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52 反撃の狼煙

 大聖堂。またの名を“聖の霊堂”というそこはごく一部の人間しか入ることができない神聖な場所だ。

 ここに来るのは2度目となる。前に来たのは私たちが初めてこの国を訪れた時だ。

 だが今回は神界に行くためではない。ミネティーナ様と話すためにここへ来た。


「……大きい」

「そっか、アンヤちゃんはここに来るのは初めてなんだよね」

「そういえばそうね。あの時はまだ私たちと出会ってすらいなかったのよね」


 キョロキョロと大聖堂の中を見渡しているアンヤにシズクとヒバナの2人が声を掛けていた。


「ボクとノドカ姉様がまだまだちっちゃかった時だね」

「わたくしたち~あれから随分と~変わりましたよね~」


 ダンゴとノドカの言う通りだ。

 体の大きさも私たちの関係もあれから大きく変わった。衝突することだって何度もあった。でも今の私たちがあるのはそうして少しずつ歩んできた結果なんだ。


「え? 小さいってダンゴは今も――むごっ!?」

「それ、禁句だよ?」


 私がため息混じりにコウカの口を押えると彼女はコクコクと頷いた。

 まったく、感傷に浸る暇さえない。コウカの天然さには困ったものだ。

 そんな私たちの様子を見て、ティアナはくすりと笑った。


「きっと今のユウヒさんたちを見ればミネティーナ様もお喜びになりますね」


 みんなとの関係が、絆が深まる度に私たちはどんどん強くなってきた。全部ミネティーナ様の言った通りだった。

 今日、ここに来たということは遂に()()()がやってきたということなのだろうか。


「それでは皆様、ご用意を」


 声だけとはいえ、約1年ぶりのミネティーナ様との会話だ。

 少々緊張するが全体を見渡すと準備自体は問題なさそうなので、私はティアナに向かって頷く。


 ――十数秒後、温かい風が大聖堂を駆け抜けた。

 すると優しい声がどこからともなく聞こえてくる。


『お久しぶりです、ユウヒさん。そしてあなたたちも』

「ミネティーナ様……!」


 ミネティーナ様の声だ。彼女は前と変わらず、話し方も穏やかなものだった。


『姿が見られないのは残念ですがこうして再びお話ができること、とても嬉しく思いますよ。ユウヒさんたちの活躍はティアナさんを通して、私も聞かせてもらっています。あなたたちは皆、私の想像以上に頑張ってくれていますよ』


 ミネティーナ様に認められた私たちは顔を見合わせて、微笑み合う。


『力の関係上、今日お話できる時間は限られていますが……どうか一言ずつでも良いのであなたたちの声を聞かせもらえませんか?』


 その言葉を聞き終わるが早いか、コウカは一歩前に出た。


「なら姉であるわたしから……お久しぶりです、ミネティーナ。コウカです。あれから進化もして、みんなを守れるくらいに強くなりましたよ」

『頼もしいわ、コウカ。あなたの悩みも解決したようですね』

「ええ。自分の大切なものをちゃんと見つめ直すことができました」


 彼女の番が終わり、次は誰かといったところでダンゴが無言ながら勢いよく手を伸ばして飛び跳ねていたので、コウカは苦笑しながらも頷き返した。


「ボクはダンゴ! 前にキミと会った時は小さなスライムだったけど、今はすっごく大きくなったんだ! それでボクもコウカ姉様と同じで、みんなのことを守れる最強の盾だよ!」

