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01 神界での日常

本編完結後10年くらいのお話です。

 この神界には合計で3つの建物が存在する。

 1つ目は神界の中心ともいえる場所に立っている大きな神殿。

 2つ目は女神ミネティーナ様と先代の大精霊たちが共に生活していた大きな屋敷。

 そして最後の1つがその屋敷の近くに建てられた邸宅。私たち7人が住む――私たちの家だ。


 ちなみにこの家はこの世界ではあまり見かけないような構造になっている。というのも、私の要望で前の世界で一般的だった住宅に限りなく寄せてもらったのだ。

 さらにはグローリア帝国にも連絡をして最新の魔導具を導入してもらうなど、ここぞとばかりに権力を行使させてもらっている。

 神界では直接引っ張り上げた魔素を魔導具のエネルギー源にできるため、消費を度外視できるという点から随分と開発も捗ったそうだ。

 前の世界とは違うものも多々あるが、十分に快適と言っていい暮らしをさせてもらっている。




 私の一日は朝、リビングでコーヒー片手に読書をしながらあの子たちが起きてくるのを待つことから始まる。……今日はたまたま私が一番早く起きたからそうしているだけなんだけど。

 ――まあ、それはいい。

 流石にそろそろ誰か起きてくる頃合いだとは思う。

 コウカやヒバナは早起きしていることが多いので、最初に起きてくるのはその2人のうちのどちらかかなと予想する。

 だが――。


「あ……ヒバナはノドカと寝てるんだっけ……」


 ヒバナは昨日、ノドカに誘われて一緒に寝る約束をしていたはずだ。なら早起きするのは厳しいかもしれない。

 あの子の包み込んでくれるような安心感には何人たりとも抗うことができないのだ。

 無論、それはしっかり者のヒバナも例外ではない。


「ふぅ……」


 考え事ばかりしていて読書が全くといっていいほどに進まないので、栞を挟み込んでから一度本を閉じる。

 するとタイミングのいいことに微かに扉の閉まる音と共に足音らしきものが聞こえてきた。

 このリビングは天井が吹き抜けになっており、私を含めた全員の部屋がある2階へと続く階段も存在する。

 だから振り返って上を覗き込めば誰が起きてきたのかが分かるのだろうが、敢えて私はそうせずに誰が起きてきたのかを予想してみることにした。

 ダンゴじゃない。この足音だとコウカも少し違うかな。


「――シズク」


 導き出した答えを呟きながら振り返ったのと同じタイミングで、2階に続く階段からその少女が1階へと下りてくる。


「おはよう……」


 だが私の視界に飛び込んできたのは青色ではなく黒と白のモノクロカラー。目をこすりながら下りてきたのはシズクではなくアンヤだったのだ。

 どうやら私は間違った答えを導き出してしまったらしい。

 とりあえず、朝の挨拶は返すことにしよう。


「うん、おはようアンヤ。……あはは、ゆっくり寝ていてもよかったのに」


 ダンゴほどではないが、この子も比較的朝が弱い。

 そんなアンヤはやはりというべきか、随分と眠そうだった。


「……みんな……もう起きてると思ったから。でも、ますたーだけ……?」

「今日は全員ぐっすりみたいだね。だからアンヤが一番乗りだよ」

「そう……」


 やや覚束ない足取りでこちらへ近づいてくるアンヤ。

 椅子に座る私の前まで来て立ち止まった彼女は私の言葉に気のない返事を返してきたかと思うと、倒れ込むような形で私の太腿の間へと顔を埋めてきた。


「おっとと」


 私は慌てて手に持っていた物を食卓の上に置き、顔を擦り付けてくるアンヤの頭を自由になった手で撫でる。

 ――やっぱり眠かったんだ。

 甘えてくるアンヤを見て微笑ましいような気持ちになった私は彼女を撫で続けながら問い掛けた。


「ソファに移る?」


 誰かが起きてくるまででも眠れるようにと思っての提案だったのだが、アンヤはそのままの体勢で首を振った。


「ん、いい……起きる……」

「そっか」


 アンヤ自身が起きると言っているので、これ以上の問答は野暮というものだ。

 ゆっくりと起き上がろうとするアンヤを支え起こした私はそのまま立ち上がり、自分が座っていた椅子に彼女を座らせる。


「何か飲むでしょ? 少し待っててね、淹れてあげる」


 そう問い掛けたものの、既にアンヤが大好きな特製ブレンドのココアの粉末を棚から取り出している。

 ミルクとお砂糖は言わずもがななので、これらも既に用意している。お湯もさっき沸かし直したばかりだからすぐにまた沸くはずだ。


「ココアでよかったよね?」

「ええ、ありがとう…………ん……ぐっ!? けほっ……けほっ」

「アンヤ?」


 手元に視線を落としながらの会話の最中、不意にアンヤが咳き込んだので心配になった私は視線を上げ、アンヤの様子を確認する。

 この部屋はいわゆるリビングダイニングキッチン。台所越しに直接、部屋の様子を確認することができるのだ。

