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25 光明

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

「やっぱりライゼ選手が決勝に上がったね」

「それよりもアイツが決勝まで勝ち進んだことが驚きよ」


 ヒバナが何を考えているのかが分からない無表情で私の言葉に応える。

 この子が“アイツ”と呼ぶのはもちろんコウカのことである。

 驚いたか驚いていないかと聞かれると確かに驚いてはいる。何だかんだ運や相性も大きそうだが、コウカ自身が頑張って勝ち取った勝利である。


「まだ怒って……って当たり前か……」


 聞くのも野暮というものだ。

 あの子がただ謝って済むような亀裂ではない。コウカがヒバナたちと向き合うことで、初めてこの溝を埋められる。


「コウカ姉様、勝てるかなぁ」


 そう呟くダンゴに私は力強い言葉を意識して口に出す。


「信じよう。それでみんなで応援するんだ。心の中で精一杯応援して、コウカにもその声を届けてあげよう」

「ユウヒちゃんのそういう考え方、あたしは好きだけど……きっと届かないよ。あの目にはあたしたちが映ってすらいないから」

「シズク……」


 そんなことはない、とは言い切れなかった。

 でも、対戦相手に手を差し伸べることができる今のコウカならきっとこの子たちのことも見える。そう信じたいと思ってしまう。

 ――ここは私とあなただけの居場所じゃないんだよ、コウカ。




    ◇◇◇




 コウカが再入場を果たし、実況の声をバックに会場の中心へと向かって歩いていくとそこにはすでに人影があった。


「ここまで勝ち上がるとは、まだ若いのに大したもんさね」


 剣聖杯決勝戦出場選手であるライゼは対戦相手のコウカを見定めるように鋭い眼光を飛ばしていた。

 それに対して、コウカは怯むことなくその目を見つめ返す。


「……あなたに勝ちます。それでわたしが強いということを証明します」

「ハッ、望みは強さの誇示かい。青いねぇ……」

「あ、青い……? ……まあ、なにを言われようと関係ありません」


 コウカはキョトンとして自分の体を見回していたが、すぐに余計な考えを振り払うと目の前の対戦相手に意識を集中させる。


「勝つのはわたしですから」

「いいや、勝つのはアタイだよ」


 バチバチと双方ともに闘志を燃やしていた。

 この場では年齢など関係ない。2人が対等な戦士だ。


(これが最後。今度こそあの時の誓いを果たすために……わたしはこの“敵”に打ち勝つ)


 それが本来、ユウヒが意図していたものとは違っても視野の狭まったコウカは突き進む以外の選択肢を選ぶことができなかった。




 アナウンスに従って双方が所定の位置に移動した後、興奮する心をなんとか理性で抑えつけたコウカは試合開始の合図を今か今かと目を光らせながら待ち焦がれていた。

 今にも襲い掛からんとする猛犬のように闘志を滾らせるコウカとは対照的にライゼは非常に落ち着いている。


 そしてついに試合開始の合図が流れるとともに、コウカは一気に加速してトップスピードで肉薄する。

 あまりのスピードにライゼは動けなかったのか、その場でコウカの剣を右手の曲刀で受け止めた――いや、受け流した。


「なにッ!?」

「見込みはある、だがねぇ」


 そして、もう片方の刀で無防備なコウカの胴体を目掛けて鋭い一閃を放つ。


「甘いのさッ!」

「チィッ……!」


 だがコウカは体勢を崩したままではあるものの前に向かおうとする勢いを利用して地面を蹴ると、前方宙返りの要領で斬撃を回避する。


(ほう、随分と思い切りのいい娘さね)


 それを横目で見送るライゼの顔には感心を示す笑みが浮かんでいた。

 だが、そのままただ見ているライゼではない。彼女はすぐに構えを取ると未だ地に足を付けていないコウカに追撃の一閃を放った。

 しかし、それすらもコウカは宙返りの最中でありながら剣を振るうことで弾き返す。


「目もいいと来た!」


 追撃を躱し、距離を取ったコウカは自分の持ち味である高速移動によって相手を翻弄するために稲妻を身に纏う。

 そして地面を蹴って一気に加速したコウカはあらゆる方向から接近と離脱を繰り返し、どうにか一撃を当てようと試みる。


(まるで水か風を斬ろうとしているみたいだ……)


