黒幕
♦……side:???
科学部門、異能研究の主任……篠崎がしくじったらしい。とは言え、アフターケアは完璧だ。敵の中では彼は死んだことになり、研究会の中では彼が死んだことは誰も知らない。ギラコやアルガについての情報をケアする必要はあるが、そのくらいだろう。
「篠崎はとても優秀だからね。まだ、死を認めるには早い」
記憶の辻褄合わせも済ませている。問題は、街中で派手にやりすぎてしまったことくらいだが……
「うん。まぁ良いだろう。そろそろ、誤魔化しも効かなくなってきたのは事実だ」
色々と無理をしてきたからね。この国の中でここまでの規模の組織を隠し通すのには苦労した。そして、それも限界が近付いているということだ。
「次のステップに、移ろうか」
私は立ち上がり、背後にズラリと並ぶ人間大の培養カプセルの一つを開いた。そこから、中で眠っていた白髪をオールバックに纏めた中年の男が現れる。
「やぁ、調子はどうだい?」
「良好だとも。私は……えぇと、11870号か」
記憶及び認識のテストは問題無く完了しているようだ。私は頷き、軽く手を振って去って行く男を送り出した。
それから、男の入っていた培養カプセルを操作して内部の液体を一度全て管を通じて排出し、扉を閉めてから内部を再び液体で埋める。それから更にカプセルを操作し、私は作業を完了した。最終的に、カプセルの中にはたっぷりの液体とそこに浮かぶ胎児のような物体だけが存在していた。
「犀川翠果はやはり手に入れたいところだね」
彼女を手に入れれば、更に私の研究は加速することが出来るだろう。彼女には成長性がある。何なら、無理やりに成長させて更なる知能の向上を試みることも考えるべきかも知れない。
とは言え、これは机上の空論。今はまだ、捕らぬ狸の皮算用でしかないことだ。成功した場合のシミュレーションを怠るのは愚者のやることだが、それもやりすぎてはみっともないだけだ。
「篠崎は彼女を殺すことも考えていたようだが……それでは、余りにも勿体無い」
アンデッドにしてしまうというのも手ではあるが、やはり生身の人間として使った方が基本的には優れているというのが私の結論だ。勿論、究極的には肉体の制限から解き放たれる上に自我の複製や思考の分割を容易に行えるゴーストの類いが理想であるということは間違いないのだが。
「ただ、それはまだ……今の私には取れない手段だ」
生身で無ければ出来ないことも沢山ある。肉体を捨てるのは、それからにするべきだ。
「っと、また脱線してしまったか」
今考えるべきことは、犀川翠果を確保する手段と言ったところか。若しくは、今後の展望についてかな。ここでの私は、考えるくらいしかやることが無い。まぁ、そう言ってしまえば他に怒られてしまうかも知れないが。
「培養室の管理は、大切な仕事だ。気を抜いても、怠ってもいけない」
私は足音を立てることなく静かに歩き、無数に並ぶカプセルを一つ一つ眺めて行き、足を止めて最後のカプセルを見上げた。
「さて、頑張ろうか」
薄暗い部屋の中で、薄っすらと光を反射するカプセルの表面には、白髪をオールバックに纏め上げた中年の男が映っていた。
♦……side:老日
あの後も何だかんだあったが、無事に帰ることが出来た。黒岬の活躍もあって犠牲者はゼロらしい。しかし、アイツも何をやってるんだろうな。口振りからして、国の管理下で働いてるみたいな感じがしたが。
「お疲れさまでした、主様。これで一段落ですね」
「とは言え、護衛はまだ続くんだがな」
実際、明日も連続で仕掛けられる可能性は低いとは思ってるが。もしかすれば、向こうは手を引いたって可能性すらある。
「カァ、大変そうだな。オレも付いてったって良いぜ?」
「当然、私もお供致しますわ」
「いや、暇な時は暇だ。それに、お前らの存在を犀川達に見せる気は無い」
カラスはまだしも、ステラとメイアは普通にメディア露出すらあるからな。そんな奴らを使い魔として連れていれば面倒にしかならない。
「皆さん、楽しそうにお喋りしているのは良いですが、魔科学研究会については何も考えていない訳ではありませんよね?」
一人だけコンピューターに接続して黙り込んでいたステラが背を伸ばし、こちらを向いて言った。
「……勿論、考えてたわ」
「表情で分かるレベルの嘘が私に通じると思わないで下さいね」
ステラは溜息を吐きながら立ち上がり、肩の辺りにドローンを浮かべながらこちらに歩いて来る。
「二人もちゃんと聞いて下さい。今から、マスターが手に入れた情報を解析した結果を話しますので」
「あぁ、助かる」
戦闘術式によって取得したアルガの情報や、ギラコとか言うらしい竜人や、そいつらに指示を出していた男から吸い出した記憶を使い魔達には共有している。完全に全ての情報を渡しているのは、処理能力的な意味でステラのみにしているが。
「先ず、アルガという怪人についてですが……」
ステラは肩に浮かべたドローンから映像を空中に投影し、話し始めた。