 そうして目を遣った先に見えるのはマグカップを片手に持ち、その反対側の手で口元を押えて咳き込んでいるアンヤの姿だった。

 その手に持っているマグカップはどう見ても私の使っていたものである。


「ちょっと……大丈夫?」


 咳き込んでいるアンヤに慌てて駆け寄り、その背中を撫でてあげていると彼女は目に涙を浮かべたままボソッと呟いた。


「……苦い」

「そりゃブラックだもん。苦いよ」

「ブラック…………こんなの、何が美味しいの……うぅ……」


 まだ舌に苦みが残っているのか、アンヤは舌を突き出してしかめっ面を浮かべたまま唸っている。

 普段からビターチョコレート以外の苦い物と辛い物全般を避けているアンヤだ。これは珍しい表情を見られたと少し得したような気持ちになる。


「勝手に飲んじゃって、ごめんなさい……うぅ……」

「いいって。むしろ珍しいアンヤが見られてちょっと得した気分だし」

「……いじわる」


 少しからかうと目尻に涙を浮かべながらジトっとした目でこちらを見つめてくるアンヤ。

 そんな彼女だが、大好きな特製ココアを飲むとコロッと機嫌が直った。

 それに先程の出来事が功を奏したと言っていいのかは分からないが、眠気もすっかりと吹き飛んでしまったらしい。

 それを見届けた私は朝食の準備に取り掛かる。


「フレンチトーストでいい?」

「ぁ……ハチミツたっぷりがいい」

「了解」


 問い掛けに対する返答もなく自身の要望を伝えてくるアンヤだが、私にとっては予想通りの反応であるといえる。この子は大の甘党だから甘いものに目がない。

 早起きしてきたことへのご褒美として、とびっきり甘いものを作ってあげよう。

 

 そうして食事の準備を進めているとリビングの扉がゆっくりと開く。


「ただいま」

「……おかえり」

「おかえり、コウカ。外に出ていたんだね」

「はい。少し散歩でもしようかなぁ、と」


 そう言って柔和に微笑みかけてきたのは我らが長姉ことコウカ。

 その装いと彼女の言葉から、先程まで外に出ていたことは容易に理解できた。


「ただ……やっぱり少し寂しいですね。人の声どころか、どこへ行っても鳥のさえずりさえ聞こえないというのは」

「そうだねぇ……なかなか精霊も生まれてこないしね」


 神界、地上界問わず精霊たちは未だ姿を見せない。時間の問題でしかないはずなので、今はただ待つほかないのだが。


「聖教団からの報告もないってことは地上も同じようなところなんでしょうか」

「そうだね、神界よりも地上の方が早いってことはないと思うよ。魔素の質とかマナとか、こっちの方が環境も整っているから」

「そういうものなんですね……あ、お皿出しておきます」

「ありがとう、一応全員分出しておいて。あとコップは食卓まで運んでおいてくれるかな?」

「了解です」


 あの子たちがいつ起きてくるかは分からないが、いつでも食べられるようにはしておくつもりだ。


「アンヤは今日、早いんですね。何か予定でもありましたっけ?」

「そういうわけじゃない……ただ、早く起きただけ」


 コップを食卓に並べていくコウカだが、どうやら食卓に着いてココアを飲んでいるアンヤと言葉を交わし始めたようだ。


「なるほど。……あ、予定がないなら午後から土いじりでもしませんか? ダンゴが手伝ってほしいみたいで」

「ん……今日はシズクと本を読もうと思ってる、から……」

「あぁ、だったら別にかまいませんよ。予定がなければってだけなので気に病まないでください」


 励ますような言葉の後、コウカがアンヤの髪を梳くような形でその頭を撫ではじめる。

 私も手伝ってあげたいところだけど今日はやっておきたい作業があるし、土いじりはまた今度かな。

 ――そんなことを考えていると調理が終わり、あの子お待ちかねの朝食が出来上がったので2人に向かって声を掛ける。


「よし。できたよ、ハチミツたっぷりの特製フレンチトースト」

「――っ!」


 勢いよくこちらに振り返ったアンヤの目はキラキラと輝いていた。それほど楽しみにしてくれていたらしい。

 目の前で急に顔の向きを変えられたためにビクッと体を揺らしていたコウカもそんな妹を見て破願する。




「アンヤ、そんなにジッと見つめていなくてもフレンチトーストは逃げませんよ」

「うん……」


 食卓の上にある朝食を凝視しているアンヤの様子に、私とコウカは顔を見合わせるようにして苦笑する。


「あの子たちも起きてきませんし、先に食べてしまいますか?」


 そう問い掛けてくるコウカの視線はアンヤの方を向いている。

 私としてもこの子に我慢し続けてもらうのは忍びないし、全員が揃わないと絶対に食べてはいけないというルールもないのでもう食べ始めてもらってもいいだろう。

 でも――。


「一応、声をかけてくるよ。2人は先に食べておいて」

「わかりました」


 そうして頷いた彼女たちが早速食べ始めるのを確認した私は2階に続く階段へと足を踏み出したのであった。




続きます。

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