第30話 気球
「狼煙が見えた、きっとあれだ! マーテル、あっちの方角へ頼む」
「了解なのじゃ」
気球に乗ってひたすら森の上空を進み、マーテルの風魔法で少しずつ速度を上げてもらい、結構な速度で森を駆け抜けた。風魔法のおかげとはいえ、気球は思ったよりも速く進むことができた。もしかすると時速30キロ以上出ていたかもしれない。
そして森の奥にモクモクと立ち昇る狼煙を発見した。空の上からだと非常に見つけやすくて助かった。仮に日が暮れたとしても、真っ暗だから焚き火の光が目立っていただろう。
「見えてきた。ノア、ゆっくりと高度を下げてくれ」
『了解です、マスター』
狼煙の場所へと近付き、ノアがゆっくりと気球の高度を下げてくれる。
下には1人の横たわっている男とそれを介抱している男が見えた。あの人たちで間違いないだろう。
「なっ、なんだ! 魔物か!?」
「違います! ドルアさんの依頼で解毒薬を届けに来ました!」
上空からゆっくりと降りていくと、介抱していた方の男性が突然立ち上がって、こちらに剣を向けてきたので、敵でないことを伝えた。そうか、気球を初めて見る人は魔物に見えてしまうのか。
「ドルアの! やった、助かるぞ、ニッグ!」
「うう……」
よかった、毒を受けたという人もまだ息があるらしい。
地上に降りて解毒薬を渡すと、介抱していた男性が横たわっている男性に瓶に入った液体を飲ませた。すぐに意識を戻しはしなかったけれど、先ほどまでの青白かった顔色がゆっくりと色味を取り戻していく。
「ノア、気球に4人は乗れそうかな?」
『はい、こちらの乗員は4人までなので、ギリギリ大丈夫です』
「よし、今から戻れば街までは難しいけれど、森はなんとか超えられそうだな」
「えっと、いったい何を……。それに空を飛んでいたこの魔物みたいなのは……?」
「そなたが気にする必要はないのじゃ」
おっと、この人たちにノアの声は聞こえないんだな。マーテルはノアの声を聞こえるようにしてもらったからつい忘れてしまった。
そのまま、毒を受けた男性をみんなで気球の中へ運び込み、来た時と同じように空を飛びながら森をこえていく。
『マスター、気球の走行距離が10キロメートルとなりますので、地面に降ります』
「了解、ゆっくりと地上へ降りてくれ」
気球の一日の走行距離はキッチンカーと同じ10キロメートルだった。空の上を飛んでいても距離は計測されているらしい。
すでに日は暮れてだいぶ薄暗くなってきたが、無事に森をこえることができた。気球に乗って上空から見る夕暮れはとても幻想的な光景であったが、できればもっと落ち着いた状況で見たかったものである。
「さて、街まではまだあるけれど、ここからは歩いていくしかないか」
「ここまで森から離れればそれほど強い魔物はおらぬから大丈夫じゃ。もしも魔物が来ても妾が追い払うから安心するといいのじゃ」
「頼りになるよ」
マーテルが小さな胸をドンと張る。ここまでずっと風魔法を使ってくれた彼女だが、まだ余裕があるらしい。
「まさかAランク冒険者が来てくれるなんてな」
「ああ、本当にありがたいぜ」
そう、気球に乗りながら聞いたのだが、どうやらマーテルはAランク冒険者だったようだ。冒険者にはランクという制度があり、達成した依頼やその功績によってランクが上がっていくようだ。その中でもAランク冒険者はほんの一握りの選ばれし者しか与えられないすごいランクらしい。
なんでそんなすごい冒険者が始めたばかりのうちの屋台に来てくれたのかと聞いたら、マーテルはいろんな街を巡りながら食べ歩きをしているらしい。
たまたまニフランの街に滞在している時に冒険者ギルドでハンバーガーの話を耳にして来てくれたようだ。……この異世界に来てからいろんな縁があるものだな。
「ニッグさんは大丈夫そうですか?」
「ああ、ソウタさんとマーテルさんのおかげで助かった。万全とまではいかないが、歩いて街まで戻るくらいは大丈夫だ」
毒を受けて倒れていたニッグさんだが、解毒薬のおかげで森をこえている間に体調が回復して自分で歩けるくらいにはなった。聞いた話によると、あそこを通る冒険者はおらず、解毒剤がなければあと2~3時間で命を落としていたらしい。本当に間に合って良かった。
一応キッチンカーの走行距離はまだ残っているけれど、だいぶ回復したみたいだし、こっちの方は秘密にしておく。もちろん容体が急変したらすぐに出すつもりだけれどな。
「本当に2人のおかげです。なんとお礼を言っていいやら……」
「困った時はお互い様ですから。それよりも先ほどの気球の件はドルアさんにも秘密でお願いしますよ」
「ああ、命に懸けて話さないと誓う!」
「俺もだ!」
……さすがに命までは懸けなくてもいいんだけれどな。一応2人と依頼をしてくれたドルアさんには今回の件は秘密にしておいてもらうことにした。とはいえ、キッチンカーの屋台でも多少目立ってしまったし、明日の朝にはこの街を発つつもりだ。こういった秘密はいつどこから漏れるか分からないからな。
それから4人でニフランの街まで歩いたが、幸い魔物に襲われることなく無事に街まで辿り着くことができた。街の入り口には包帯まみれのドルアさんが待っていて、2人が無事であることがわかると、涙を流しながら喜んでいたな。
多いと言ったのだが、お礼に金貨10枚もの大金をもらった。始めは全財産を渡すと言っていたのだが、さすがにそれだと3人も今後の生活が困るだろうから断固として辞退する。ドルアさんもあの怪我で再び森まで戻ろうとしていたし、本当に仲のいいパーティだ。