『元気いっぱいですね。あなたのこともよく覚えていますよ、ダンゴ。最強の盾の活躍、私たちにも見せてくださいね』

「うんっ、任せてよ!」


 次にダンゴはバッとヒバナとシズクの方に顔を向ける。

 まずはピクッと肩を揺らしたヒバナが声を出した。


「ヒバナよ。平和な生活ができるっていうのなら最後までこの子たちと戦い抜くつもり」

「えっと……あ、あたしはシズク。ひ、ひーちゃんと同じでみんなと一緒に頑張る、から」

『ヒバナとシズクですね。あなたたち2人がユウヒさんたちとずっと一緒にいてくれたこと、嬉しく思います』

「当然よ。今さらあなたに心配されることでもないわ」

「ぜ、絶対に離れないって決めてるからっ」


 ああ、嬉しい。少々ぶっきらぼうだがそう言い切ってくれた2人の言葉についにやけそうになってしまう。

 2人が次にバトンを渡したのはウトウトしているノドカだ。


「ぅん~……? ぁ、ノドカです~……1年前は~お世話になりました~……お世話になりましたっけ~?」

『のんびり屋さんですね、ノドカ。あなたにも期待しています。頑張れそうですか?』

「はぃ~……頑張りますよ~」


 寝ぼけているのか、適当な受け答えをしているせいでヒヤヒヤする。

 これは駄目だと右手で額を押えたヒバナが左手でアンヤの背中を押す。


「……アンヤ。はじめまして……よろしく」

『そう、あなたがアンヤね。話には聞いていますよ。こちらこそどうぞよろしくお願いしますね』

「……また、色々と話したいことがある」

『ええ。全てが終わったらゆっくりとお話しましょう』


 時間を気にしたのか、そこで彼女は話を打ち切ると私に視線を向けた。

 彼女だけではない、みんなが私を見ている。


「ミネティーナ様、ユウヒです。私、みんなとここまで来られました」

『ユウヒさん。本当にあなたには感謝しかありません。そしてあなたたち7人が尊い関係となったことが本当に嬉しい』

「こちらこそ、ありがとうございます。全部ミネティーナ様が私をこの世界に連れてきてくれたおかげです」

『いいえ、それは違うわ。あなたたちの愛はあなたたちの手で育んできたものでしょう?』


 周りを見る――みんながいる。それが何よりも嬉しい。


『あなたたちの声を聞いて、私も決心がつきました』


 少し調子が変わったミネティーナ様の声に私は息を呑む。


『あなたたちの愛が(もたら)した奇跡。スライム――もとい精霊たちの大精霊クラスに匹敵するまでの進化、そしてユウヒさんが名付けたハーモニクスの力。それらが揃えば邪神の眷属たちにも対抗できるでしょう』

「ということは……」

『はい。どうか神界において、私たちと共に彼らと戦ってください。私、女神ミネティーナは今度こそ邪神メフィストフェレスを完全に消滅させます』


 この場にいる全員が息を呑む。遂にこの日がやってきてしまった。

 1年という思っていたよりも短い時間、私たちの命運を分ける戦いはすぐそこまで迫ってきている。


『――とはいえ現状では万が一、結界による封印にほころびができてしまってはいけませんので。そうですね……準備のために1カ月ほど要することになってしまいますが、それまでは引き続きそちらでの活動を続けていただけると幸いです』


 1カ月か。それまでに心の準備ができるといいのだが。


『それでは残った時間で手順を簡単に説明しますね』


 本当に戦いが終わるのかと半信半疑な部分があったが、具体的な内容となるとやはり緊張の度合いが変わってくる。

 全員が集中して彼女の言葉に耳を傾けている。


『ユウヒさんたちがそちらから神界に渡った後、万全を期した状態で邪神の封印を解き放ちます』

「封印を……!? 大丈夫なんですか?」

『あくまで解くのは私と6人の大精霊による結界を使った封印のみです。7つの……いえ、今は6つの霊堂による封印が維持できれば邪神の力は大きく削がれたままなのです』


 なるほど。闇の霊堂が破壊された今でも邪神への封印は有効に働いているということだ。

 そしてそれらが残っている限り邪神が弱体化しているということは、これからの1カ月の間、活動してほしいというのは霊堂を守るためでもあるのだろう。


『しかし邪神を完全に滅するためには、封印の維持で消費していた私の力を取り戻さなければなりません。それには多少なりとも、時間が掛かってしまいます。ですからそれまであなたたちには大きな苦労を掛けることになるかと思いますが……』


