04 コウカ、騎士団長になる
三人称視点です。
ここはミンネ聖教団が誇る聖教騎士団、その全てを統括する立場にある騎士団長に与えられた一室。
現時点においての部屋の主ともいえる、栄えある騎士団長の座に就いているのはヨハネス・フォン・シュッツリッターという男だ。
そんな彼は今、普段執務を行う際に使用する机の前に立ち、ある1人の少女と相対していた。
「コウカ殿――いえ、光の精霊シェーネンリヒト様。これよりあなたを一日騎士団長に委嘱します」
彼の手から書類を受け取った少女は微笑む。
「承りました。今日はどうぞよろしくお願いしますね、ヨハネス」
救世主一行として旅を続けていた時とも少し違った装い。
荘厳さをも感じさせる騎士団長の制服に身を包んだコウカが送る騎士団長としての一日が今ここに幕を上げた。
◇◇◇
団員たちの詰所に隣接する宮殿の長い廊下を歩くコウカ。
彼女は自分の隣を同じように歩いている男へ問い掛ける。
「ヨハネス。今回わたしは一日騎士団長というものを任されたわけですが、まず何をすればいいんでしょう?」
「シェーネンリヒト様にはこのまま詰所内を巡察いただき、団員たちへの訓示を行っていただきたく思っております」
「巡察……訓示?」
「働く団員たちを見て、その際に感じたことをそのまま言葉にして団員たちに伝えてあげてください。彼らがこれからもしっかり騎士として己の使命を果たせるように」
「なるほど。そんな感じでいいんですね」
深く頷き、納得を示した彼女であったが不意にその表情を苦笑いへ変えると横目でヨハネスを見上げる。
「あの……ヨハネス、いつもみたいに話してください。さっきから違和感がすごいです」
そんな言葉を受けたヨハネスは口から笑い声を漏らす。
「まだ慣れないか、コウカ殿。ユウヒ嬢からも少しずつ慣れるようにと言われていなかったか?」
「公務の時だけならと納得しているつもりでしたけど、やっぱり誰の目もない場所だといつもみたいに“コウカ”と呼んで欲しいですし、敬語もちょっと……」
「そうか、そうか。まさかコウカ殿がそこまで気にしているとは思ってもみなかったな」
「……ん? もしかして、無神経だってバカにされてます?」
ジトっとした視線をヨハネスに向けながらむくれるコウカ。
勿論、貶む気など微塵もなかったヨハネスがすぐにフォローしたことで彼女の機嫌は即座に回復した。
公務中ではあるもののどこか和やかな雰囲気のまま騎士団員たちの様子を見て回るコウカたち。
この一日騎士団長という非日常的な体験にコウカが心を躍らせる一方で、崇拝する彼女から激励の言葉を投げ掛けられた騎士たちもまたこれ以上ないほどのやる気を満ち溢れさせていた。
これだけで今回の試みは大成功だったといっていいほどである。
「流石だな、コウカ殿。もうすっかり騎士団長としての姿が板に付いている」
「大袈裟すぎますよ。騎士団長が本当はもっと大変な役職だということくらい、わたしも知っています」
「だが彼らの心に火を灯す様は実に見事だった。やはりあなたに任せて正解だ」
そう言って微笑むヨハネスに対して、コウカも控えめな笑みを浮かべる。
「実を言うと少し安心しました」
「ん?」
「わたしはマスターやダンゴのように騎士たちから好かれてはいませんから。激励の言葉を伝えてくれと言われてもそこまで彼らの心に響いてくれないと思っていたんです」
やや視線を伏せながらの告白を聞いたヨハネスは唖然としていたかと思えば、急に声を上げて笑い始めた。そんな彼の様子にコウカは戸惑う。
それに対して、「いや、失礼した」と佇まいを正したヨハネスがコウカをまっすぐ見つめる。
「好かれていないというのはあり得ないな。騎士たちは皆、あなたに憧れの感情を抱いている」
「憧れ、ですか?」
「皆の前に立ち、皆の為に道を切り開こうとする姿勢はその背中を見ている者たちの目に眩しく映るものだ。コウカ殿にとってはあまり実感が湧かないかもしれないが尊敬し、憧れる……それも雲の上の存在から直接かけられる言葉ほど嬉しいものはないさ」
生まれながらにして人々に信仰される存在であるコウカにとって、尊敬や憧れといった気持ちを持つことはあっても“雲の上の存在”という言葉は想像しづらいものだ。
「ふむ……そういうものなんですね。なるほど……」
だが少なくとも自分が好意的に受け入れられているという事実を理解することはできたので、それで納得することにしたのだった。