 だが何度剣を振るおうが全て軌道を逸らされ、手応えというものが感じられない。なかなか剣を交わせてすらくれない。

 雷魔法による攻撃も既に試したが、結果は同じだった。

 このままでは一方的に消耗するだけだと判断したコウカはライゼから少し離れた場所に姿を現すと問い掛ける。


「何ですか、あなたのその技は……」

「老骨が考えに考えた末に編み出した小手先だけの業さ。若いアンタが気にするほどのモンでもないよ」


 相手が素直に答えてくれないことはコウカも予想しており、その返答には特に反応を示さない。


(どうにかして相手の隙を……)


 コウカが考えているのは目の前の相手をどう倒すかということだけだった。

 しかし、それは中断せざるを得ない。ライゼがコウカの興味を引く話題を打ち出したためだ。


「アンタは立派な才能の持ち主さね。だからこそ勿体ないねぇ。素質は十分なのに迷いが剣を鈍らせている」

「……あなたはわたしが迷っていると言いたいんですか?」

「ああ、そうさ。まるで深い霧の中にいるみたいにね」


 コウカの注意が目の前の対戦相手から逸れ、自分の内側へと向く。

 そしてそれを見逃すライゼでもなかった。……気付いた時には、コウカの目の前にライゼの姿がある。


「しまったッ!」

「目の前の戦いに集中できないのが何よりの証拠さ!」


 ライゼは下段に構えていたコウカの剣を左手の曲刀で絡めるように巻き上げると、もう片方の曲刀をコウカ本人へと振るう。

 瞬時にコウカは打ち上げられた剣から両手のうち左手を離し、その手のひらに魔力を集めて迫り来る刀の刀身を受け止めることに成功する。

 だが、勢いまでは殺しきれずに後ろに吹き飛ばされてしまった。

 そして立ち直ることができないコウカをライゼが追撃として繰り出す斬撃が襲い続ける。


「くっ……わたしは……ッ!」

「ほら、どうしたんだい! アンタは自分の強さを証明するためにここにいるんだろう?」


 剣を使って何とか攻撃を受け止め続けているコウカの表情は苦しげだ。相手が放つ何の捻りもない正面からの攻撃も、今のコウカには押し返すことができない。

 次第に壁際に追い詰められていくコウカの心を焦りと絶望が支配していく。


(勝てない……やっぱりわたしはどうしようもなく……)


 虚勢を張ることすらできなくなるほど追い詰められた彼女の心は今まさに折れようとしていた。


「頑張れー! コウカーッ!」


 だが、そんなコウカの耳に何よりも温かくて力強い言葉が届く。

 その言葉の主が顔を真っ赤にしてまで声を張り上げ、さらには周囲の人々に対して頭を下げていることなど知る由もなかったが、それは何よりコウカの力になっていた。


「わたしはッ!」


 押し込んできていた相手の剣を力一杯押し返したコウカと靴の裏で勢いを殺しながら立ち止まったライゼが睨み合う。


「そうかい。あの娘がアンタが強さを証明したい相手……戦う理由かい」

「そうだ……マスターこそがわたしの――」


 体勢を低くしたコウカが一気に加速してライゼへと肉薄する。


「――生きる証だッ!」


 その直後、コウカの脳裏でノイズが走ったように思考がぶれる。

 ――本当に?


(またこの感覚……)


 ――本当にマスターのため?


(迷うな……! 惑わせないで……!)