 要は力を取り戻すまでの足止めが私たちの役割だということだろう。

 邪神はミネティーナ様が、私たちの相手は恐らく邪魔(ベーゼ)邪族(ベーゼニッシュ)だ。


『そろそろ時間になってしまいますね。詳しい日程は様子を見て決まり次第、ティアナちゃんにお伝えするつもりです。それでは……あなた……愛の……』


 ミネティーナ様の声が途切れ途切れになる。


「――お時間に達したようです」


 時間切れか。

 どこか張り詰めていた私たちの雰囲気も緩み始める。


「戦いが終わるのよね……」


 どこまで続くか分からなかった戦いにゴールが見え始めたのだ。ヒバナも喜んでいるような、戸惑っているような不思議な表情をしていた。


「ねぇ、みんなは戦う必要がなくなったら何をする?」


 シズクが全員に問いかける。


「ボクは主様が作ってくれたゲームでいっぱい遊びたい!」

「お昼寝したい~!」


 それは今やりたいことではないかというか、普段と何も変わらない。


「わたしは平和になっても戦いたいです! 勿論、命を掛けなくていい戦いです! 戦うことは好きですから!」

「……決めきれない。でもずっと一緒がいい」


 そうだ。決めきることができないくらい、私たちはなんでもできるのだ。


「気の向くままに何でも好きなことをやっていこうよ。何にも脅かされない。時間にも、役目にも囚われない生き方をしよう」


 それは別に今、決めなくてもいい。

 私たちには戦いが終わってからいくらでも時間が残されているのだから。




    ◇




「さて、今日はユウヒさんたちにお会いしてほしい方がもうお一方いらっしゃるのです」


 そう言ってティアナに連れて行かれたのは先ほど紅茶を飲んでいた部屋だ。

 特に心当たりがなかったので可能性のある人物を思い浮かべながら予想していると、ティアナが扉を開けた。

 次の瞬間、部屋の中から勢いよく何かが飛び出してくる。


「きゃっ!?」

「おいっ! すまん、聖女さん!」


 私たちの頭上を飛んでいるのは青色と緑色の模様を付けた小さな鳥だった。

 そして慌てた様子で部屋の中から出てきた男性には見覚えがある。


「久しぶりだな、ユウヒちゃん。……俺のこと、覚えてる?」

「あはは……勿論ですよ、カミュさん」


 そう、テイマーのカミュさんだ。

 頭上を飛んでいる鳥に彼の腕に止まっている鳥、そして頭上に陣取るレヴルファルコンのプライド。どこからどう見てもカミュさんだ。

 しかし、どうして彼がここにいるのだろうか。


「彼は優秀な冒険者ということでミハエル兄さんが少し前に紹介してくださったんです。主に諜報活動を行ってくれています」

「そういうわけだ。いやぁ、だがあいつがまさか一騎士団の団長の座に収まるとはな。最初に聞いたときは冗談かと思ったぜ」

「カミュ様。続きは中で致しましょう」

「おっと、悪いな。立ち話をさせちまった」


 そうして私たちも部屋の中に入り、改めて話を聞く体勢を作る。


「てなわけで、ユウヒちゃんたちに耳より情報……なんて言うと不謹慎だな。まあ仕事の依頼のようなもんだ。ゴーレムを一掃するためのな」


 椅子に浅く腰掛けるカミュさんが紅茶を啜りながら、手振りを交えた説明を始める。


「黒いゴーレムは今や見るのも珍しくなくなっているのはよくご存じのはずだ。奴らは基本的には大陸全土で目撃されてる。これは転移魔法で送り込まれているからっていうのが一般的な見解だな」


 彼は説明の途中で鳥たちと遊びながらも続ける。


「これは決して間違いじゃねぇ。だが毎度のように転移魔法を使うなんてことは不可能だ」


 カミュさんが懐から世界地図を取り出し、机の上に広げた。


「ゴーレムが現れるのは主に大陸の東側なんだ」


 そして東側の大陸の上を指先でなぞるとその跡を辿るように小さな鳥が歩いていく。


「ま、何らかの発生源が東側のどこかにあるって考えるのが妥当だ。そう思ったお偉いさん方が俺みたいな冒険者に依頼、んで探していたらなんとそれらしい入口を見つけちまったってところだ」