――そのようなやり取りの後も騎士たちへの巡察と訓示は続いていく。
「ここは?」
「この場所は騎士たちの訓練に使う演習場だ。待機時間を利用して個人で鍛錬に打ち込んでいる者もいれば、集団で訓練している者もいる」
「へえ……思えばここに足を運んだことはありませんでしたね。騎士たちの鍛錬、すごく興味が湧いてきます」
「時間にはまだ余裕がある。少し見学もしていくといい」
「なら、お言葉に甘えて」
あまり騎士たちの集中を乱すことがないように離れた場所からじっくり訓練の様子を見学するコウカ。
時折感嘆の声を上げ、疑問に思ったことをヨハネスに質問するコウカであったが次第にその様子に変化が訪れる。
「やっぱり我慢できません。ヨハネス、彼らと手合わせをお願いさせてもらえないでしょうか」
「……一応、理由を聞いても?」
「体が疼いて仕方がないんです。あの人たちの剣をわたしも感じてみたくてたまらない」
好奇心と闘争心を掻き立てられている様子のコウカを見て、ヨハネスは思わず額を手で押さえる。
普段は理性的だが、一度スイッチが入るとただでは止まれない性格の少女なのだ。
――こうして急遽、コウカと騎士たちとの模擬戦の時間が設けられることになった。
「手合わせいただきありがとうございました、コウカ様」
「こちらこそたくさん学ばせてもらいました。あの時の一撃なんて、わたしも思わず一本取られたと思いましたよ」
晴れやかな笑みを浮かべた両者が固い握手を交わす。
1対1の個人戦を立て続けに行い、その数はたった今10を超えたところだ。
純粋な剣技だけに制限された試合では、コウカも気を抜けば一瞬のうちに勝負を決められてしまう可能性がある。
日夜研鑽を積んできた騎士たちの剣術は何度もコウカを追い詰め、その度に彼女は状況を打開するための糸口を模索する。
その中で様々なことを学びつつも、十人十色の剣術を五感で感じ続けたコウカの顔には常に笑顔が浮かんでいた。
「次は――」
「シェーネンリヒト様。申し訳ありませんが、次の予定が迫っています」
「――あっ」
公務中だということをすっかり忘れて手合わせに夢中になっていたコウカは仕事モードのヨハネスによって、現実へ引き戻される。
「そうでしたね、つい夢中になってしまっていました」
「お望みであれば、いずれ同じような機会を設けましょう」
「ありがとう、なら次の機会が来ることを楽しみにしています」
コウカと手合わせをしてみたいという望みを抱いていた者も騎士の中にはいたが、彼女が公務中ということもあり、それを表に出そうという者は存在しなかった。
――そう、1人を除いて。
「おい、やめとけってカイ……」
「コウカ様!」
「あっ、馬鹿野郎!」
周囲からの制止を受けながらもコウカの前に飛び出してきたのは若い騎士だった。
「えっと、あなたは……」
「俺……自分は第一騎士団第一機動隊に所属するカイと言います」
彼の顔を見たコウカの記憶に何かが引っ掛かる。
そして――。
「もしかして、ロドルフォと戦っていた……」
「……はい、爆剣帝との交戦中にあなたに助けてもらった騎士です」
それはコウカと爆剣帝ロドルフォが二度目の邂逅を果たした際、彼と戦いを繰り広げていた騎士だった。
コウカと同様に彼も当時の苦い記憶を思い出しているのか、やや俯きがちに両手を強く握りしめている。
「カイ」
「コウカ様、失礼を承知の上でお願いがあります。自分と戦ってください!」
「いい加減にしろ、カイ! シェーネンリヒト様は公務中であられる。自分の立場を思い出せ。この場において、個人の勝手が許されるはずがないだろう」
騎士団長であるヨハネスから叱責を受けるが、カイは中々引き下がろうとはしない。
そんな彼の姿に思うところがあったのか、コウカは振り返ってヨハネスの顔を見上げた。
「ヨハネス、これはわたしの我儘ですがあと一戦だけ戦いたくなりました。……ダメですか?」
コウカの問い掛けに対して、ヨハネスは唸るような声を漏らしたかと思うと諦めたように目を伏せる。
「……一戦だけですよ」
深いため息をつきたくなったもののそれをグッと飲み込んだ彼は、カイの隣まで歩いていく。
「カイ、あとで説教だ」
「え……は、ハッ」
ヨハネスが彼とコウカから距離を取るように歩いていき、騎士たちもそれに続いていく。
そして周囲に集まっていた者たちが十分な距離まで離れると、向き合っていたコウカとカイがそれぞれの得物を構えた。
「ルールはさっきと同じでいいですね? 魔法は使わず――」