 無理矢理その思考を追い払ったコウカはライゼに剣を振るうが既にそこにライゼの姿はなかった。


「少しはマシになったかと思ったが気のせいだったかねぇ」


 自分の背後から声が聞こえてきたため、コウカは慌てて振り返りながら声がした方向とは反対側へと飛び退く。

 だがライゼは攻撃を仕掛ける素振りを見せるわけではなく、ただ静かに佇んでいるだけだった。


「ここで終わらせるにはあまりにも惜しい。だから、アンタの最強だと自負する一撃を今ここでアタイに出してみな」

「……後悔、しますよ」

「はっ、口だけは一丁前さね……来な」


 お互いに睨み合っていたが、やがてコウカは体中に集めた魔力を圧縮して溜め込み始める。

 放つのは超加速による一撃【ライトニング・インパルス】。

 大会用に得物の切れ味を抑える魔道具の装着が義務になっているとはいえ、この一撃の前では何の意味も為さない代物へと成り果てる。

 もはや体内から漏れ出した稲妻によって魔道具自体が壊れてしまっていたのだ。


 高まっていく魔力の量に観客たちはざわめきはじめ、コウカが何を放とうとしているのか気付いたユウヒたちは顔を青ざめさせて慌てているが、相対するライゼだけは唯々落ち着いてコウカを見据えていた。


「やめて! それは――」

「アンタはそこで黙って見てな! ここは戦士の聖域だよ」

「でも、それは本当に危険なんです!」


 観客席から思わずといった様子でユウヒが声を上げたが、ライゼが取り合うことはない。

 それ以上は何も言えなかったユウヒは押し黙ってしまい、そのまま事の成り行きを見守ることにした。


 ――そうして、体中から大量の稲妻を迸らせるコウカの体内で大量の魔力の圧縮が完了した。


「【ライトニング・インパルス】ッ!」


 閃光が駆けた瞬間、ライゼが取れた行動は曲刀を僅かに動かすことだけだった。

 直後、揺れと共に凄まじい量の砂埃が舞い上がる。


 ――視界が晴れた時、立っていたのはただ一人だ。


「足りないねぇ……」


 ライゼは独り言ちると会場の壁に激突して倒れているコウカの喉元へ曲刀を突き付けた。


「ぐっ……あ……」

「そんな鈍い剣じゃ、何も切ることはできないよ」


 会場を静寂が包み込む。

 だがすぐに正気を取り戻した実況がライゼの勝利を告げるとライゼは刀を収め、コウカの小さな体に手を回す。


「ちんまい体で無茶をする小娘だよ、まったく。立つのはまだ辛いだろうさ。寝ときな」


 少女の体を壊れていない壁にもたれ掛けさせると、ライゼはその場から立ち去ろうと踵を返した。


(どうしてわたしを……? ぁ……そうだった。これは命の奪い合いなんかじゃない……試合だ)


