湛えて見守るコウカ。

 ずっと見つめ続けられていることが気になるのか、時折視線も交差している。


 そこにヨハネスが控えめな態度で割り込んだ。


「あー、ヒバナ嬢? 皆から見られているが……」

「後が詰まっているのはちゃんとわかってるわ。申し訳ないけれど、すぐに済ませるから少し待っていてくれる?」

「いや、そういうことではないのだが……。まあ、ヒバナ嬢がそれでいいのならこれ以上は何も言うまい」


 ヨハネスとしてはヒバナを気遣っての発言だったのだが、当の本人が気付いていないのなら指摘しないほうがいいと即座に判断して引き下がる。

 現在の会場は無事に入場を終えた人々でいっぱいになっており、少々騒がしい。

 大勢の人が集まれば当然ともいえるが、壇上での一幕が拍車を掛けているのは疑いようもなかった。


「コウカ様に寄り添っているあの人、ヒバナ様だよね」

「いつもあんなことやっているのかな? すごく自然な感じ」


「甲斐甲斐しく尽くすあのお姿、とても健気ですわ」

「コウカ様もとても優しげに微笑んでいらっしゃいますわ。凛々しいお顔も素敵ですけれど、愛する御方の前ではあのようなお顔も見せますのね」


 観衆の所々から黄色い声が上がっているが、2人だけの世界に入り込んでしまっている彼女たちが気付くことはなかった。


「――はい、今度こそバッチリよ」

「ありがとう、ヒバナ。ちゃんと決まっていますか?」

「当然でしょ。どこに出しても恥ずかしくないくらい」


 ここぞとばかりに胸を張るコウカとそんな彼女を見て深く頷くヒバナ。

 それからジッと見つめ合っていた両者であったが、不意にハッとした表情を浮かべたヒバナがコウカから一歩離れると《ストレージ》から取り出した帽子を被り直す。


「ごめん、予定が詰まっていたわね。それじゃあ、私も移動するわ。あっちで見守っていてあげるからこの後もちゃんとかっこいい姿を見せてよね、お姉ちゃん」

「ええ。それではまた後で」

「ん、頑張ってね」


 手をひらひらと振りながら来賓席の方へ歩くヒバナ。

 その視線の先で聖女のティアナが控えめに手を振っていたため、そのままティアナへも手を振り返していた。


 そして、そんな妹の背中を見送っていたコウカは自身の胸の内が熱くなっていることに気付く。


(あ……さっきまであんなに緊張していたはずなのに……)


 スピーチを読むという慣れない行為に浮足立っていた心がしっかりと地に足を着け、大きな自信を彼女に与えているのだ。


「ありがとう」


 何がきっかけだったのかなど、彼女にはわかりきったことだった。

 だから会場の声に感嘆に掻き消されてしまうような小さな声だとしても、感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。


「コウカ殿、このまま始めても問題はないだろうか」

「ええ、問題ありません。始めましょう」


 自信に満ちた表情を浮かべた彼女は演台の前に立ち、会場が静かになる瞬間を待ち続ける。


 ――やがて多くの人々に見守られる中、会場中を見渡した彼女は口を開き、その凛とした声を響かせた。




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