「入口ってことは施設? 建物ですか?」

「いや、見た目は洞窟だ。ゴーレムが何度も外に出ていくのは確認できたが中はどうなっていることやら、だな」


 洞窟か。

 しかし、中の様子が分からないというのは少しだけ面倒だと思う。


「確認はしていないんですね」

「閉所でゴーレムとの戦闘になるとマズいっつうから誰も中には入っちゃいない。大目に見てくれよ」


 そうか。あの小さなゴーレムたちも一般的には強敵の部類だ。それも閉所となるとあの防御力もあって危険であることは否めない。


「あ、あた、あたしたちに調査もしてほしいってことだよね」

「わたしたちならゴーレム相手でも問題ありませんからね」


 様子を見る限り、みんなも肯定的だ。


「あいつらを倒せるならボクは何でもいいよ」

「……アンヤも同じ気持ち。何度も苦しめられてきた」


 たしかにゴーレムを消し去れるかもしれないというのならとても魅力的だし、やらないことなどあり得ない。

 これは霊堂を守るということにも、人々を守るということにも繋がるものだから。


「2人とも~顔がカチカチ~」

「力みすぎよ。少しは肩の力を抜きなさいな」


 ヒバナがダンゴの両肩を叩き、ノドカはアンヤの頬を抓み上げて解していた。


「やってくれるな?」

「はい。断る理由なんてありません」


 こうしてゴーレムをその根源から断つ作戦が決まった。

 突入するのは私たちだけだが、外には有事に備えて連合軍も配備されるらしい。


 目指す場所はゲオルギア連邦だ。




    ◇




 ゲオルギア連邦の首都、プラティヌム。そこから少し外れた地点にある岩壁に縦10メートル、横5メートルほどの穴が存在した。

 外から見る限りは普通の穴に見えないこともないが、中を照らすと明らかに切り出されたような跡が見受けられる。


「既に100を超えるゴーレムが確認されています。幸い、全て撃破できてはいますが……このまま続くと厳しいかと思われます」

「なるほど。案内ありがとうございます、グラート中尉。後は私たちでどうにかします」

「……カーロ将軍があの件以来、一度もお会いできていないことを悔やんでおられました。また顔を出してあげてください、お喜びになります」

「はい、全てが終わった時には必ず」


 エルネスト・カーロ将軍はかつてこの国で水龍と戦った時に色々と迷惑を掛けてしまった人だ。

 彼は今、他の戦場で防衛作戦を指揮しているらしいのでここにはいない。ここにいるのは彼の下に配属されている一部の人間だけだ。


「それではご武運を」


 私たちは連邦軍と聖教騎士たちの連合軍に見送られながら、穴の中へ一歩を踏み入れた。




「ノドカちゃん、反応はまだない?」

「ありませんね~」


 地下へと続いている洞窟に入って約5分。

 ノドカの探索魔法を使いながらひんやりとした洞窟の中を進んでいるものの、未だに何も発見できてはいない。

 この子の探索魔法も万能ではない。止まっている物を正確に捉えることはできないため、トラップを見分けることも不可能だ。


「このまま何も起こらないとなると却って不安になるわね」

「ですが少しずつ魔素は濃くなっています。間違いなく、この先には何かがありますね」


 何も起こらないからといって気を抜くわけにはいかない。少なくともゴーレムがいることは疑いようのないことなので、私たちは警戒しながら先へ進んでいく。


「もうっ! 外から洞窟を崩すだけじゃダメかな!?」

「ダンゴちゃん。洞窟がどこまで続いているのか分からないのにそんなことをしても一時しのぎにしかならないよ?」

「むぅ……」


 ずっと警戒しながら進むというのも疲れるものだ。

 トラップ等がないとも限らないので、アンヤの眷属スキル《アナリシス》も活用しながら進んではいるもののどうしても歩みは遅くなってしまう。


「……ますたー」


 私の袖を引っ張っているのは目を淡い黄色に煌めかせたアンヤだ。


「何か見つけたの?」

「……そうじゃない、けど。この先の様子を見てきた方が……みんなも安心して進めると思う」


 この子の言いたいことが分かった。


「ハーモニクスだね」

「……お願い、できる?」

「よし、やろうか」


 これから彼女は斥候としてこの洞窟の先を探ろうとしているのだ。

 影魔法は隠密性に優れているし、有事の際は回避先にも使える。

 加えて魔素を見ることができる《アナリシス》のスキルと魔素を切ることができる霊器“月影”があれば、危険と遭遇することはほぼないと言っていい。


「私とアンヤでこの先を一気に探ってくるよ」