 虚ろだったコウカの目が輝きを取り戻す。


「まって……待って、ください」


 立ち上がることができるまでダメージを回復させたコウカが離れていこうとするライゼの衣服を掴んで引き留める。


「アンタ……」


 驚いたように目を見開いたライゼだったが、すぐに表情を取り繕うとコウカを見下ろした。


「悪いが決着はついてるよ。アタイの勝ちさ」

「そんなこと知ってます……わたしが、負けた」


 コウカは苦しそうに自分の胸を抑えるが、ライゼから目を逸らすことはなかった。

 そして彼女は何かを決心したかのように強い意志をその瞳に宿すと同時に言葉を紡ぐ。


「お願いがあります。わたしに戦い方を教えてください」

「はぁ? 何を言うかと思えば……悪いが他を当たりな。アタイはもう弟子を取る気はないよ」

「そこを何とか……! あなたが頷いてくれるまで離しませんから!」

「ちょ、なんだいそれは! 離しな、なんて力の強さだい!」


 突然のやり取りに戸惑う観客たちのことなどお構いなしにコウカはライゼへと懇願する。

 やがて力尽くで引き剥がすことを諦めたライゼは、自分の首の後ろ側を手で擦るとため息をついた。


「……アタイからアンタに何かを教えることはないよ。ただ、まぁ……立ち合いぐらいならいつでも付き合ってやるさ」

「えっと……それは……」

「そんなに言うならその目で見て覚えろってことさね。どうせ徒労に終わるだろうがね」

「そんなことありません! お願いします、ライゼ!」

「ちょっ、いきなり呼び捨てかい! この小娘、礼儀がなっちゃいないね!」




    ◇




 コウカが剣聖杯に出場した翌日、どうやらコウカはライゼさんと特訓をしてきたらしい。何でもあの子がライゼさんに懇願した結果、それが認められたのだとか。

 あの子もはっきりとは言っていなかったが、いわば稽古を付けてもらっているようなものなのだろう。

 日が傾きかけた頃に戻ってきたあの子だが、どうやら明日もライゼさんと過ごすつもりらしい。


 それを聞き届けてから少しだけあの子との時間を過ごした後、私は夜の喫茶店にベルとロージーの2人組を呼び出した。

 要件は話さず、奢る旨を伝えるだけで彼女たちは来てくれた。

 とはいえ要件があったわけでもなく、友人と折角再開したのだからと少し時間を作ろうかと思った次第なのである。


「わりぃな、奢りなんて」

「そうよ。別に奢られなくても普通に会いに来たのに……まあ、ありがたく奢らせてもらうけど」

「ああ、せっかくだから腹いっぱい食わせてもらうぜ。……お、意外と酒も揃ってんのな」

「私、このちょっとお高いワインも頼んじゃおっと」


 先にみんなと一緒に夕食を済ませていたため、ジュースだけを頼んだ私とは対照的に二人は料理まで大量に頼み始めた。

 奢ると言ったのは失敗だったか、年下相手に特に遠慮するつもりもないらしい。……別にいいけど。


 そうしてある程度2人が食事を終えるまで少し変な味のするジュースを飲みながら待つ。

 奢ると言ってしまったことだけではなく、どうやらジュースの選択まで失敗してしまったらしい。

 今日は災難続きだと眉を顰めつつ、私は話を切り出すことにした。


「なんかさ、ジェラシーを感じちゃうんだよ」


