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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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マナズマ

 瘴気と魔力を纏わせた鉤爪がこちらを向く。同時に、俺達を囲むワイバーン達の魔力が何かの準備をするかのように動き出す。


「狩りの基本は、弱らせるところからだ」


 振り下ろされる漆黒の刀を躱し、竜人は後ろに飛んで下がる。


「撃て」


 竜人の言葉と同時に、全方位から俺達を囲み込んだワイバーン達が一斉に口を開いた。


「「「ガァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」


 瘴気の黒が混ざった、暗い緑色のブレスがビルの上の俺達に向けて放たれる。全方位から放たれるそれは、どこにも逃げ場は無い。


「この程度……ッ!?」


 闇の魔力で球状の障壁を作り上げ、俺達を囲んだ黒岬だが、濃密な魔力によって構築された障壁も一秒と経たずに溶かされてしまい、暗緑色の輝きを放つブレスが間近まで迫る。


「ハァッ!!」


 黒岬は咄嗟に神力を混ぜた障壁を更に小さい範囲で展開し直し、迫るブレスの全てを防いだ。


「残念だが、お前達の負けだ。この絶え間のないブレスからいつまでも抜け出せなければ、その神の力も尽きてしまうだろう?」


「くッ……!」


 苦悶の表情を浮かべる黒岬。この間も、黒岬の神力は削られ続けている。


「こうッ、なったら……ッ!」


 逡巡の末に黒岬は自ら障壁を分解し、闇の神力と魔力を上乗せして波動のように放った。その波動はワイバーンのブレスを押し返しながら進んでいき、そのままワイバーン達を吹き飛ばした。


「今だッ!!」


 そして、一人空中で佇む竜人の下に、その刀を振り下ろさんと飛び掛かる。


「『暗黒瘴魔(マナズマモード)』」


 竜人から溢れ出していた瘴気が、漆黒となってその身に纏わりつき、一体化した。そして、赤から黒へと変色した竜人は振り下ろされる刀を躊躇うことなく鉤爪で受け止める。


「んな――――ッ!?」


 そのまま刀を弾き、黒岬の首筋を狙う鉤爪。黒岬は驚愕に表情を染めながらも上半身を逸らして鉤爪を避けた。


「さっきまでとは、段違いに速い……!」


「当たり前だ」


 瘴気を拡散から収束にシフトした形態ってところか。雑魚狩りが目的で無ければ、基本的にこちらの形態が上位互換と言えるだろう。だが、その分燃費も悪そうには見える。


「こうなったら、もう一回……」


「もう一回、何をする気だ?」


 恐らく、さっきのアルガを闇に呑み込んだ能力を使おうと試みた黒岬だったが、迫り来る鉤爪にその試みを諦めた。


「ク、ソ……ッ!」


「どうした? 随分と余裕が無さそうだな?」


 嗤いながら鉤爪を振るう竜人。対する黒岬は、まだ互角に振舞っているが力の限界が近いのか焦燥の滲んだ顔をしている。


「ククッ、撃て!」


「クッソ……!」


 再び周囲に集まってきたワイバーンの群れから放たれる暗緑色のブレス。黒岬は下側に神力の波動を放ち、そこを通り抜けることでブレスの包囲網を逃れるが、振り下ろされた鉤爪を受け止める為に再び足を止めてしまった。


「もう逃がさんぞ?」


「ッ!」


 動きを止めた黒岬に向けて、再び放たれるブレス。さっきと同じ手段で逃れようとする黒岬だったが、目の前に立つ竜人がそれを許さない。苦し紛れに展開された障壁を、ブレスがガリガリと削っていく。


「……仕方ないな」


 こいつなら大丈夫だろうと何処か楽観していたが、これ以上高校生くらいの子供に任せられる状況では無い。



「――――戦闘術式、展開」



 俺は勝負を終わらせるべく、体内に刻まれた魔術や刻印を一斉に起動させた。


「黒岬」


 一瞬にして戦闘の渦中に入り込んだ俺は、ワイバーンの三体を不意打ちで斬り殺し、そのままこちらに気付いた竜人にも斬りかかる。


「なッ!?」


「まだ動けるか?」


「ッ!? 何だよ、その力は……」


 動揺からか俺の質問を無視した黒岬。しかし、もう一度問いかけるよりも先に、俺の斬撃をギリギリで避けた竜人が俺へと濃密な殺意を向けた。


「何だッ!? その動きはッ、魔力はッ!! さっきまでは遊んでいたのかッ!?」


 猛烈な勢いで振るわれる鉤爪を逸らし、弾き、避け続ける。


「俺にも事情があるからな。出来れば、人前で出したい力じゃなかったってだけだ」


「ふざけるな……ッ!」


 特に、犀川の前では使いたくなかった。が、竜人はよっぽど舐められていたことが気に食わないのか、若しくは本気で自分を追い詰め得る存在が現れたからか、怒りと焦燥が混じり合ったような表情で俺に迫っている。


「なるほどな」


 戦闘術式によって竜人の情報が解析されては取り込まれていく。


「『瘴魔爪』」


 濃密な瘴気と魔力、それを取り込んで放たれる異能の斬撃。切断するという点においては理を超えて迫るそれは、背理の城塞(ゼノン・アルチス)でも食らい続ければ怪しいだろう。


「瘴気だけが厄介だな」


「『瘴魔爪』」


 二度目の斬撃を回避し、竜人の肉体に膝を叩き付ける。九の字に折れた体に斬撃を叩き付けるが、肉体に深く染み込んだ瘴気が邪魔で上手くダメージが通らない。


「『銀鎖の縛りカテナ・アルジェンティ』」


「ぐッ……!」


 銀色の鎖が竜人を四方八方から拘束し、しかし瘴気が鎖を浸食していく。


「『浄滅の聖光サンクタ・ピュリフィケーショニス』」


「ぐぁあああああああッ!!?」


 しかし、そこに追加で魔術を発動し、銀の鎖を通じて浄化の力を流し込んだ。銀の鎖が聖なる光を発して輝き、それに繋がれた竜人の瘴気を浄化していく。


「ぐ、ぞ……ッ!」


 黒い鱗が元の赤色を取り戻していき、竜人は苦悶の表情と共にこちらを睨み付けた。


「貴、様ァ……ッ! 許さん、ぞ……絶対に……やめ、ろ……ッ! 知りたいことはッ、話してやる……ッ!」


「それは有難いな」


 俺はそう言って、竜人の頭に剣を突き刺した。


「そういうことなら、直接聞かせて貰う」


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」


 記憶を吸い出されるような悍ましい感覚に目を見開き、声を上げる竜人。


「一応、ワイバーンは全部倒して来たけど……」


 ワイバーンの群れを片付けたらしい黒岬が俺の隣に並び、そして剣を頭に突き刺されている竜人に視線を向けた。


「……えっと、何してんのこれ」


「情報を聞き出してる最中だ」


「物理過ぎねぇ……?」


「いや、寧ろ魔術だ」


 俺が答えると、黒岬は諦めたように沈黙した。

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