「……仕方ないわね。危なくなったらすぐに戻ってきてよ?」


 みんなは渋々、といった表情で了承してくれた。多分、私とアンヤなら危険と遭遇することがまずないことが後押ししてくれた形だろう。

 これで後腐れなくハーモニクスを使えるようになった私はアンヤの手を握る。


「【ハーモニック・アンサンブル】――デュオ・ハーモニクス」


 これがアンヤとの初めてのハーモニクス。

 光が収まった時には私の体を黒装束が包み込んでいた。そして視界に映り込む髪の色は黒、そして白。

 どこか懐かしい感覚だ。


『……これがハーモニクス。ずっと憧れてた』


 どこか嬉しさを滲ませたアンヤの声が私の心の中に響いてくる。

 アンヤとお互いを感じ合えるこの感覚はやはり心地良いものだった。これからもこうしてアンヤの力を借りることになるだろうな。


「眷属スキル《アナリシス》」


 次の瞬間、世界が切り替わっていく。

 私の視界全体にあらゆる光が映り込んでいた。


「これが魔素……」


 これが私とアンヤが見られる1つの世界だ。この世界は少し眩しすぎるような気がする。


「綺麗……」


 でもとても綺麗だったのだ。


「――2人だけでそんな綺麗な物を見ているわけ?」

「ヒバナ……うわっ、赤い」

「……その反応、ちょっと複雑よ」


 ヒバナの体とその中にある魔力まで鮮明に見える。魔素は魔力に変わるとちゃんと色が変わって見えるらしい。


「ねえねえ! ボクは!? ボクも見てよっ!」

「わたくしも~! 何色ですか~?」


 興味津々といった様子の2人を見て、疑問に答えてあげようとしたところでコウカからストップが掛かった。


「2人とも。魔力の色はいつも見ているでしょう?」

「あ、そっかぁ」


 たしかにコウカの言う通りだったから別に教えてあげなくてもいいのか。

 そんなことを考えているとシズクから私に声が掛かる。


「ユウヒちゃん、ちょっとだけあたしのことを見てほしいな」


 言われた通りに視線を向けると綺麗な青色の光が見える。

 そして一際濃い光がシズクの体の中を移動している。足の先から膝を通って腰、そして体の中を登っていきつつ右肩へといった具合だ。


 そして右肩から魔力が腕全体へと広がったかと思うと空気中の魔素の流れに変化が生じ、その一瞬後にシズクが握り拳を作って私に緩いパンチを飛ばしてきた。

 驚きつつも私はそれを手の平で受け止める。


「急にごめんね。最初は魔力操作してて、その後に何の気なしにパンチしたんだけど魔力とか魔素に変化はあったかな?」

「ぁ……」


 そういうことか。さっき見えた空気中に漂う魔素の流れの変化はパンチの軌跡を表していたのだ。

 人間を含め魔力を使って生活する動物は、自然と動かそうとする部位に魔力を集めて軽い強化を施す。

 そしてそれに周囲の魔素も反応するから魔素を見ることができれば、事前に行動を予測することが可能となる。

 私が見たものを余すところなくシズクへと伝えると彼女は満足そうに頷いた。


「すごく興味があったから、ユウヒちゃんで実験しちゃった」


 そう言ってチロッとシズクは舌を出した。

 そんな彼女に向かって咎めるように、また呆れたように呼び掛けたのはコウカとヒバナだった。


「シズク、時と場合を考えてください。まったく……」

「シズ、そんなの後でいいでしょ? ほんとにもう……」


 仲良くため息をついた2人にシズクははにかみながら謝罪をしていた。


『……コウカたちの言う通り。あまりのんびりしないほうがいいと思う』


 真面目なアンヤに怒られてしまった。ごめんね、アンヤ。


「じゃあ私たちは行くよ。影を垂らしておくから、何かあったら合図するね」


 私は影を糸状にして走った道に残しながら駆け出す。


 ――こうして走っているとただ走っているだけなのにアンヤとハーモニクスをしたことによる影響がよく分かる。

 何というか、いつもよりも体が身軽というかしなやかに動く気がする。普段から器用な戦い方をするから、手足の先まで神経が通っているような感覚があるのだ。

 力強く踏み出すコウカとはまた違う身軽さがアンヤの強みの1つなのだろう。

 体の使い方がこんなにも上手いのなら、人の動きを見ただけで真似できるのも頷ける。

 やっぱり、これは立派なアンヤの特技だ。


『……恥ずかしい』


 心の中が筒抜けのため、べた褒めしたことがそのまま伝わってしまったみたいでアンヤが照れてしまった。

 そんな彼女の感情もいつもよりストレートに伝わってくるものだから、私は少し嬉しかった。