「いえ、魔法も含めて全力でお願いします」
「えっ、でもそれだと……」
「お願いします」
「……わかりました」
カイと今のコウカとでは純粋な種族としての力の差がありすぎる。下手をすれば勝負そのものが成り立たなくなる程に。
だがコウカはまっすぐ見つめてくるその瞳に感化され、その要求を飲むことにした。
「――【ブリッツ・アクセル】」
開幕の合図と同時に急加速したコウカは一瞬のうちにカイの背後へと回り込み、上段から剣を振るう。
常人では反応することすら難しいコウカの全力であったが、光の軌跡を必死に追いかけたカイはギリギリのところでその斬撃を受け止めた。
「ぐうぅ……ッ!」
カイは体を軽く吹き飛ばされるほどの衝撃を受けたが、どうにか踵の裏で地面を削りながら衝撃に耐え続ける。
だがコウカは決して攻撃の手を緩めない。正面からの絶え間ない猛攻はカイに反撃する余地すら与えず、その体を奥へ奥へと追いやっていく。
彼らの戦場は凄まじい勢いで直線上に伸びていき、戦いを見守っていた騎士たちは巻き込まれないように自然とその道を開けるようにまでなる。
そしてついに――。
「勝負あり、ですね」
演習場に配置されていた大きな岩へと背中を打ち付けられた衝撃で怯んだ隙に、剣を喉元へ突き付けられたカイが呻く。
そしてそのままズルズルと岩に背中を擦り付けるように彼は力なく座り込んでしまった。
「正直ここまで耐えられるとは思っていなくて、驚きっぱなしでした」
「…………」
「最初に振り返ってきたのもそうですけど、ずっと攻撃を受け止め続けてきたのは……」
「…………」
「……あの、大丈夫ですか?」
俯いたカイの表情をコウカは見ることができない。
彼女がやりすぎたのではないかと内心あたふたしはじめたその時、ポツリとカイが声を漏らした。
「精霊様……どうすれば俺はあなたみたいに強くなれますか?」
その言葉を聞き、咀嚼したコウカはどこか既視感のようなものを覚えた。そしてすぐにその正体に辿り着く。
――きっとその胸に浮かび上がってきたものは僅かな懐かしさと、それに起因する彼への共感する想いだ。
「わたしからするとあなたは十分強い騎士ですよ」
「でもあの時、あなたがいなければ俺は死んでいた。あの爆剣帝のような強い敵を相手にした時、俺は誰も守れない。この街にいる大切な人たちも……妹さえも」
「妹……」
その存在が彼という人間の根幹にいるということをコウカは即座に理解し、密かに笑みを浮かべた。
「あの時もあなたが彼に食らい付いていなければもっと多くの人が命を落としていましたよ。あなたは強い。今も握り続けているその剣が何よりの証拠です」
「え?」
「あなたがロドルフォと必死に戦っていたおかげでわたしが間に合い、騎士たちも邪魔を食い止めることができた。必死に食らい付き、離さないあなたの剣はきっと希望を繋ぎとめる力なんですよ」
「希望を繋ぎとめる……力?」
「わたしだってできることには限りがあります。だからそんな時には仲間の力を借りるんです。あなたにだってたくさんの支えてくれる仲間がいるでしょう?」
顔を上げ、目を見開いた彼に向かってコウカは微笑む。
「あなたは騎士なんですから。それとも騎士団というのはそんなに冷たい場所なんでしょうか」
彼女はカイに手を差し出した。
その手とコウカの顔を彼は交互に見つめ続ける。
「もっと周りにいる人たちに頼ってみましょう。頼り過ぎるくらいでも心配いりません。その分、きっとあなたも頼られるようになりますから」
コウカの手が強く握られ、彼女はカイの体を強く引っ張り上げる。
すると少しの間、彼らの間に沈黙が流れていたが――それは直後にカイが取った行動によって一気に騒がしいものになる。
まずカイが慌ててコウカの手を離し、次にずっと握っていた剣を鞘に収めた。
その瞬間、皮が剥けて血塗れになった彼の手が露となってそれを見たコウカが慌て始めたのだ。
「わっ、ごめんなさい! そんな怪我をさせるつもりはなくてっ! だ、誰か来てください!」
「い、いえ! これくらい慣れています! 大丈夫ですから!」
そんな騒動はあったものの、後の予定が詰まっていたコウカはカイを残してヨハネスによって連れていかれることになる。
「――彼、大丈夫なんですか?」
「剣を握る時に痛むだろうが、心配には及ばないさ」
「なら、いいんですけど……」
「……コウカ殿。カイのこと、感謝する」
思ったよりも長くなりましたので2つに分割します。




