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03 夏の海と銀雪の龍

 夏と聞くとまず何を思い浮かべるだろうか。

 七夕に花火大会、食べ物だとかき氷など……挙げていくとキリがないほどに様々なものが頭の中に浮かび上がってくる。

 ――でも、絶対に忘れてはならない夏恒例の行事がひとつあるはずだ。


 頬を撫でる海風に鼻腔をくすぐる潮の香り。白い砂浜、そしてキラキラと輝く透き通った海。

 蒼い空の上から照らしつけてくる太陽も今日ばかりはこの気持ちを盛り上げてくれる。


「ということでやってきました!」

「海だー!」

「海です!」


 海に向かって声を上げた私に便乗するかのように大きな声を出したのはダンゴとコウカ。

 今の私の気分はまさに最高潮であり、それはこの子たちも例外ではないようだ。

 砂浜に打ち寄せる波の音を聞いているだけで何か内側に込み上げてくるものがあるが、本当の楽しみはここから始まる。

 ――今日は心ゆくまで遊ぶのだから。

 そうと決まれば、まずはこの素敵なプライベートビーチに私たちを招いてくれた友人へ感謝の気持ちを伝えよう。


「今日はありがとね、シリス」

「礼には及ばないし、楽しみはこれからなの。シリスもあなたたちと遊べるこの日をずっと楽しみにしていたの」

「そっか。ならこの海水浴を目一杯楽しもうね!」


 何を隠そう、彼女の名は聖龍シリスニェーク。

 この場所は彼女が治める“龍の孤島”に広がっている砂浜なのだ。

 ――そんなことを考えていると不意に全身へと衝撃が走った。


「ねえねえ、もう海に入ってきてもいい? いいでしょ!?」


 どうやら辛抱できなくなったダンゴが私に懇願しようと抱き着いてきたみたいだ。

 そんな彼女に苦笑していると私たちの傍にいたヒバナが口を開いてダンゴを宥めてくれる。


「ダメよ。色々と準備しなくちゃいけないんだから少しだけ辛抱して」

「じゃあ早く準備しようよ!」


 ダンゴだけではなく誰もがどこかうずうずとしている様子だったので、いつまでも焦らしていてはかわいそうだ。勿論、私だって早く海に入りたい。


「よし! じゃあダンゴ、まずはシートを広げるからそっち側を持ってくれるかな。みんなも準備よろしくね!」

「シリスも手伝うの」

「ありがとう。アンヤ、コウカ、手伝ってもらって?」


 この遊ぶ前の準備というものは非常に重要だ。それにこれはこれで風情のようなものを感じられるので悪くはない。


「アンヤ、城壁がだいぶ出来上がってきました!」

「……ならここに門を作るから、シリスはこれと同じ門塔をこっちに作って」

「わかったの!」


 そんなやり取りが聞こえてきたために、風情なんてものは一瞬で消え去ってしまったが。


「いや、準備は!?」


 いつの間にか砂の城――これまた非常に立派な作りである――を作り始めていた3人。

 この短時間ですごいものを作り上げていっているが、それは一旦後回しにしてもらう。


 そうして少しトラブルはあったものの手分けをして、作業を手早く終わらせていった後はみんなが選んだ水着のお披露目となる。

 水着選びにはそれぞれの個性が現れるので、このお披露目会だって実は楽しみにしていた。


「……ね、ねえ、ユウヒちゃん。あたしの水着……変じゃない、かな……?」

「ううん、全然変じゃないよ! すごくかわいいし、シズクによく似合ってる」

「そ、そう……えへへ……」


 意外にもシズクは水着を選ぶとき、じっくりと時間を掛けていた。

 その結果がビキニタイプの水着なのだが、彼女にとっては攻めたデザインのものを選んだつもりのようだ。


「よかったわね、シズ」

「うんっ……選ぶの手伝ってくれてありがと、ひーちゃん」


 顔を突き合わせて微笑み合う双子を見ていると胸がほっこりした。

 そう、ほっこりしていたのだが――。


「……シリス、水着は……?」

「ホントですね。シリス、水着に着替えないんですか?」

「早く着替えて海に行こうよ! ねえねえ!」

「水着ってあなたたちが着ているそれのことなの?」


 ――不意に聞こえてきたあの子たちのやり取りは到底スルーできるものではなかった。


「えっと……もしかしてシリス、用意してないの?」

「用意もなにも、別に必要なさそうなの。何もつけない方が水の中では動きやすいの」


 絶句してしまいそうになるが、すぐに頭を振る。

 ――この子は龍なんだから、そう考えてしまうのも不思議ではないじゃないか。


「シリスちゃん~恥ずかしくないの~?」

「恥ずかしさなんて感じないの。シリスは偉大な龍、この肉体のどこにも隠すべきところなんてないの」

「随分と大きな声で言い切ったわね……」

「あたしたちとは考え方が違うのかな……?」


 ある意味、普段は服を着てくれていることが奇跡なのかもしれない。

 多分、彼女の母親であるミティエーリヤ様のおかげだろう。人間とも良い関係を築いていたらしいし。

 でも――。


「私としては目のやり場に困っちゃうからこれを着てくれると嬉しいかなって……」


 神力を使って即興で水着を作り、シリスへと手渡す。

 こちらの想いが通じたのか、渋々とではあるがシリスはその水着に着替えてくれるようだ。正直、ホッとした。


「すっごく似合ってるよ、シリス!」

「……アンヤとお揃い」


 そしてダンゴとアンヤの言葉を受けたシリスの表情はというと、満更ではなさそうなものだった。




    ◇




 海に足を踏み入れる瞬間、体の内側を駆け抜けていく感覚は言葉では到底言い尽くせないものだ。

 最初に全員が無邪気にはしゃぎ、浅瀬での水のかけ合いといったちょっとした遊びから始まって、次第に少しずつ水深の深くなっていく所で様々な遊びに興じるようになっていく。

