暗黒滅却砲
無機質な部屋の中、男はモニターを睨み付けていた。
「クソふざけた力ですねぇ……! 機械船団を一撃で消し飛ばすなんてッ、本当に有り得ない話ですよッ!」
幾つもの場面を映し出しているモニターには、老日と黒岬の姿も映っている。
「情報の殆ど無かった護衛が暴れ回っているのも不快ですが、全く関係の無い部外者に荒らされているのも腹が立ちますねぇ……!」
感情で物に当たることは珍しい男だが、今はその拳を机に叩き付けていた。
「とは言え、こうなれば仕方ありません」
ハァ、と溜息を吐き、その目に冷静さを取り戻した男はコンピューターを操作した。
「アルガは抑えられ、機械船団も破られた。他の部隊も殆ど壊滅……予定通り、プランCに移行しますか」
引きの画面になったモニターに、巨大なゲートと……そこから現れる、竜人の姿が映った。
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蛸に蟹に蛇の混ざった化け物、アルガと黒岬の戦いは熾烈を極めた。何故なら、アルガの体は老日と二人で相対していた状態から更なる進化を遂げていたからだ。
「面倒臭いなぁ……!」
上空から降り注ぐように迫る無数の巨大蛇、地面から波の如く迫るクラーケンの触手。それらが突如変形して挟みに掛かる巨大な蟹の鋏。その物量と無尽蔵の如き生命力に黒岬は攻めあぐねていた。
「刀ッ、本当に教わってて良かったッ!」
黒岬は目に見えぬ程の速度で刀を振るい続け、迫る触手と蛇の嵐を捌き、鋏を弾く。老日と出会った頃の雑な刀の扱い方であれば、ここまでの芸当は不可能だっただろう。
「けどッ、攻めに回れない……!」
相手は、戦いの中で成長している。恐らく、この形態で本気で戦うなど初めてだったのだろう。黒岬は苦渋の表情で自身の片手の甲を見た。そこには、複雑な紋様が刻まれており……
「怒るなよッ、エレボスッ! 緊急事態だ!」
触手や蛇、鋏に周囲を囲まれる中、その紋様が強い闇色の輝きを放った。
「起きろ、聖痕ッ!」
その体から、闇に満ちた神力が溢れ出した。黒岬を囲む触手や蛇達は、その波動だけで弾き飛ばされてしまう。
『前にも言ったであろう。安易に使うなとは言ったが、危うくなるまで使うなとは言っていないとな』
「そん時ほど、危ない状況じゃねえって。あのクソ忍者は殺意マシマシって感じだったけど、こいつは暴れ散らしてるだけだし」
煌々と光る闇の神力をその身から溢れさせた黒岬は、自身の刀にまでそれを宿らせ、アルガの方に構えた。
「あと、この前ちょっと強そうな奴に使ったら怒ったじゃん」
『当然だ。あんな雑魚を殺す為に俺を起こすとは無礼千万』
「だから、その基準が分からねぇんだって……」
黒岬は溜息を吐き、警戒を強めるアルガの頭上まで一瞬で飛んだ。
「『昏く沈む地下世界』」
掲げられた聖痕。放たれる闇の光が世界を照らし、その直後に駆け抜けた闇がアルガと黒岬を呑み込んだ。
冷気と湿気、そして音がやけに響く暗黒の世界は、訪れる者に地下を思わせる。
「地下世界にようこそ、ってな」
そして、暗黒の世界は事実としてエレボスの司る地下の世界そのものであった。
「コこは……」
「だから言ったろ。地下世界だって」
黒岬は簡潔に二度目の説明を終えると、その手の平をアルガの方に向けた。
「『暗黒滅却砲』」
そこから、この地下世界によって増幅された神力による暗黒の奔流が放たれた。それはアルガの全身を包みこむほどに広範囲で、回避の余地は無い。
「ぐッ、ナッ!!? これ、ハ……ッ!!」
暗黒の奔流は、あっという間にアルガの全身を呑み込んだ。それから瞬く暇すら無く、アルガの体は消滅した。遺言すらも残せずに消えたアルガには、無念が巻き起こる程の時間も無かった。
「やっぱり、ここって便利だな。死ぬ時に爆発とかされても大丈夫だし、周りも巻き込まないし」
『痴れ者が。俺の世界を便利空間呼ばわりするな』
はいはい、とエレボスの言葉を雑に流した黒岬は暗黒空間を解除し、元の現実に戻る。
色彩豊かな地球に戻り、ふぅと一仕事終えたような溜息を吐く黒岬は何とはなしに空を見上げてみた。
「……え?」
そこには、たった数十秒しか経っていないとは思えないような地獄絵図が広がっていた。




