怪物たち
岩人形を作り出せる男の頭が真っ二つに斬り裂かれ、心臓がナイフによって貫かれた。そこには、燃え尽きた筈の文月が立っていた。
「ッ!?」
驚愕の表情を浮かべながら膝を突く男に、残りの男達も振り返り、慌てて文月に己の力を向けようとする。
「生きていただと……!」
「ガートッ、大丈夫か!?」
「ハッ、だったら今度こそ燃やし殺してやるぜッ!!」
黄金が伸び、文月の腕や足を掴み、続けて炎が文月の全身を燃やし尽くす。
「っしゃッ! 今度こそ……ッ!?」
炎そのものと化している男の頭上に開いた魔法陣から大量の水が落ち、咄嗟にそちらを向いた二人の男の背を、二人の背後にそれぞれ現れた文月がナイフで突き刺した。
「貴方達の能力は既に把握しました」
男は大量の水を頭から浴びて咄嗟に炎から人間に戻り、黄金を操る男は刺された瞬間に全身を黄金に変えるも、ナイフから溢れ出した炎熱によってドロドロと溶けてまともに動けなくなっており、岩の人形を作り出す能力を持つ男は、背を刺された後に両手を斬り落とされ、能力の発動を封じられていた。
「再生能力は凄まじいものがあるようですが、時間を掛けさえすれば……」
「投与、する……」
地面に倒れ伏していた男が、その両腕をピストルのような銃口に変え、何かを撃ち放った。咄嗟に飛び退いた文月だったが、放たれた物体は人間の姿に戻った炎の男と、岩人形を作り出せる男に突き刺さった。
「ッ、何を……」
銃の男の狙いが攻撃で無かったことに気付いた文月だが、時既に遅く、炎の男と岩の男は唸り声を上げて立ち上がっていた。
「ぅ、おおおおおおおッ!!!」
男は濡れた体すらも溶かして炎に変身する。しかし、今度の炎は地面や周辺のビルすらも熱気だけで溶かし、空気を揺らめかせている。
「ぐ、ぅぅ……! 出でよッ……!」
岩の男はふらつきながらも後ろのビルに手で触れる。それを止めようと投げつけられたナイフは、凄まじく燃え盛る炎によって空中で溶かされた。
「全てを、巻き込め……!」
ビルが、揺れ動く。その足元の地面や周辺の建造物まで揺らめき、それらはバラバラに砕けながら一つに纏まっていく。
「これは、不味い……!」
焦りの表情を浮かべた文月は老日の居る方を探したが、そちらには巨大な化け物が見えた。どうやら、まだ救援は望めないらしい。
「そして、俺もだ」
振り返る文月。銃の男の姿が、巨大な機械の化け物の姿に変じていた。それはまるで人型の要塞とでも言えるような恐ろしい姿で、そこかしこに銃口が付いている鋼の巨人だった。
「最後に……」
「ッ!」
機械の化け物の体の一部から伸びた銃口。そこから何かが放たれるより先に、文月は手の平を溶けた黄金の方に向けた。
「『水削』」
溶けた黄金の足元に魔法陣が現れ、溢れ出した水流によって地下に向けて凄まじい速度で穴が掘られていく。溶けた黄金もその穴に落ちて行き、地中深くへと消えていった。
「……」
機械の化け物は不機嫌そうに沈黙し、文月は焦燥を浮かべた目で周囲の状況を観察した。
(一体は何とか処理しましたが、強化が入った化け物三体はどう対処すれば……)
悩み、足を止める文月に巨大な火球が降り落ちた。思い切りその場から跳んで回避した文月だが、元居た場所は地面が半球状に溶け、クレーターのようになっていた。
「危ない……ッ!」
その様子を見て肝を冷やした文月だが、続けて視界を埋め尽くす程の弾丸の雨が機械の化け物から降り注いだ。
(火力も、上がってる……!)
文月は魔術によって水の膜を目の前に開き、そこに飛び込んで十数メートル先に転移した。そのまま気配を消した文月は、急いで駆け抜ける。
(逃亡は許されません。犀川様の身が危ない上に、私が相手しなければ他の仲間は確実に死ぬ)
仲間の様子まで確かめる余裕は無かった文月だが、まだ全滅はしていないというくらいは分かる。しかし、ここで逃げてしまえばあの三体によって確実に仲間達は全滅する。
「そこです」
地を蹴り、一息に飛び込んだ文月。そこには、既にダメージを回復した岩の男が立っていた。
「首を刎ねる」
ナイフが一閃、迸って男の首が飛ぶ。そこに文月が手を翳すと、現れた水の魔法陣が男の首を通過し、頭を粉微塵に切り刻む。
「体も、吹き飛ばすッ!」
そのまま残った胴体に触れ、体内から大量の水を爆発的に呼び込んだ。すると、男の胴体は一瞬で膨らみ、風船のように弾けとんだ。
「これで……」
残すは、炎の化け物と機械の化け物、そしてたった今弾け飛んだ男が創り出していたあの巨大な人型のみ。全身五十メートルを超える巨人は、文月の能力では対処するのは難しい。
「――――テメェ、生きては返さねぇぞ」
背後、凄まじい速度で……いや、何かしらの転移能力によって現れた炎の化け物が、その手を文月に伸ばしていた。その熱量に、咄嗟に文月は体の表面を水で覆う。
「ッ!」
水の膜を背後に創り出し、化け物の手を避けながら膜の方に倒れ込んでいく。
「馬鹿が」
じわりと、凄まじい熱気が肌を覆う水を蒸発させた。それでも闘気と魔力によって強化された肉体は焼け落ちることは無いが、
「ッ、やられた……!」
背後に創り出していた、転移用の水の膜は跡形も無く蒸発していた。既に背後に倒れ始めていた文月は手を地面に着き、ブリッジのような体勢になった後で地面を強く蹴り、バク転して炎の化け物との距離を離した。
「逃げられると思ってんのかァ!!」
「逃がさん……」
しかし、離れた距離を一瞬で詰めて来る炎の化け物と、その背後から現れた機械の化け物。文月は息を呑むことも出来ず、ただ死を予感した。
「右ッ!!」
追い詰められた文月は、直感的に右側に飛んだ。炎の化け物の腕は擦り抜けて背後のビルに突き刺さり、放たれた無数の弾丸もビルの壁を穴だらけに貫いていく。
(でも、結局……)
逃げ切ることは、出来ない。文月は絶望の滲んだ目で二体の化け物を見据え……
「――――あー、大丈夫?」
漆黒の翼を生やした少年が、文月と化け物の間に降り立った。