 そんな中で私はというと――。


「ノドカ、上手くなってきたね。だいぶいい感じに泳げてるよ」

「えへへ~、そう~?」


 私に手を引かれるような形で水面から顔を出しているノドカが顔を綻ばせて笑う。

 海に来てまで泳ぎの練習をするのか、と思われるかもしれないが泳げたほうが絶対に楽しいと思うので私が付きっきりで教えているような形だ。


「あははは、じゃあ少しだけひとりで泳いでみようか! それっ!」

「わぁ~」


 掴んでいたその手を思いっきり引っ張ってノドカの体を海に投げ出すような状態で手を離す。

 ――うん、のんびりとではあるけどしっかりと自分の力で泳げている。

 ノドカは大丈夫そうだし、少し周りの様子を確認しようか。


「アンヤ、シリス! ここからあの岩まで競争しようよ!」

「望むところなの。龍が誇る偉大な泳ぎを見るがいいの」

「言ったね! ボクだって泳ぐのは得意なんだ、負けないよ!」

「……アンヤだって、負けない」


 シリスが言う偉大な泳ぎについては私も先ほど見せてもらった。

 それがどう見ても犬かきなわけだが、進む速度が犬かきとは思えないほどに速いので意外といい勝負になるのではないだろうかと予想する。


「ねえ~お姉さま~……疲れました~……」

「……早いなぁ」


 あの子たちの勝負を見守ろうとしていたところでノドカの声が聞こえてきたため、そちらに目を向ける。


「……上手いね!?」


 私の視線の先には両腕を伸ばした体勢でプカプカと仰向きで浮かんでいるノドカがいた。

 一切教えていない背浮きを既にマスターしているとはなんとも恐ろしい。


「これ~……すごく楽~……」

「あはは、それはよかった。……疲れちゃったのなら、一度海から上がろっか」

「そうします~……」


 耳までしっかりと水に浸かってしまっているというのに、完全に脱力しきっているノドカを見ると流石だという感想しか出てこない。


「そうだ、せっかくだからノドカに良い物を作ってあげよう」

「良い物~?」


 私は自身の内側にある“創造の神力”を手の平に集める。

 そうして生み出した1枚の板をノドカに渡し、両腕で抱え込ませた。


「わぁ~……これ~すごい~! プカプカする~!」

「ビート板だよ。ノドカ、そういうの好きでしょ」


 あまりこの世界に存在しない物を神力で生み出すのは好きではないが、どうせこの日限りの遊びで使うだけなので別にいいだろうと考えた次第である。

 自分の中にあるちょっとした矜持よりもノドカの喜ぶ顔を優先しただけだ。

 案の定、すっかりとご満悦のノドカを見て私も自然と笑顔になってしまう。

 ――どうせなら、あとであの子たちにも浮き輪あたりを作ってあげようかな。……うん、絶対に喜んでくれる。


「ゆっくりと戻っておいで。私は一足先に上がっておくね」

「は~い」


 ゆっくりと浜辺に戻ろうとするノドカを後目に海から上がった私は、砂浜にしゃがみ込んで何かをしている2人を見て、そちらに足を向ける。




「いろいろな貝殻があって面白いね、ひーちゃん」

「こんなのもあったわよ、シズ。……これ、中から波の音が聞こえて面白いわ」


 貝殻を耳に当て、なんとも乙女チックなことを呟いているヒバナ。

 あの子たちはどうやら、貝拾いに明け暮れているらしい。


「やあやあ2人とも。何してるの?」

「あっ、ユウヒちゃん。今ね、ひーちゃんと一緒に色んな貝とかを石とかを拾ってるの」

「そうなんだ。いいのは見つかった?」


 そう問い掛けると2人はそれぞれの気に入った貝殻や綺麗な石などを見せてくれる。

 こういった拾い物は思い出と合わさることでかけがえのない宝物になるようなものだ。私も何か探してみようかな。


 ――そうして双子と一緒になって貝殻拾いに夢中になっていたところ、海から上がってきたノドカの姿が見えたので彼女も誘ってみた。


「ん~……お昼寝したいから~今はいいです~……」


 結局、ノドカはパラソルの下で寝ることを選んだみたいだけど。




「ん、これ……」


 貝殻拾いに没頭する中で、少し面白いものを見つけた私の内側から悪戯心がふつふつと湧きあがってくる。

 きっといい反応を見せてくれるはずだ。


「ねえねえ、この貝殻見てみてよ」


 ヒバナとシズクがすかさず集まってきて、私の手元を覗いてくる。


「どうかしたの?」

「何よ、普通の貝殻に見え――ひゃっ!?」


 貝殻の中から何かが飛び出し、それに驚いたヒバナが体を仰け反らせた。


「な、なにっ!?」

