第4話:旅芸人と金時計≪解決篇≫
さて、メルメルも手伝ってくれないので、仕方なくルネットは旅芸人たちが無実だという手がかりを求めて、一人であちこち訪ね歩きました。お巡りさんが襲われた近くの花屋さんに行くと、春の花がたくさん並んでいます。パンジー、チューリップ、マーガレット……色とりどりの花に見とれてしまいます。
「ルネットちゃん、どうだいきれいだろ? お安くしておくよ」
花屋のおじさんに声を掛けられて、はっと気がつきました。
「昨日の夜、おじさんは何か気がついたことない?」
「ああ、そのことかい。いや、いろんな人に訊かれるけど、昨日はぐっすり眠っていたからね。うちの女房もそんな物音は聞こえなかったって言うんだよ」
花屋さんの周りのお店や家にも訊いてみましたが、事件のことは誰も知りません。お巡りさんが飲んでいた居酒屋まで、足取りを逆にたどりながら訊いていきますが、手がかりになるような話は聞けませんでした。居酒屋のおじさんにも訊いてみました。
「うーん。お巡りさんは職人たちと飲んで、ずいぶん酔っぱらって帰ったねぇ。でも、それもいつものことで、別にふだんと変わりなかったよ」
「後をつけたような人とか見ませんでした?」
ルネットはいっぱしの探偵のようなことを訊きます。
「見なかったね」
「そうですか……」
「いろんなところで訊いているんだね。熱心なことだ。あ、そうだ。旅芸人の泊まっていた宿屋にいってみたらどうだい? 何かわかるかもしれないよ」
ルネットは居酒屋のおじさんの言うとおり宿屋に行ってみました。宿屋のおじさんはお巡りさんに散々訊かれたみたいで、ルネットの質問にもうんざりした様子でした。
「だから、何にも知らないって言ってるんだ。あの旅芸人たちだっておかしな素振りはなかったよ。……でもさ、お巡りさんが殴られた時間にあの人たちがうちにいたかどうかなんてわかんないよ。子どもはずっといたって言ってるけどね」
「子どもって、あの旅芸人のですか?」
ルネットは広場の片づけを手伝っていた小さな男の子の姿を思い出しました。
「そうだよ。なんだったら自分で訊いてみたらいいよ」
「まだ、ここにいるんですか?」
「親たちが捕まったからって、追い出すわけにもいかないじゃないか」
ルネットは台所のわきの窓もない小さな部屋に案内されました。男の子はひざを抱えて、じっと床を見ていました。
「こんにちは。あたしルネット。お父さんたちがお巡りさんを殴ったって……」
「お父さんも、お母さんも、叔父さんもそんなことをする人じゃないよ!」
「うん。あたしもそう思うの。……そうか、あの人たちって君のお父さんとお母さんと叔父さんなんだ。すごく上手だよね。あたしすっかり夢中になったよ」
「お父さんたちは国でいちばん上手なんだから。……ううん。世界中でいちばんだよ」
「そうだね。……だから、またお父さんたちが無実だっていう証拠を探しているの」
「お巡りさんが見せてくれたあのクラブは違うんだよ」
「それってお巡りさんが殴られた場所に落ちてたクラブのこと?……違うって、お父さんたちのじゃないの?」
「あれは古いのなんだ。ぼくが練習するためにお父さんがくれたんだよ。もう一本はここにあるよ」
「そのことお巡りさんに言ったの?」
「言ったけど、『古かろうが新しかろうがおまえらのものに間違いないんだろ?』って言うだけで、それ以上訊いてくれないで、お父さんたちを連れてってしまったんだ」
「うん。それで?」
ルネットは何か洞くつの先に光が見えてきたような気がしました。
「昨日の昼にこの前の道でジャグリングの練習をしていたら、手がすべって知らないおばさんのお尻に当たっちゃったんだ。おばさん怒っちゃって、取り上げられたの」
「その人って誰?」
「知らない。でも、『これであの酔っ払い亭主をやっつけてやるから。そしたら、明日には返してあげるよ』って」
ルネットは声を挙げそうになりました。その子を置いて宿屋から飛び出し、お巡りさんの家に走って行きました。
「おばさん、こんにちは」
「おや。ルネットちゃんじゃないか。どうしたの、そんなに急いで」
息をはあはあ弾ませながら、お巡りさんの奥さんに訊きます。
「おばさん、クラブどこにあるの?」
「クラブ? なんだいそれ」
「あの旅芸人の人たちが使ってた。空高く投げ上げて……」
「ああ、あれかい? 昨日の夜から見当たらないんだよ。あの子に返さなきゃいけないのに困ってるんだよ」
「どこかで落としたりしてない? 花屋さんのところとか」
「おや? あたしが昨日の夜、そこに行ったのをなんで知ってるの?」
わくわくしたルネットはそれには答えずにいちばん知りたいことを訊きました。
「そしたら、金時計がどこにあるか知らない?」
「金時計? それなら、ここにあるよ」
お巡りさんのおかみさんは、エプロンのポケットから鎖のついた金時計を取り出しました。
「あそこで、飲んだくれてぐうぐう寝てるもんだから、懲らしめてやろうと思って、持って来たんだよ。……今日はまだ帰って来ないところを見ると探してるのかね」
「おばさん! いっしょに来て!」
おかみさんの手を引っ張って、警察署に向かいます。道々今朝からの街の大騒ぎのことを話します。そのたびにおかみさんは、
「あら、まあ、そんなことになってるなんて知らなかったわ。ずっと家にいたから」とか、
「クラブでお尻の一つも引っぱたいてやろうと思ったんだよ」とか、
「そりゃあ、あの子には悪いことしちゃったわね」とか言っていました。……
それから、警察署で起こったことはみなさんも想像がつくでしょう。お巡りさんもおかみさんも頭をかきながら、牢屋に放り込まれていた旅芸人に謝ります。実はお巡りさんは殴られたのではなくて、夜明け近くに起き上がった拍子に頭を地面にぶつけたのでした。
「ホントにあんたはそそっかしいんだから、これに懲りてお酒もほどほどにするんだね」
「おまえだって、人の物をむやみに持って行ったりするんじゃない。ましてやそれで亭主をぶとうとするなんて」
それを聞いていた署長さんも旅芸人たちもほがらかに笑います。
次の日のことです。広場では旅芸人が前にもまして見事な曲芸を繰り広げています。お巡りさんとおかみさんの隣にはあの男の子がいて、楽しそうに話をしています。
お父さんのピエロが赤いハンカチを広げ、くるくるっと回すと、なんと大きなペロペロキャンディが出てきました。それをルネットのところに持って来て、うやうやしく差し出します。
それを見ていたメルメルが「にゃあ」と鳴くと、指の間から小さな飴玉が現われます。素早くピエロの肩に乗ったメルメルに観客はこれも曲芸と思って、拍手喝さいが湧き起こりました。……『メルメルは今回は何もしてないのに』とルネットはキャンディをなめながら思いました。