 ――あれ、こんなことを話すために2人を呼んだんだっけ。

 口を開いておいてなんだが、自分の言葉に少し違和感を覚えた。……まあ、それは別にいいか。


「オイ、いきなり何を言い出すかと思えば……」


 呆れた表情をする二人組のうち菫色の方がため息をつき、赤色の方が口を開いた。


「悩み事があるにしても、どうして私たちなのよ。相談相手ならあなたの周りにたくさんいるでしょうに」

「いやだよ。あの子たちに嫉妬深いって思われたくないし……」


 ベルに続き、ロージーまでため息をつく。


「あなた、少し会わないうちに大っぴらになりすぎじゃない? 愚痴とかもうちょっと溜め込むタイプだと思っていたけど」

「なんかベルとロージーなら別にいいかなって思ってさ。2人は私がここで愚痴ったこととか誰にも話さないだろうから、あの子たちに知られることもないし」


 本当はあの子たち以外なら話す相手は誰でもいいのだが、ベルとロージーは2人だけでほとんど世界が完結しているから言いふらすこともなさそうだと思っているのも本当だ。


「別にそれくらい知られてもいいじゃない、親身になってくれると思うわよ。あのスライムちゃんたちって揃いも揃って良い子たちだし」

「……ロージーはあの子たちのこと、何も知らないでしょ」


 みんなのことをよく知りもしないくせに知った風な口を利くロージーに、私の胸の内で何かがぐつぐつと煮えたぎる。

 私の方がみんなのことを知っているのに、という気持ちを頑張って抑えると同時に言葉を紡ぐ。


「みんなの前では綺麗な私でいたいんだよ」


 2人は私のこの発言に困ったような様子で顔を見合わせていたが、やがて決心したかのようにスプーンとフォークを置いた。


「仕方ねぇな、愚痴くらい聞いてやるよ。ジェラシーってお前は何に嫉妬してんだ?」


 ベルの問い掛けに対して私の脳裏に浮かんだのはコウカともう一人、ライゼさんの姿だ。


「今日一日中、コウカがライゼさんと一緒にいた」

「ライゼさんってあのライゼさんだよな。それで?」

「……それだけ」

「はぁ?」


 何を言っているのだと言わんばかりの視線を送ってくるベル。

 ――なんだその反応。

 私の頭に血が上っていく。


「それだけって言ったってそれだけなわけないじゃん! いっぱい話してた! 私は朝起きた時とご飯食べた時、一緒にお風呂入った時しか話せなかったのに! それでコウカがお風呂で言うんだよ、ライゼがライゼがって!」


 言葉にしたらいっぱい悲しくなって、涙が溢れそうになる。


「そんなに言うなら、付いていけばよかったのに」

「行きたくても行けなかったんだよ!」


 今日は、数日の間は救世主としての活動ができない旨を教会で説明しなければならなかったので、ライゼさんのところに行くコウカを見送ることしかできなかった。


「本当は私がそばにいてあげたかったのに! コウカの悩みも私が解決してあげたかったのに! 急に現れたライゼさんと一緒にいる時間のほうが長いなんておかしい! コウカは私の……私たちのそばにずっといてくれるって思ってたのにぃ……っ! ごめんね、コウカ……一緒にいてあげられなくてっ、何もしてあげられなくてごめんねぇ……っ」