「あははは、そんなに怖がらなくたって平気だよ。ほら、よく見たらこの子、可愛い目をしているでしょ?」

「え……そ、そうね……言われてみれば、たしかに少しかわいいかも」


 自分の足で砂の上を歩きだしたその生物に2人は興味津々のようで、お互いに顔を突き合わせるような態勢で観察を始めた。


「これって、もしかしてヤドカリ?」

「そうだよ、シズク。よく知ってるね」

「うん。本で読んだの」


 実物を見るのは初めてだと口にした彼女は現在、自分の中の知識と実物のすり合わせを行っているらしい。

 口元に手を当てながらヤドカリを観察するその表情は真剣そのもので、私もそんな彼女に思わず見惚れてしまいそうになってしまった。

 ――そんな時のことだ。


「おーい、何か変な生き物を見つけましたよ!」

「ボクも!」


 海の中から帰ってきたあの子たちの声が聞こえてきたため、そちらに視線を向ける。

 いつの間にかコウカもダンゴたちと合流していたようで、4人は揃って浜辺へと戻ってきている最中だった。


「海の中で見つけてきました! この生き物、わたしの腕にずっと絡みついてくるんですよ!」


 腕を揺らしながらその生物が絡みついて離れないことをアピールするコウカは実に楽しそうにしている。

 だがそれを見せられた中でもヒバナだけは凄まじい拒否反応を示し、すぐに私の背中に隠れてしまった。


「き、気持ち悪い……いやっ、すぐに捨ててきてよ!」

「ヒバナ、そんなに気持ち悪がることもないって。ただのタコだよ」


 あの生物が何かを知っている私はそんなヒバナを宥めた。

 ここまで怖がる必要はないだろうと思ったが、よく考えればそれも当然かもしれないとすぐに思い直す。


「そっか……なんだかんだでタコを使った料理ってみんなは食べたことがないのか……」

「えっ、食べる!? これを!?」

「そうそう。弾力があって美味しいんだよ」


 生きている姿を見たことなければ食べたこともないとなると、タコという生物は拒否反応が出てしまうような姿をしているのかもしれない。


「へぇ、そっか……これがタコなんだ。図鑑で見たことはあったけど、食べられるのは知らなかったな」

「あっ、待ってシズク。そんなに顔を近付けたら――」

「え? ……にゅっ!?」


 気付いた時には既に遅かった。

 無警戒でタコのすぐ近くまで顔を寄せてしまったシズクの顔からポタリ、ポタリと液状の黒い何かが滴り落ちる。

 何とも言えぬ静けさが私たちを包み込む中、静寂を突き破ったのは僅かに肩を震わせたシズクだ。


「……コウカねぇ。それ、捨ててきて。すぐに捨ててきて。なんだったら剣で八つ裂きにしてもいいからっ」

「さすがに少しかわいそうなので八つ裂きにはしませんけど……まったく、悪いヤツですね、お前は」


 腕に絡みついているタコを睨み付けたコウカが海へと引き返していく。

 どうやらシズクの要求通りにタコを海へ返してくるつもりのようだ。


「ユウヒ、シズの顔に付いているこの黒いのって大丈夫なのよね?」

「うん。ただの墨だからちゃんと洗い流せば平気だよ」

「だって、シズ」


 ヒバナの言葉に短い返答をしたシズクが自分の水魔法で顔を洗い始める。


「ねぇねぇ、次はボクがとってきたのを見てよ! これって生き物だよね?」


 そして、ここで声を上げたのはダンゴだ。

 ……ちなみに私はダンゴが両手で抱える石鉢の中に入っているの姿を最初に見た時からずっと視界の外へと追い出そうとしていた。

 石鉢の中で何重にもとぐろを巻いている細長い体にはイボ状の突起が目立ち、それが気味の悪い模様のようになっている。

 そして極め付きは先端から飛び出している十数本の触手である。

 ――この触手、ずっとうねうねと動き続けている。


「何よそれ、さすがに生き物には見えないけど」

「でもヒバナ姉様。これ、動いてるよ?」

「え……?」


 次の瞬間、ダンゴが持ち帰ってきた巨大な生物(ナマコ)の触手が動いているところをついに見てしまったヒバナの顔が青くなっていき、その悲鳴がビーチ一帯に響き渡ることとなった。

 一方、私もそのあまりにも気味が悪すぎる外見に堪えられるはずもなく――。


「だ、ダンゴ……お願い、それ……もう海に返してあげて……ていうか、返してきてください……お願いします……お願いします……」


 ――体中がぞわぞわする感覚に襲われながら必死に懇願していた。




後編に続きます。

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