喪失した記憶
有り得ない。
「有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないッ!!!」
おかしい。有り得ない。何故。どうやって? ギラコを殺しただと? 何だ、あの魔術は。力は。さっきまではギラコに勝るような力は無かった筈なのに、どこからあの力を持って来た?
「竜人を殺すとは……怪物めッ!」
犀川の殺害に失敗したことはまだ良いにしろ、ギラコが死んだことは許されない。アレは私に預けられていたモノだが、同時に共同で作り上げたモノでもある。利用する権利は持っていたとは言え、死なせる許可までは降りていない。
「老日……ッ! 口にもしたくないようなクソですねェッ!」
苛立ちを口にしながら席を立ち、その場を二周、三周と回るも何も良い考えは浮かばない。
「何とか挽回できなければ、この座を降ろされる可能性もゼロでは無い……どうにか他の部門にも協力を要請して、老日とあの男のガキ、そして犀川翠果を手に入れる必要があります」
少し、落ち着いては来た。だが、根本的な解決の手段は見出せていない。竜人よりも価値の高い兵器や研究成果を借り受ける為には、最低でも敵の情報を調べ上げておく必要がある。それに、情報があれば自分一人で解決できる手段が見つかる可能性すらある。仲の良い相手や、親密な関係にある人間を調べ上げることが出来れば、人質を使った作戦を考えることも出来る筈だ。尤も、犀川翠果には人質が通じない可能性が高いようだが。
「何とかなる……いえ、何とかしてやりますよ……絶対に……!」
アルガも、ギラコも無駄にした。いや、無駄にはしない。未来への転進、その糧になっただけだ。見方によっては、犀川翠果よりも魅力的な研究材料を見つけることが出来た訳だ。
「く、くくッ……はッ、ハハッ! 目に物を見せてやりますよッ! 力が強いだけの野蛮人共にッ、原始人共にッ!! 私の科学力の真髄をッ、見ているが――――ィ」
何だ。声が、出ない。精神にストレスがかかり過ぎたのだろうか? いや、違う。そんなものじゃ、ない。もっと、何か致命的な……
「……ぁ」
首から、何かが真っ直ぐ伸びていた。それは、刃だ。首を貫き、喉を潰して血を滴らせる、刃だった。
「ぁ、ぁァ……」
有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。有り得る、筈がない。だって、ここがバレる筈がない。竜人の記憶を読み取ったところで、ここに辿り着けるはずは、ない……のに……
「な、ぇ……ぁ、ぇ……」
力を失った体が、地面に倒れていく。痛みは、無い。痛みは……
「……ぁ」
そうか。そういえば、そうだった。
「――――取り敢えず、情報は俺が読み取るぞ」
「――――えぇ、後で俺にも共有して下さいね。一応、俺の仕事なんですから」
痛覚は、暫く前から……消していた、ままだったなぁ。
♦
竜人を殺し、記憶を読み取った俺は同行を願い出た黒岬を連れ立って竜人達に指示を出していたらしい男の居場所に直行した。
辿り着いた俺は、魔術で隠された地下の部屋の中に立っていた男を何かされる前にさっさと殺した後、その男から記憶を読み取った。
「……おい」
「何ですか?」
険しい表情をしていた俺に、黒岬は眉を顰めて聞き返す。
「竜人の記憶を読んだ時から何となく察しては居たんだが……こいつも、記憶を操作されてる」
「……怪しい研究者の一人なんで、別にそこまで不自然には感じないですけど」
黒岬の言葉に、俺は首を振る。
「こいつがただの末端ならそうだろうな。あのギラコとか言うらしい竜人も、まぁただの戦闘員でしか無かったからな。記憶を操作されていても不自然では無いだろう。だが、こいつは違う。こいつの役職は、魔科学研究会の科学部門の中でも異能研究の主任だ。決して低い地位ではない。少なくとも、末端とは言えないだろうな」
「……信頼されてる立場に居る筈の人間が、記憶を弄られてるのはおかしいってことですか?」
俺は黒岬に頷いた。
「まぁ、確かに不自然っちゃ不自然ですけど……組織のボスが用心深い人間だってだけの話じゃないんですかね?」
「用心深いのは確かかも知れないが、俺が気になるのは……こいつの、根源的な部分の記憶が消されていることだ」
俺の言葉が理解できなかったのか、黒岬は首を傾げる。
「つまりだな、生まれた日だとか自分の年齢だとか、育った中で知り合ってきた友達だとか、そういうパーソナルな情報が何も残ってない訳だ。そして、こいつはそれに対して不自然に思うことすら出来ない」
「……怖ぇなそれ」
目を細め、寒気がしたように震えた黒岬はポツリと呟く。
「そんなことをする意味があるのか、俺には理解出来ない」
「……俺にも、理解できませんよ」
だが、理由が無いってことは無い筈だ。何かしら目的があって、こいつの人生の根源は消し去られている。
「まぁ、記憶が弄られてるとは言え、収穫がない訳じゃない。当然、活動する上で知っていなければならない情報は知っている訳だからな」
「他の拠点とか、ですか?」
「そうだ。とは言え、本当に必要な場所以外は知らないようだが」
関係の無い支部の情報は徹底的なまでに記憶していない。共同で作業したことの無い研究員の名前は、一人も知らない程だ。
「手を出せ、黒岬」
「え? 良いですけど」
俺は黒岬の手を握る。特に警戒もしていない様子の黒岬に、俺は竜人と男から取得した情報の一部を流し込んだ。
「うおッ、何だこれ……ッ!?」
「読み取った記憶を譲渡しただけだ」
とは言っても、記憶の全てを一気に渡したら脳がぶっ壊れてもおかしくないから、必要な部分しか渡していない。黒岬なら一気に全部渡しても耐えられるかも知れないが。
「いきなりはやめろよ……あー、頭ぐわんぐわんする」
頭を抑えている黒岬から視線を外し、俺は今後の動きについて思考を巡らせた。