「お、おい! いくら何でも、お前変だぞ……って、酒ぇ!? こいつから酒の匂いがすんぞ、ロージー!」


 涙が止まらない。

 騒ぐくらいなら慰めてくれたっていいのに。あの子たちだったらきっと慰めてくれるはずだ。


「……ユウヒが飲んでたこれ、ベルが頼んでたやつじゃないの? それでベルのはユウヒの……」

「あ……? ちょっと変なのが混じっているとは思っていたが……いや、それにしたってどうしてここまで出来上がるんだよ!」

「特別強いお酒じゃないけど……体質かしら?」

「冷静に分析してる場合じゃねえだろ!」


 誰かが私の体に触れるが、この手の感触はあの子たちのものとは違う。


「とりあえず落ち着けって、な?」

「やめてよ! 今さら優しくしないでよッ、瑠奈(るな)!」

「いや、誰だよ!? というかお前、少しは外聞気にしろよな!」


 いっぱい頑張っていたのに。私から離れていったくせに、いなくなったくせに。

 どうして今さら優しくするんだ。それならずっとそばに居てくれればよかったのに。

 私がそばにいてほしかった時にそばにいてくれなかったのに、今さら寄り添おうとなんてしないでほしい。


「いらないっ! もう私にはあの子たちしかいらないの!」

「あ、ごめんなさーい! すぐに出ていきますから! ……え? この子が救世主様のわけないじゃないですかぁ。他人の空似ですよぉ」


 私にはあの子たちがいる。みんながいてくれるから他には誰もいらない。

 じゃあ、あの子たちがそばにいてくれなくなったら私はどうなる。

 そんなのは嫌だ。みんなに幻滅されでもしたら、もう耐えられない。


「アタシが担ぐ! ロージーは金払ってきてくれ!」

「もう、奢りのはずだったのにぃ!」


 温かい感触が私を包むが、私の大好きな匂いじゃない。


「みんな、どこ……そばにいてよ……っ」


 たくさんの悲しい想いが胸に溢れていく中、私の意識は深く沈んでいった。




    ◇




 カーテンから漏れる光が私の顔を照らし、もう朝だということを告げられた。

 その光を少し鬱陶しく思いながらも目を開くと、見知らぬわけではないがあまり馴染みのない天井が私の視界に入る。


「あれ……部屋?」


 ここは私たちが取った宿の一室だ。

 寝ていたのはもちろんベッドの上でそれ自体はおかしくはない。だが、私はいったいいつ部屋に戻ってきて眠っていたというのだろうか。

 昨日の記憶を思い出そうとするが、ベルとロージーを呼んで喫茶店に入ったところまでしか思い出せない。

 だが、そんなことよりも――。


「いった……」


 何故か無性に頭が痛かった。

 手で頭を抑えつつ、いつも頭痛の原因となる要素を並べていくがどれも今の私には当てはまらない。

 ――その時、不意に声が掛けられる。


「ユウヒちゃん、起きたの?」

「ぇ……? あ、シズク……おはよう」

「うん、おはよ」


 声のした方向に顔を向けると、椅子に腰掛けて本を手に持ったまま顔を上げてこちらを見ているシズクの姿があった。

 彼女は椅子から立ち上がるとゆっくりこちらへ歩いてくる。そして今度は私のいるベッドの上に腰掛けた。


「体調はどうかな、どこか悪くない?」

「えっと……頭痛がするくらいだけど……」


 なんでそんなことを聞くんだろうかと疑問に思ったが、私は正直に答えることにする。

 私の返答に対して、シズクは「そっか……」と呟くと《ストレージ》の中からコップを取り出し、その中を水魔法で満たすとこちらへと差し出してきた。

 そのままコップをジッと見つめているとシズクが私の疑問に答えてくれる。


「ユウヒちゃんを連れて帰ってきた2人がね、朝起きて体調が悪そうなら水を飲ませておけって」

「それってもしかして、ベルとロージー?」


 シズクは頷いた。そうなのだとしたら、他にも疑問が生まれる。


「というか、連れて帰ったって……」

「ユウヒちゃん、帰ったとき寝ちゃってたんだよ? 何も覚えてないの……?」

「寝て……?」


 まったく記憶になかった。

 とりあえず寝起きで喉が渇いていたので、彼女の手からコップを受け取って中の水を喉に流し込む。

 やっぱり、シズクの水は他のどんな水よりも美味しく感じた。


「あの2人、ユウヒちゃんを送ってくれた後、お水のことの他によくわからないことを言って帰っていったんだよね」

「よくわからないこと?」

「うん。何でも『酒には気を付けろ』とか」

「お酒?」


 ――全然わからない。

 気を付けろも何もお酒なんて飲んだことないし、興味もないから飲もうと考えたこともない。

 酔っ払いには注意を払えということだろうか。……なんだか釈然としないが。


 まあ、それはひとまず置いておこう。


「ねえ、シズク。みんなは?」


 私は部屋の中を見渡した。だがあの子たちの姿は見当たらない。


「ダンゴちゃんがね、お休みだから外に行くって言い出して……それでノドカちゃんとアンヤちゃんだけじゃ心配だから、ひーちゃんも付き添い」


 どうやらシズクは私が寝ていたから残ってくれていたらしい。