 実は両利きであったなど、新たな発見があるアンヤとのハーモニクスを楽しみつつ、だいぶ奥深くまでやってきたが、道中には罠の類は一切なかった。

 しかし目的地が一向に見えてこない。どれだけ奥深くまで掘っているんだ。

 魔素も濃い。もしかするとどこかの魔泉と繋がっているのかもしれない。ダンジョン化していることも考慮しておかなければならないか。


『……っ! 見えてきた』


 真っ暗だった道の先に微かな光が見えた。

 その光を目指して進んでいくと、とてつもなく大きな空間に出てしまう。


「これは……まさか工場なの?」


 視線の先にあるのは明らかな人工物。パッと見た印象としては巨大な工場に近い。


『……ますたー、ゴーレムが』


 闇に身を潜めながら工場周辺の様子を窺う。

 工場の巨大さに目を奪われていたがその周りには警備をしているのか、何十、何百といった3メートルクラスの黒いゴーレムたちが闊歩していた。

 やっぱり、ここがゴーレム関係の施設であることは間違いない。

 周囲をさらに注意深く観察すると壁の上に見たこともないタイプのゴーレムも見えた。装備からして遠距離攻撃ができるタイプか。右腕に巨大な砲門のようなものが付いている。


 私は口の中の物を飲み込みながら観察を続けていく。

 ――うん。少しビターで芳醇な香りのこれも非常に良いものだ。


「……ん?」


 自分の右手を見下ろすと包装されたチョコレートがある。

 無意識にアンヤの《ストレージ》の中から取り出したのだろうか。私は口の中の物を喉に落とし込みながらそう疑問を覚えた。

 ――いや、待ってほしい。

 口の中からすごくチョコレートの香りが漂ってくる。そして自覚してしまえば右手に持ったチョコレートを食べたいという衝動が抑えきれなくなってくる。

 何とか抑えようとすると額に汗が滲み、腕全体が震える。……依存症だよ、これ。


『……ますたー、アンヤのチョコレート……どうして勝手に食べたの……!』


 こちらを責めるような声が響いてくるが、私だってやりたくてやったわけじゃない。

 まさかこんなところでアンヤとのハーモニクスの弱点が露見するとは思わなかった。


『ぁ……ああっ!』


 私は右手に持ったチョコレートを勢いよく口に含んで咀嚼する。

 感覚は共有されているはずなので文句は言わせない。最終的に私やダンゴの髪の毛に食らいついていたとはいえ、よくこんな状態で正気を保てていたものだと感心する。

 ――アンヤ、ちゃんと治療しようか。

 進化する前はここまでじゃなかっただの、自分だけならちゃんとコントロールできているだのと必死に弁明する声が届いてくるが、慈悲を掛けるつもりは断じてない。

 決して食べるなと言っているわけではないのだ。ただ適切な量に抑えようという至極当然なことを言っているだけだ。


『……………………はい』


 意見を曲げるつもりがないことが伝わって観念したのか、しおらしくなったアンヤは頷いた。

 うん、いい子だ。素直で真面目なこの子のことだから、ちゃんと決めたら確固とした意志でやり通してくれるだろう。

 帰ったら有効な治療法についてシズクと相談してみるか。


 ――よし、改めて目の前の工場に集中しよう。


「っ!」


 ちょうど工場そのものに動きがあった。

 閉ざされていた正面の門が開き、中から十数体のゴーレムが出てくるとこちらに向かって歩いてきたのだ。いや、正確にはこの外へと続く通路へ。

 ――戦うべきか。

 私は腰に差した月影に手を掛ける。


『……ここでバレるのはよくないと思う』


 それもそうか。ここで戦闘をしたら間違いなくバレるし、バレてしまえば敵は戦力を一斉にこちらへ差し向けてくるはずだ。それではここまで先行してきた意味もない。

 それに月影の刃が通るか分からない以上、私たちだけで戦い始めるのは得策ではないだろう。

 ここはあのゴーレムたちをやり過ごし、通路にいるコウカたちに処理をしてもらおう。不意の接敵にならないように垂らした影を使って合図をしておく。


 さて、アレらが通り過ぎたら工場の中に潜入しようか。

 ここまでコウカたちが来るのにも時間が掛かるだろうし、中の様子は知っておきたい。規模や稼働しているゴーレム、生産体制なども確認しておけば有利に動けるはずだ。

 ――よし、通り過ぎた。


『……行こう』


 私は影に潜り、監視の目を掻い潜りながら工場を囲う壁に近づいていった。


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