 迷惑を掛けてしまって申し訳なさを覚えるが、シズクはそんなことを気にする素振りを見せずに笑顔を浮かべた。


「ひーちゃんが作ったご飯、ひーちゃんは嫌がったけどちゃんと《ストレージ》に入れて残してあるよ。もう食べる……?」


 ヒバナが嫌がったというのは容易に想像がついた。

 私たちの持つスキル《ストレージ》の中では状態も維持されるため、作り立ての状態ですぐに《ストレージ》に入れると作り立てのままとなる。

 だがヒバナは本当の意味での作り立てを食べてほしいらしく、完成した料理を《ストレージ》に入れることはほとんどない。


「うん、頂くよ」

「分かった。テーブルに行こ?」


 シズクが差し出してくれた手を取り、痛む頭を抑えながら立ち上がるとシズクが私の体を支えながらゆっくりと歩いてくれる。

 その途中で私は壁に掛けられているカレンダーを横目で見遣る。


 ――あの日は世間にとっては何でもない日。でも私にとっては大事な一日。


「……ねえ、コウカは?」


 この質問をシズクにするのは憚られたが、どうしても気になったので思い切って聞いてみることにした。


「…………」


 部屋の温度が5度くらい下がったと錯覚する。

 だが、やがてシズクにしてはややぶっきらぼうな口調で私の質問に答えてくれた。


「……昨日とおんなじ。朝にはもう出てった」

「あ、そうなんだ……」


 そこでシズクは一度、息を深く吐き出す。するとシズクが纏っていた不機嫌オーラが和らいだ。

 次にこちらへと振り返った時、彼女が見せた表情はやや弱った笑みだ。


「……こ、これじゃあ八つ当たりだよね。大会の時も折角誘ってくれたのに……」

「そんなこと、気にしなくていいよ。それにシズクたちは来てくれたじゃん」

「ううん……それで納得したくないの。あ、あの後ね、ずっともやもやしてて……後悔してたんだと思う。あたしはあたしの大事な人を傷つけたあの人に怒っていたはずなのに、いつの間にかあたし自身がユウヒちゃんに酷い言葉をぶつけて、ユウヒちゃんを傷つけてた」

「シズク……」


 悲痛な面持ちで胸の前で手を組んでいるシズクは俯かせていた顔を少し上げて、上目遣いでこちらを伺う。


「だ、だから……ごめんね……?」

「シズクっ!」


 勇気を出してシズクを力強く抱きしめに行くと、彼女は小さな悲鳴を上げた。

 だが、私を拒む様子はない。

 半ば衝動に突き動かされる形となったが、これからこの子にはどんな言葉を投げかけるべきだろうか。

 私がシズクを許さないわけがないんだ。シズクが自分を許せなくても、私はずっとシズクを許し続ける。

 だが、この子は許しを求めているのだろうか。いいや、きっとこの子は許されたとしても自分を許せないままだろう。

 ……だったら、この子にもちゃんと伝えるべきなんだ。私の正直な気持ちを。


「大好きだよ」

「ふぇっ!?」


 私はそのまま勢いに任せ、捲し立てる。


「私はシズクが大好きだから、シズクとおんなじで大好きなシズクを傷つけられたり、卑下されたりするのは許せないの」

「ゆ、ゆう、ユウヒひゃ……」

「シズクが後悔しているって言うんだったら、これ以上自分を蔑んだりしないで。……許せなくなっちゃうよ?」


 ――ずるい言い方になってしまった。これではまたシズクに怒られるだろうか。

 彼女の反応が気になるところだが、私の胸の内にいるシズクは静かなもので特に何の反応も示さない。

 さすがに少し心配になった私は体を少し離して彼女の顔を覗き込むと、なんと彼女の顔は真っ赤だった。


 真っ赤なシズクが控えめな視線を私に送ってくる。


「あ、あの……優しくが、いい……」

「えっと、何の話かな……?」


 シズクが何を言い出したのかが分からない。

 考えが飛躍しているのか、どこからどこへと思考が飛んでいるのかすら見当もつかなかった。


「い、いじわる……言わなきゃ、駄目なの……?」


 ――そんな反応をされたらもう何も聞けなくなっちゃうよ。

 どうしてこんなことになっているんだ。この変な空気から抜け出すにはいったいどうすれば……そう思ったところで思わぬところから救世主が現れた。

 救世主の正体は情けない声を上げる私の腹の虫だ。


「あ、お腹空いちゃったからそろそろご飯食べてもいいかな? それで食べ終わったらヒバナたちと合流してコウカの様子を見に行こう! それでこの話もおしまい!」


 強引に会話を切り上げて、予定まで組む。

 そのまま歩いていき、椅子に座った私は早く朝ご飯を食べたいなと思ってシズクを待っていたが、なかなかご飯を出してくれる様子はない。


「……な、何もないのもいじわるだよ……」

「だから何の話なの!?」


 まださっきの状態から抜け出せていないシズクであった。


 その後、ちゃんとシズクの誤解は解けた。

 まあ、あの子の奇想天外な思考回路を経た考えを知った私は吃驚仰天であったのだが。

 どうしてあんなことを考えていたんだか……少しはこの子が読む本を検閲しないとダメかな。


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